第二章 ドハン帝国

第38話 二分化した国

 森の中を歩く。風が吹いているのか微かに木の葉同士が擦れる音が聞こえる。


「快斗さんいますかー?」

「あぁ、いる!」


 天音の声かけに答えると風がビューっと吹き、満月がこの場を照らした。


「ふぅ、ようやく見つけました」

「マジで何も見えないんだな。夜の森って」

「だからといって、あんなところで転ばないでほしいものです」

「うるさい。それよりも朱音はどこいったんだ?」

「声も聞こえないってことはかなり遠くに行ってしまったんじゃないでしょうか」

「バァ!」

「うわぁ!」


 後ろから突然声が聞こえて俺は驚きながら天音の後ろに隠れる。


「びっくりした?」

「あぁ、こんなになるほどにはな」

「ちょっと快斗さん。後ろに隠れないでください。あなたは教皇と対峙し、勝った身なんですから、もう少し立ち振る舞いも堂々としてください」

「そんなの知らん。確かに教皇に勝ったが堂々と立ち振る舞える性格をしてないのも知ってるだろ」

「そうそう快斗って小心者だからさ。今も心臓ドクドク鳴って足も生まれたての子鹿みたいになってるでしょ」

「う、うるせー。そ、そんなわけないだろ」


 確かに今でも朱音の声が聞こえにくくなるくらい心臓の音がうるさいし、天音にしがみついていなきゃ立てないくらいだが、朱音が言うような惨事にはなっていない。


「二人ともあともう少しで着きますからね」

「はいはい、分かってる分かってる」


 天音を先頭に森の中を歩く。松明なんかの灯りもつけずに歩いているせいか何度も転びそうになるし、方向も分からなくなってしまう。


「どうして灯りをつけないんだ?」

「そりゃあ、バレるからじゃないですか」

「バレるってなんだよ。別に正面から行けばいいじゃないか」

「それが出来ないんです。ドハン帝国は三十年ほど前に他の国との交流を禁止し、関係を断ちました。余所者も受け付けないですし、出ていく人も許しません。去る者は追わず来る者は拒まずということわざがありますがその逆のことをその国はやっているわけです」

「何でまたそんなことを」

「よく分かりませんが、それを指示したのは教会だったみたいです」

「また教会かよ。今回もあれか?教皇と戦わないといけないやつか?」

「話し合いだけで済めばいいんですけどね。とりあえず、ドハン帝国に行かないと分からないですから」

「あとどんくらいかかる?」

「ざっと一時間でしょうか。人がいない明朝までには行きたいですね」


 聞いただけだとその国は何かとヤバそうだな。結局、やってることは鎖国に近いだろうし、封鎖的な国がどうなっているのか不安である。

 ひたすらに天音の後ろを追いかけると不意に天音が急ブレーキをかける。


「やっと着いたのか?」

「はい、着いたみたいです」

「はぁ、疲れた。さっさと入ろうぜ。って、どうやったら、この高い壁の向こうに行けるんだ?」

「簡単です。てっぺんまでよじ登るんです」

「は?……二人だけで行ってくれ。俺は引き返してメラーのところに戻る」

「ちょ、ちょっと待ってください。ちゃんと対策は考えてありますから、諦めないで帰ろうとしないでください」


 踵を返す俺に慌てて肩を掴んでくる天音。普通に力強くで痛い。


「で、どうすんだ?巨人の攻撃を防ぐみたいな高い壁をどうやって越えるんだ?」

「簡単です。朱音が快斗さんを持ち上げていけばいいんです。私は一人で行けますし、最初に行っちゃってください」

「怖いんだが」

「大丈夫大丈夫。前、洞窟で落ちた時みたいな感じだから」

「それとこれとはだいぶ違……」

「えーい!うるさい!」


 文句をたらたら言う俺に痺れを切らしたのか、朱音は声を荒げながら俺を持ち上げ、そのまま予備動作をせずに、そのまま飛んだ。何かしらの気遣いがあってもいいというのに、それをしないで飛んだために俺はきっと変な顔で空中に飛びだったと思う。


「いってぇ、舌噛んだわ。飛ぶんだったら飛ぶって一言言えよ」

「察しない方が悪いよ。戦いの時だっていちいち確認なんかとってたら時間を無駄にするよ」

「今は別に戦ってないんだからいいだろ」

「ダメダメ。常にそういう意識を持っておかないと」


 できるのであれば戦闘をしたくない俺にとってはあんまり意識しておきたくないもんだな。


「よいしょっと。朱音、快斗さん。行きますよ」


 俺たちの後にやってきた天音は話している俺たちを見て、すぐに歩き出した。


「で、どこに向かうんだ?」

「今日はもう宿に向かいますかね。ゆっくり休んでから、学園に向かいます」

「学園か。それって、あの馬鹿でかいやつか?」

「そうですね」


 ここからでもよく見えるほどの大きさの建物に指差すと二人は黙って頷いた。基本的にどこもかしこも目指す建物が大きすぎる。学園と天音は言ったが、あんな大きさだとショッピングモールが中に入っていてもおかしくはない。


「ここの近くに宿があるみたいなのでそこで今日は休むとしましょうか」


 森の中に佇む一軒の宿。そこで色々と済ませた後、狭い部屋を三人で借りることにした。


「俺たちってそんな金がないわけじゃないだろ」

「快斗さん、こういう時に節約できた方がいいんですよ。不測の事態に備えておかないと、いつか大金を使う日が来たら困るでしょう?」

「だからと言って、こうする必要はないだろ。な、朱音」

「……」

「ん?朱音?」

「あらら、寝ちゃいましたか。朱音も表情に出さなかっただけで疲れてたんでしょうね。快斗さん、今日はそんな言い争いはよして寝ましょう。あ、窓側はもらいますね」


 二つあるベッドのうち、一つのベッドの方に天音と朱音が添い寝した。もう一つのベッドを独占して使える一方で、体は疲れているものの長い間眠っていたせいか、あまり眠れない。


