幼馴染のギタリストにべったりしているボーカルの場合


「……じゃあ、時間だからこれで終わりにしようか。次にスタジオ借りられるの来週になっちゃうから、それまでに各自個人練ね」

「りょーかい」

「わかった」

「はーい」

 あかり、美弥ちゃん、桃ちゃんの返事。

 わたしがこのライブハウスでバイトしてるということもあり、いつの間にかわたしがバンドのまとめ役みたいになってしまっている。こうして練習終わりに締めるのもいつもわたしの役割だ。

 別にわたしにリーダーシップがあるとかじゃないんだけど、抜けているところのあるあかりには頼れないし仕方ない。


「そうそう、桃ちゃん、美弥ちゃん、わたしこの後ライブのお手伝いあるから残るけど、二人はどうする?」

「今日はわたしらの好きな、歌の上手いバンドが出るから見るのおすすめだよ」

 あかりがベースを片付けながら、美弥ちゃんに向かって親指を立てる。


「じゃあ、見ていこうかな」

「桃が残るなら、わたしも」

 

「ありがとう! 店長に言っとくね」

 ドラムのセッティングを元に戻したら、わたしはスタジオを出て機材倉庫へ。

 スタジオ代やライブのチケ代を稼ぐためにも、しがない高校一年生、しっかり稼がないといけない。



 ***



「ジンジャーエールとメロンソーダでーす」

 プラスチックのコップに飲み物を注ぎ、お客さんに渡す代わりにドリンク券を受け取る。


 学校の教室を一回り小さくしたぐらいのライブステージ。

 入り口でお客さんが入場料と引き換えにもらったドリンク券を、後方のカウンターで回収して注文のドリンクを渡すのが今日のわたしの仕事だ。


「今日先輩出るんだよね?」

「そうそう。楽しみ〜」


 セッティングの合間に、お客さんの話し声が聞こえてくる。

 このペースなら、今日は上々の客入りだろう。




「……彩ちゃん」

「……どうしたの?」


 ライブも中頃になって人が集まり始め、次のバンドの演奏が始まった……直後、美弥ちゃんがカウンターの向こうから小さな身長でめいいっぱいに背伸びして身を乗り出してきた。


「うん。最近桃がね……なんか、すごい大人っぽくなったというか、その……わたしの知らないところで色々しているというか……」


「……こっち、入る?」


 わたしは心のなかでため息をついて、美弥ちゃんをカウンターの中に招き入れる。


 普段物静かな美弥ちゃんと二人で喋る機会はあまりない。

 大体こうやって、バイトの暇なタイミングとか、スタジオ練習前に二人だけになったときとか、それぐらいだ。


 バンドメンバー四人でいると、美弥ちゃんは桃ちゃんにべったりである。


 いや、べったりという域を超えて……


「……桃、今日もわたしより早くスタジオに来てた。昨日はおやすみの電話もいつもより一時間以上早く終わらせてた。わたしの知らない私服をたくさん買ってた。わたしの知らない、ネトゲ?の話をたくさんしてた、というかいつの間にか始めてたし……」


 そうつぶやきながら、美弥ちゃんの視線は演奏を眺める桃ちゃんにずっと注がれている。


「バンドを始めてから、桃のことが、どんどんわからなくなってる。わたしの知らないところで、桃が知らない人になってる。……わたしから、離れていきそうで怖い」


 元々小さな美弥ちゃんの声が、さらに消え入りそうにか細くなっていく。


 ……幼馴染とはいえ、友人のことをここまで言う人がいるだろうか?

 

 その問に対する答えは簡単である。美弥ちゃんにとって桃ちゃんは、友人の枠をはみ出して……


「でも、桃ちゃんだって自分の都合とかあるんじゃないの? ギターの練習も頑張ってるし、ネトゲはわたしもよくわからないけど……」

「ダメなの。わたしの桃は、それじゃダメなの。わたしの手の届くところにいなきゃダメなの。いつもわたしのことを向いていて、守ってくれなきゃダメなの」


 ……これはもう、恋心と言って差し支えないんじゃなかろうか。

 それもかなり重いタイプのやつ。

 ドラマだったら最後ストーカーになっちゃいそうな、そんなレベルのやつ。


「それはでも、物理的に難しくない? 美弥ちゃんだって新しく興味出ることあるでしょ?」

「別にわたしだって、桃に何もするなと言ってるわけじゃない。けど……彩ちゃんやあかりちゃんと話すときの桃って、こう……あんな顔、見たこと無かったというか……」


 誰が見ても悔しそうな顔をする美弥ちゃん。

 こんな美弥ちゃんに、桃ちゃんはあかりのことが気になってるんだよなんて、言えるはずがない。


 ……はあ。


「それを言ったら、歌ってるときの美弥ちゃんだってすごく格好良いよ? ギャップがあるというか……」

「ありがとう。でも、ギターはなかなか上手くならないし、もっと練習しないと、桃やみんなの役には立てない」


「……ギターは、やっぱり桃ちゃんがやってたから始めようと思ったの?」

「もちろん。だって……ギターをわたしに弾いてくれるときの桃、すごく素敵だもん。バンドを始めれば、桃のギターをもっと多くの人に聞いてもらえる。わたしもその隣にいれば、一番近くでそれを聞ける。……そうじゃなかったら、楽器なんてよくわからないもの始めてない」


 ……楽器をよくわからないものと言わないで欲しいのだけど、それは置いといて。


「……いつも思うんだけど、そのことって桃ちゃんに話さないの?」

「言えるわけ無いよ。言ったら……桃が気を使うもん。桃にはずっとずっと、今のままでいてほしい」


 隠さなければいけない、わたしの身にもなって欲しいな……


 先月のスタジオ練習のときに、わたしがうっかり落ちた美弥ちゃんの生徒手帳を拾い上げなければ。

 その中に何枚もあった、隠し撮りされた桃ちゃんの写真を見なければ。


 いや、でも、美弥ちゃんが一人で抱え込んでどうにかなっちゃうよりは、わたしをはけ口にしてくれた方がいいのだろうか……?



 ……はあ。

 またため息が口をついて出てしまう。

 どうしてわたしは、こんな心配をしてしまうことになったのだろう。


「あっ彩、また美弥ちゃんをカウンターに入れちゃってる。店長さんに見つかったら大変じゃないの?」

 あかりが意地悪そうな口調でカウンターから身を乗り出してきた。

 わたしよりも背の高いあかりに上から見られると、変な威圧感がある。

 

「いいの。時々手伝ってももらってるし。あかりこそ、演奏聴かなくていいの?」

「聴いてるよ。演奏者に近いところよりも、こうして少し下がった方が全体を聴けるし、あえて目に入れないことで音に集中できる」

 

 通ぶったことを……


「美弥ちゃんはいいの? こういうのを聴いた経験、まだあまり無いでしょ」

「わたしは別に平気。ここからでも充分」



 ……美弥ちゃんは、前列の桃ちゃんしか見てないくせに。


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