第40話 学園①

「ワシはもうダメみたいじゃあ」

「快斗さん、着きましたよ。いつまでそれを続けてるんですか」

「休憩なしで三時間も歩く羽目になるとは思わなかったんだよ。この木の棒がないと立てないくらいには疲れた」

「僕もだよぉ」

「二人して老人の真似をしないでください。ほら、昼ごはんにしてあげますから木の棒を捨ててください」

「やったー!昼ごはんだー!」


 木の棒を杖がわりに歩いて三時間、山道を歩くのは相当大変であった。しかし、魔法学園地区に近づくのと同時に道も段々と整備されていたし、町のようなものを幾度となく通り過ぎてきた。ようやく、着いた魔法学園地区はファンタジーに出てくるような街並みだ。石造の道に、どこからでも見えそうなほど大きい建物。シックな作りでトンガリ屋根が数え切れないほど多くあるが、あれがきっと魔法学園なのであろう。目的地は本来あそこだが、ひとまずそこには向かわないで昼食を取ることにした。


「国一つ跨いだって感じがしなかったんだが、料理見てると国跨いだっていう実感が湧くな」

「そうですね。ゴルムはどっちかというと肉料理寄りでしたけど、ここは農園も盛んですから野菜寄りですよね」

「でも、やっぱり僕は肉がいいな」

「私はサラダにしますけど、快斗さんは何にします?」

「俺か?俺も今腹減ってるし、肉料理がいいな」

「あ、じゃあ僕これとこれ食べたいから半分こして食べようよ」

「お、それいいな」

「はい。じゃあ、決まり!天音、店員呼んで」


 天音が店員を呼び、程よくして料理が届くと朱音は大雑把に半分に分け始める。朱音が食べたかった二品はハンバーグのようなものとトンカツのとようなものだった。


「じゃあ、僕こっちね」

「なんかそっちの方が多くねーか?」

「ん?ソンナコトナイヨ」

「俺だって食べ盛りなんだが」

「僕だってそうだよ!これはあげないからね」


 そう言って乱暴に食べ始める朱音。それを見た天音が「行儀悪く食べるんじゃありません!」とこれまた親のような叱責をしてなんとも騒がしい昼食となった。ちなみに朱音からは多い分の料理をもらうことはできなかった。


「ふぅ、満足満足」

「腹いっぱいだ」

「あの量で満足できたってことは僕がああやって切り分けたのが正解だったってことだね」

「まだ言うか、それ」

「僕が正しいって思うまではネチネチ言ってやるよ」

「頼むからやめてくれ」


 店を出た後もねちっこく言ってくる朱音に俺は降参した。負けを認めた俺を見て朱音はそれでいいんだよと言いながら頷き、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。こんなので勝った気になって嬉しいのか、朱音は。


「あとは学園に行くだけですね。今の時間帯は大体昼休みあたりでしょうか。ちょうどいい時間帯ですね。このまま、学園長のところに行きましょう」


 大きな黒い建物に向かい始める俺たち。雲にも届きそうな大きな建物の威圧感はすごいもので圧巻させられる。そんな学園の近くには同じ柄の服、きっと制服なんだろうがそれを着て楽しく談笑している光景が多く映った。


「この世界でも制服って着るんだな」

「そうだね。学園の生徒っていうのが分かりやすいし、自衛のためなんだろうけど」

「あぁ、そういうことか」


 ここにいる生徒たちは全員、並の冒険者じゃ太刀打ちできない実力者である。しかし、私服に身を包んだとしたらそれが生徒であるかどうか分からない。だから、周りに知らせるためにも自衛するためにも制服が必要ということらしい。


