第39話 出発

「起きてください、快斗さん。それと朱音、そんな変な姿勢でよく眠れますね。起きてください」


 天音の呆れた声によって起こされた。俺はすぐに目を覚ましたがなかなか起きない朱音はベッドから上半身が出ていて頭に血が上りそうな姿勢になってスヤスヤと寝ていた。


「あ、快斗さん起きましたか。寝起きで悪いんですけど朱音の足持ってくれませんか?ベッドの方に頭移動させたいので」

「分かった」


 朱音の細い足首を持ち、ちゃんとした体勢になるようにしようとするとすぐに朱音が起きて、慌てたようにキョロキョロ見渡した。


「何何?僕、どこかに運ばれるの?」

「そうですよ、今外に放り投げようと思っていたところでした。起きれてよかったですね」

「怖いこと言わないでよ」


 髪を直しながら、朱音はあくびを一つして気だるそうな目をした。


「ボーッとしている暇があるんだったら、顔を洗ってきてください。快斗さんも」

「快斗、行こ」

「ああ、分かった」


 お母さんみたいなことを言う天音に急かされて俺たちは顔を洗い、なんとか眠気から脱却できた。


「天音ってせっかちなお母さんみたいだよね」

「それはな、分かる」

「そこ。聞こえてますよ。というか、あなたたちが子どもすぎるんじゃないですか?もう少し人に何かいう前に自分を見直してください」

「僕たちはずっと子どものままでいいもーん」

「そうだ、そうだ!」

「はぁ、そんなこと言うんだったらもう起こしてあげませんよ。自分で昼近い時間に起きて一人でしけった朝ご飯でも食べればいいじゃないですか」

「朝早い時間に起きて一人で寂しく朝ご飯食べていいの?」

「そ、それは……、えぇ、大丈夫ですが?」

「へぇ、じゃあ快斗。部屋に戻って一緒にご飯食べよっか」

「ちょ、ちょっと待ってください!今はもういいじゃないですか。わざわざそんな時間かけない方がいいですから」

「えー、一人でも平気なんでしょ」

「今日はひとまず、いいじゃないですか。午前中に学園まで行くんですし、時間はたくさんあったほうがいいですから。ね」

「しょうがないなー」


 やたら早口で説得する天音にニマニマして満足げな表情を浮かべる朱音は持っていた皿を食卓に戻し、食事を再開した。


「そういえば、快斗さん。今回どこに行くか知ってますか?」

「朱音から聞いたぞ。魔法学園だろ」

「はい、そうですね。ただ、その魔法学園というのはその地区に数多くある学園の中でも最高峰と名高いものです。その生徒と関わることは少ないと思いますが、下手に怒らせると普通にボコボコにされるので気をつけてください。私たちがいればいいんですが、いない時は特にです」

「分かってるって。それに見ず知らずの人に突然突っかかるほど俺はバカじゃない」


 天音は俺を理性のない獣だとでも思っているのか。もちろん、その学園の生徒と関わりを持つつもりはない。


「それでは出発しましょうか」


 朝食を食べ終え、荷物をまとめて出発の準備をする。荷物とは言っても特段何かあるわけではなく、俺は護身用の剣とクレアから貰ったいろんな魔道具や写真だけだし、天音と朱音も一冊の本とお金が入った袋だけだ。この俺たちを側から見れば旅をしているようには見えないだろう。


「ここから学園までは歩いて二時間ほどでしょうか」

「なぁ、俺たち余所者なわけだろ。こんな堂々としてていいのか?」

「変なことしない限りは大丈夫ですよ」

「余所者は受けつかないって言いながらだいぶザルだな」

「私たちが例外なだけです。普通の人はこの国から出れない、この国に言ってはいけないと謂わば常識みたいになっているのですから」

「あー、また洗脳か。やなことだこと」

「まぁ、ですから頭のおかしなことをしない限りバレることはないので安心してください」


 洗脳も常識のところにまで足を運ばせているのなら、怖い以外の何もでもないな。ほとんど全ての指示が出来るわけでいつか俺が異世界人だとバレた時、ここの世界の人たちが全員敵になるのかもしれないわけだ。そんなことになったら大変だろうな。


「ほら、朱音。行きますよ」

「はいはい、分かったよ」


 遅れて宿から出てきた朱音を天音は急かしてようやく旅の道に戻る。魔法学園地区ではどんなことが起こるのか楽しみにしつつ、そよ風で揺れる木々の音色を聴きながら旅路を歩いた。

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