この世で最も恐ろしいこと
家のインターホンが鳴った。
「あなたは神を信じますか?」
第一声がこれだった。
見た目は、黒い修道服を着たお姉さん。
金色の髪をしていて、露出している肌の部分は真っ白。
にこやかな笑みを浮かべて、優しそうな人だった。
修道服越しにも分かるほど、胸の部分は大きく膨らみ、くびれや腰元の曲線が浮き彫りになるほど密着したデザインの服なので、ボクは扉を閉めることを躊躇した。
でも、ボクは生憎宗教とかはNGだ。
ていうか、親が共働きで、休日も家にいないから、ボクだけでは判断できない。
「すいません。今、親がいないので。……それじゃ」
ガッ。
扉が何かに引っかかった。
下を見ると、ブーツの先端が扉の隙間に挟まっており、閉められないようにされている。
「あ、あの」
「お話だけでも聞いてもらえませんか?」
「いえ。神とか、信じてないです」
すると、目の前のシスターは大げさに口を手でふさぎ、「まあ」と驚愕する。
「地獄に落ちますよ?」
「……や」
なんだろう。
この人、何なんだろう。
宗教の押し売りなんてされたら、嫌悪感が出るのは当たり前。
ただの訪問販売だってお断りだ。
ボクは今、自室でエッチなゲームをやることに集中していたのに、邪魔された感があって、イライラしてしまった。
「神がいなければ、地獄なんてないでしょう! じゃあ、用があるので」
つま先をつま先で蹴ってやる。
さっさといなくなれ。と、いう気持ちで乱暴に扉を閉めようとしたのだが、今度は手が滑り込んできて、思いっきり引っ張られた。
「どうして怒っているんですか?」
「ちょ、やめ……」
力が半端なく強かった。
扉に引っ掛けられた指先は、見た感じ柔らかくて、とても力強くは見えない。なのに、ボクは力負けしてしまい、無理やりシスターが上がりこんでくる。
「ちょっと!」
「お話だけでも! お願いします! 手荒な真似はしませんから!」
「しないでくださいよ! 布教にきたんでしょ!」
不法侵入を恐れない強靭な心をしていた。
玄関に入ってきたシスターは、中をジロジロと見回し、「良い家ですね」と笑顔で褒める。
「ご両親は、いつもこの時間不在なんですか? ふふ。チャンスです」
「……帰ってください」
ボクは変なシスターを追い返そうと、お腹に触れようとする。
身長差があるので、どうしても見上げる形になるのだ。
本当は肩を突き飛ばして、追い返してやりたいが、ボクにはお腹をぐいぐい押すことしかできなかった。
ふにっと柔らかなお腹を押すと、シスターが急に真顔で言った。
「あ、……セクハラ」
「何なんですか? 今時、他の宗教でもこんな真似しませんよ! 帰ってください!」
「嫌です!」
「なっ――」
ハッキリとした拒絶に、ボクは絶句した。
本当に何を言ってるのか理解できなくて、思考が停止したのだ。
「誰かを助けたいと思う気持ちって、そんなにおかしいですか?」
「や、だから、宗教勧誘はお断り……」
「どうしても帰ってほしいなら」
シスターは斜め掛けにしたカバンから何かを取り出す。
取り出したのは、ボールペンと名前の記入欄しか見せていない書類だった。書類は、封筒に入っていて、何が書かれているのか見えない。そのため、怪しさ満点だった。
「ここに、……名前を」
「帰れ」
震える手でスマホを操作し、110番を見せた。
シスターは頬を膨らませ、こう言った。
「わたし。……諦めませんから」
「なんて恐ろしい捨て台詞なんだ」
押し売りほど、この世で最も迷惑な行為はないだろう。
身をもって体験したのだった。
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