「うわ、広い中庭だな」


 学園の門を潜ると中央にでかい噴水があり、その周りには人工的な自然がある。そこにあるベンチで昼食を食べている生徒が多い。


「俺たちってあの生徒から見たらどう見えてるんだ?」

「普通に見学しにきた人とでも思ってるんじゃないですか?この学園は出入り自由で、暇な人はよくここに来るようなので」

「良かった。不審者に見られてないか心配だったんだ」

「大丈夫ですよ。怪しい動きさえしなければ、あの人たちからしたら眼中にないので。ひとまず、私についてきてください」


 天音はスタスタと歩き始め、やがて医療棟と呼ばれる場所についた。長い廊下と多すぎる医療室に俺はキョロキョロする。


「多いでしょ」

「あぁ、なんでこんな多いんだ?軽く見ただけでも五十室くらいあったが」

「それはね、この学園には実際に生徒同時が戦う実践っていうものがあるから。遠慮や容赦がない順位を争うためのね。だから、その怪我を治療するためにこんなに部屋がある」


 キョロキョロ医療室を見る俺を見かねた朱音がなぜこんなにその部屋が多いのか教えてくれる。要は争いがあるのだから怪我も増えるということなのだろう。

 この異様に長い廊下を過ぎると次に螺旋階段を登る。果てしなく続く階段は歩くたびに音がかなり反響してくる。


「どんだけ登ればいいんだ?」

「後もう少しですから頑張ってください」

「流石に歩きすぎなんだよな」

「僕も疲れちゃったかも。背負って」

「いや、無理ですよ。私だって疲れてるんですから。一緒に頑張りましょ」


 果てしない螺旋階段にようやく終わりが見えてきた頃、歩き続けていた俺の足は疲れていた。天音たちも疲れているようだったが、鉛のように重たくなる俺の体を置いていって先にスタスタと進もうとする。


「登頂!」

「ふぅ、結構長かったですね」


 何分掛かったか分からないが体感十数分はかかったような気がする。ようやく登り終えるとすぐに重厚な扉があった。


「ここに学園長がいるってことか」

「はい、そうですね。失礼しますよ」


 天音はその扉に手をかけるや否やノックもしないで扉を開けた。確かに天音と学園長とは面識もあり、親しい仲なのかもしれない。ただ、親しき仲にも礼儀あるというように流石にノックした方がいいだろうと思う。

 二人の背後に身を隠しながら、俺も部屋に入る。部屋の奥には窓の方を見ている人物が立っていた。


「来ましたよ。学園長」

「今は学園長ではなく、ハーリンと呼んでほしいものだな。天音」

「そうでしたね。ハーリンさん、またやってきましたよ」

「そこに座るといい。今から、紅茶を準備する」

「僕は……」

「ココアだろ?分かっておる。そこのお前は紅茶は苦手か?」

「別に」

「分かった。今、淹れる」


 彼は厳かな口調で喋るが、その雰囲気はどことなく感じたことがあるような感じがした。四人分のコップを用意し、ココアと紅茶を淹れる後ろ姿にハッとする。これは、実家に帰ってきた時の祖父にそっくりなのだ。厳しいながらもどこかに優しさが見え隠れしている。そんな感じが彼から伝わってくるのだ。


「ところでお前の名は?」

「快斗だ」

「そうか。私はハーレン。お前のことは天音たちから聞いている」


 変なこととか話してないだろうな。


「まだ熱いから気をつけろ」

「分かってます。それよりも最近はどうですか?学園で何か起こっていると聞いたのですが」

「生徒連続失踪事件のことか。私はこの部屋からあまり出ない。だから、どうなっているのかさっぱりだが、先日の報告では、百名ほどが行方不明になったようだ。しかし、犯行現場は見つけられていない。故に犯人を特定することはおろか、対処のしようがない」

「一般人の学園の出入りを禁止するとかはどうですか?それで外部の犯行か内部の犯行か分かりません?」

「そうしたいのは山々だが、この学園はこの街の中枢を担っている。そう簡単に出入りを禁止することはできない」

「そうですか。運良くその現場を見ることができればいいのでしょうけど、ただ事件が起こるのも待つというのは時間がかかりそうです」

「出入り口に監視を置くのは、どう?単純かもだけど、抑止力は高そうじゃない」

「そうかもしれん。分かった、その場所には監視を置いて外部の人間の犯行かを確かめよう。あとは内部の犯行かどうかを確かめねばならんな」

「生徒に聞いて回るとかですかね?でも、それだとだいぶ時間が掛かってしまいますし、怪し過ぎるかもしれませんね」

「まぁ、その件は一旦保留にするか。今は少し学園でも見て回ったらどうじゃ。快斗を案内してやれ」

「はい、そうさせてもらいます。快斗さん、ここはハーリンさんのご厚意に甘えて学園内を見学しましょう」

「またあの階段使うのか?流石に嫌だぞ」

「いえ、エレベーターを使いますよ。流石に」

「下り専用のエレベーターなんて珍しいな」

「いえ、昇りも下りもどちらも対応してますよ」

「じゃあ、なんで最初階段上らせたんだよ。そっち使えばいいじゃないか」

「……それもそうですね」

「おい」


 話を終えてエレベーターに向かおうと方向転換する天音に俺は問い詰めるが、彼女もまた力強く抵抗し、肩に手を置いて行かないようにしていた俺諸共引っ張っていく。

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