ちびキャラのボーカルに陶酔しているベーシストの場合


「あかり、どうだった? 今日の練習」

「上々だったんじゃない? ただ彩はちょっと全体的に不安定だった気がする。夏休みになって、浮かれてない?」

「それはあかりの方でしょ、今日だって時間ギリギリだったし。また8月終わりになって泣きついてきても宿題見せないからね」


 わたしに言われ、無言でペットボトルのコーラを飲み干すあかり。

 スタジオ練習した帰り道は、家が隣のあかりと一緒にこうやって反省をしながら帰るのが恒例になっていた。


「高校生になったんだから、いい加減あかりも頑張りなさいよ。わたしたちの高校、そこそこ偏差値もあるんだから」

「そんなこと言ったって、夏休みぐらい遊ばせてほしいのだけれど? ライブに備えて、練習だってちゃんとしないと。みんな、もっと上手くなれる」


 音楽に関しては、わたしはあかりを信頼している。彼女がもっと上達できるというなら、本当にそうなのだろう。


「彩は、わたしやギターの音に気を取られすぎ。ドラムはリズムの基準になるんだから、拍を刻むことに集中して」

 それを難しくする変則的なリズムを強いているのがあかり作曲のスコアなんだけどな……


「桃ちゃんは逆にもう少し周りを見てほしいかな。技術はあるから、美弥ちゃんのギターと合わせた上で自分を目立たせることもできると思うのだけど……」

「桃ちゃんそんなにズレてた?」

「わたしとは合ってるんだけどね」

 

 やっぱそうだよね。

 桃ちゃん、明らかにあかりを意識しながら演奏してる。隠しきれてないぞ。


「美弥ちゃんは相変わらず上手いねー、声量と声の雰囲気が抜群にいい。それでいてこちらの演奏にもしっかり合わせてくれる。ギターの方も頑張ってるみたいだし」

 

 あかりはいつも、美弥ちゃんをベタ褒めする。

 元々美弥ちゃんの歌を聴いて、真っ先に『ぜひメンバー入りしてほしい』と言い出したのもあかりだし。


「あかり、美弥ちゃんには文句つけないよね」

「だって美弥ちゃんは理想だもの。小さくて可愛いし、普段はおしとやかで礼儀正しいけど、いざマイクの前に立つとわたしたちを歌声で引っ張ってくれる。音程取りも完璧だし、シャウトとかビブラートも上手い。あれを聴きながら演奏できるなんて、わたしたちは幸せものだよ?」


 確かに、美弥ちゃんの歌はすごい。

 身長150cmに満たない華奢な身体や、普段の物静かで小さな声からは想像できないような、はっきりと良く響く声。


 後ろでドラムを叩きながら聴いているわたしでさえそう感じるのだから、ベースですぐ横に立ってるあかりにはもっと美弥ちゃんの歌声が魅力的に聴こえるのだろう。


「逆に彩はそう思わないの? 美弥ちゃん可愛いよね? ね?」

「それはわかるけど、演奏はまた別じゃない?」

「そんなことない。美弥ちゃんは歌も完璧。あの子は、わたしにとっての理想。あー今すぐ抱きしめたい」


 あかりは両腕を前で組んで肩を小刻みに震わせる。


 ……長い付き合いだからわかる。

 ……こうなったときのあかりは、本気だ。


「ねえ彩。わたし、この気持ち抑えられない。美弥ちゃんを、わたしたちで守っていこう。あっそうだ、今度美弥ちゃんと夏服買いに行かない? わたしたちで服選んであげようよ」

「えっ、わたしは別に、いいけど……そしたら、桃ちゃんも一緒に四人で……」


「嫌だ。わたしは美弥ちゃんと行きたいの。美弥ちゃんと一緒に行くのがいいんじゃない」


 ……ダメだ、周りが見えなくなってる。


「……そこまで?」

「当たり前よ。ああ、美弥ちゃんともっと一緒にいたい……彩も協力してくれる?」

「……わたしも?」


「美弥ちゃんをメンバーから抜けさせないためよ。そうすれば、美弥ちゃんはもっと輝く。彼女には、才能がある」


 ……桃ちゃんがいる限り、美弥ちゃんが抜けることは考えられないんだけど……


 ……これ、美弥ちゃんが桃ちゃんに入れ込みまくってることは、言わないほうがいいよね……


「……あかりって、美弥ちゃんのことそんな風に見てたの?」

「わたし、美弥ちゃんに初めて会ったときから変わらないよ? あんな歌声の子、彩は会ったことある? それでいて普段は、触ったら折れそうなぐらい小さくて……守ってやりたい……」


 あかり、あんたは母親か?


 もしかしたら、その気なのかも。

 ……あかりが美弥ちゃんに向ける感情は、思ったより深い。


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