ガールズバンドなのにメンバー間で三角関係になってるんだけど?
しぎ
スタイル抜群のベースに一目惚れしたギターの場合
「ねえ、どうすればあかりちゃん、喜んでくれるかな?」
ジャズ風のBGMが流れるライブハウスのロビーで、わたしはバンド仲間からの相談を受けていた。
「どうすればって……ネトゲのイベント、だっけ? わたし詳しくないし……」
「そんなこと言わないでよ、なんかあかりちゃんの好きそうなことないの? 好みのお昼ごはんとか……」
「でも、あかり割となんでも食べるからなー……信じられる? 毎日菓子パンを3つ4つ食べてちっとも太ってないんだよ?」
そのわたしの言葉を、驚きながら手元でメモを取るのは、
「やっぱりそうだよね? あかりちゃんファミレスでもすごい食べるよね? はーなんであの体型を維持できるんだろう……」
遠い目をする桃ちゃん。彼女の視線の向こうに映るのは、きっとわたしではなく、
桃ちゃんは、あかりとデートをしようとしているのだ。あかりに近づくために始めたネトゲのイベント、とやらにかこつけて。
……いや、デート、だよね?
女子同士だけど?
「わたしが知りたいわよ。ほんと、普段だらしないのにスタイルはいいし、音感はあるし、なんか物知りだし、作曲までするし……」
「そこが素敵なんじゃない! なのに、それを周りに見せびらかすこともせず……」
「ああいうのは自覚が無い、っていうのよ。あかり、言っとくけど頭はそんな良くないからね」
わたしとあかりは保育園からだから……もう10年以上の付き合いである。
会ってまだ三ヶ月ぐらいの桃ちゃんには、あかりの面倒くささがわからないんだろうな。
「そうなんだ……また初めてのあかりちゃん情報が、彩ちゃんから……やっぱり彩ちゃんに相談して良かった……」
あかりの話をするだけで喜んでくれる人がいるなんて、新鮮な経験だ。
あかりを好きな子から相談を受けるというのも新鮮ではあるが。
あかりがモテるのはわかる。さっきも言ったように、スタイルがモデルみたいに良くて、音感があってハモリができるし、(成績は良くない割に)物知りで、話していても面白い子だ。
でも、女子にまでモテるとは。
それも、こうして幼馴染のわたし――
「ありがとう、彩ちゃん」
「これぐらいお安い御用よ。それに、バンドメンバーの悩みはなるべく解消しておかないと、練習にも支障が出るし」
念願だった、自分たちのバンドを結成して二ヶ月ちょっと。
集まったこのメンバーを、人間関係とかの事情で別れさせたくはない。
だからメンバーの困りごとは、解決させるんだ。
女の子から女の子への恋愛という、なかなかに謎なことも、頑張って。
***
「桃ちゃん、先に来てたんだね……」
「あっ美弥ちゃん、今日は早いね?」
「美弥おつかれー」
桃ちゃんの言葉に、ぱっと顔を輝かしたロングヘアの子は
「うん。暇だったから、ちょっと早く来ちゃった。二人は何の話してるの?」
「えっと……うん、曲でわからないことがあったから、彩ちゃんに聞いてたんだ」
桃ちゃんと美弥ちゃんも幼馴染だ。
特に美弥ちゃんは、一緒にいるときはいつも桃ちゃんにぴったりとくっついている。わたしとあかり以上に、仲は良さそう。
でも桃ちゃんは、あかりが好きだということを美弥ちゃんにも言ってない。
「これはわたしの問題だから……美弥に心配をかけたくないんだ」
と言っている。
「心配?」
「うん。美弥って慌てがちというか、オーバーなところがあるから……あまりデリケートな話をしたくないの」
……きっと、桃ちゃんなりに美弥ちゃんのことを考えているのだろう、ということにしておく。
「あっ……わたしも歌いにくいところあったんだよね……彩ちゃん、聞いていい?」
「うん、いいよーどのへん?」
「えっと、ここの……」
美弥ちゃんがカバンからスコアを取り出す。
普段は声の小さい美弥ちゃん。騒がしいライブハウスの中では注意深く聞き耳を立てないと聞こえてこない。
「……ああ、ここかー。ここギターも難しそうだよね。全くあかり、自分ができるからって人にまで高難度を押し付けて……」
我々『カサブランカ』のオリジナル曲は全てあかりの作曲である。
両親とも音楽教室の先生、というあかりは昔から音楽が得意で、ベースの難しい奏法もこともなげに弾きこなす腕前。
その代わり、わたし含む他の子にも高いレベルを要求しちゃうのだけど……
「難しいけど、ギターがだんだん上手くなっていって、とても楽しい」
「そう? 無理しないでよ、美弥ちゃんギター初心者なんだから」
「大丈夫。何かあったら……桃にも聞くし」
密着しそうなほど近い距離にいる桃ちゃんに向かって、少し上目遣いをする美弥ちゃん。
くりくりした大きな目は、普段は前髪に隠れて目立たないけど、時折はっとするほど可愛らしい。
「わたし? でもわたしも正直ちょっと苦戦気味で……美弥を助けたいのも山々だけど……」
「そうなの?」
「あ、大丈夫だよ美弥。美弥を誘ったのわたしなんだし、心配だったら相談して?」
美弥ちゃんの顔が、これ以上無いほど満面の笑顔になる。
――美弥ちゃんは、桃ちゃんがバンドに勧誘してきた。
わたしのバイト先でもあるこのライブハウスでわたし、あかりと桃ちゃんが店長の仲介で会ったのが4月の終わり。
桃ちゃんは隣町に住んでいて、わたし、あかりと高校は別だったけど、バンドをやりたいという気持ちで意気投合し、結成が決まった。
でもドラムのわたしは歌苦手だし、あかりはベースに集中したいからハモリが限界と言い出し、じゃあメインボーカルどうしようか、となったときに桃ちゃんが連れてきたのが美弥ちゃん。
ギター経験のある桃ちゃんに対し、美弥ちゃんは楽器未経験だったけどとにかく歌が上手かった。
それで、ほとんどその場でメンバー入りさせてしまった。
しかも、美弥ちゃんは『桃がやるんだからわたしも』と言い出し、ギターの練習を始めたのだ。
そのことに対して、桃ちゃんは結構責任を感じているっぽい。
「うん、ありがと!」
美弥ちゃんの声がわずかに大きくなる。……本当に嬉しそうだ。
「美弥、今日もいい声出てるねー」
「あっあかり! いつも時間ギリギリに来て……」
コンビニの肉まんを食べながら、あかりが現れた。
7月の終わり、猛暑日でも真っ黒な私服。
見てるだけで暑くなりそうだが、当のあかりは涼しげだ。
「いーじゃん、今日は間に合ったんだし」
「はあ……さ、練習始めるよ。もうスタジオ開いてるって」
時計を見ると午後2時。
これからライブハウスの空きスタジオを借りて、来る初ライブに向けてみっちり練習である。
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