(すげえ不思議だな。腕を斬ってなくしたはずなのにまだあって、こうして不自由なく暮らせてるのって)


 それでも、もう二度とあんなことはしたくないと腕を斬った時の痛みを思い出してそう思う。あんな無茶がよく出来たものだ。痛みを知った俺はもう馬鹿じゃないから、自傷はもうしないだろう。クレアが来てくれなければ死んでたのかもしれないし。

 それにしても暇だ。体は休みたいのに、頭がそれに応じてくれない。長い間の眠りの弊害が今ここで出ている。いっそのことこのまま、ずっと起きていようか。よし、そうしよう。

 そう思い立った後、俺は荷物整理しようとベッドから立ち上がると隣の方から呻き声が聞こえた。


「うー、天音。苦しいって。離して」


 天音に力強く抱かれている朱音がベッドの上でジタバタして必死にその抱擁から抜け出そうとしていた。朱音の表情が苦しそうだったから、俺も手伝い、なんとか救出する。


「大丈夫か?」

「うへぇ、ありがと。死ぬかと思った。それより快斗は何してたの?」

「寝れなくて荷物の整理でもしようかと思ってたところだ」

「あぁ、結構寝てたもんね。そっか。今、暇?」

「だいぶ暇だな」

「じゃあ、ドハン帝国について少し話してあげるよ」

「お、いいな。頼む」


 今から行く国のことを聞くのは大事なことだ。俺は荷物整理をやめて、朱音の話を聞くことにした。


「ドハン帝国っていうのは他の国との外交を停止した国っていうのは前に話したよね」

「あぁ、そうだな。天音が言ってたはず。それは教会の指示なんだよな」

「うんうん。後他には国の二分化について説明しなきゃいけない」

「二分化?」

「そう。この国は東と西で魔法学園地区と冒険者地区によって事実上地区が別れてる」

「どれも同じなんじゃないのか?」

「それが全く違うんだよ。魔法学園地区はこの国の主要な場所で学園を中心に目覚ましい発展を遂げている一方で冒険者地区のほとんどが森で狩猟なんかをしながら暮らしている。その二つの地区で貧困格差があって、暮らしぶりも全く異なる。魔法学園は統制された農園とか牧場があってほとんど食料に困ることはないけど、冒険者地区は狩猟が食料確保の大部分だから食べれない日とかがある」

「貧困差か。冒険者地区の人たちはみんな魔法学園地区に憧れてそうだな」

「そうだと思うでしょ。それでも魔法学園地区にいる人たちは冒険者地区出身の人はいない。なんでだと思う?」

「いないのか?そうだとしたら、過去に大きな戦いがあってめちゃくちゃ恨んでるとかか?」

「ブブー。正解は、教会がそれを許そうとしないから、でした」

「教会が?一体何のために?」

「これはあくまで僕の憶測にすぎないけど、元々二分化する原因となったのは教会側が、優秀な人材をある箇所に集めてそこに住まわせたから。そして、長い時間が経って、それは魔法学園地区となった。その地区には優秀な人材が多く、逆に冒険者地区は弱い人たちしかいなくなった。教会の人たちは優秀な人材を一箇所に集めたかったんだと思う」

「どうしてだ?」

「さあね。教会のしたいことなんて知りたくないよ」


 優秀な人をわざわざ集めたのだから何かの思惑はあるのだろうが、それが一体なんなのか分からない。


「あと他にいうことだと、魔法学園地区にはその名前の通り、魔法を教える学園があってそこに通う生徒には全員順位があることかな」

「順位か。何で決まるんだ?」

「僕も詳しくは分からないけど、確か魔力、学力、戦力とかで決まってたはず。バランスがいいと順位は自ずと高くなるはず。現一位も学力はそこまでだけど、戦力と魔力が高かったはず」

「結構ガッチリしてるんだな」

「そうだね。それに魔法学園は生徒が一万人もいるのにも関わらず、その最下位ですら、普通に強い。冒険者で言えば、上級者よりも少し高いくらいかな。快斗が戦えば一瞬で倒されるレベル」

「一位とか相当ヤバいだろ」

「そうだね。歴史で見てみると、過去に学園の上位者百名が厄災の可能性があったドラゴン退治に行って全員無傷で帰ってきたみたい」

「あっぱれだな。ぜひ、仲間になって俺を楽にして欲しいもんだ」


 その話を聞けば、あまり敵に回したくはないな。


「あとは冒険者地区のことなんだけど、最近は教会の力添えもあって発展してるみたい。それでも魔法学園地区には到底足元にも及ばない微々たるものなんだけど」

「わざわざ教会側がサポートしてるのか」

「マッチポンプなんじゃないのかな。これで冒険者地区に貸しを作っていつかそれを理由に何かしたいんじゃない?」

「結局、蚊帳の外にいる俺たちはそれが現実になる時までその理由が分からないんだろな」


 憶測を重ねるだけで本当のことは見えてこない。別に深い理由はないのかもしれないし、結局はこの目で確かめないと分からないことだ。


「あぁ、あと魔法学園地区で最近連続失踪事件があるみたい」

「連続失踪事件?」

「うん。学園の生徒を狙った事件みたいで今まで百人も失踪してるっていうのに、未だ何の情報もない。同一犯の犯行とは考えにくいけど、警察もその事件だけは消極的みたい」

「それはだいぶ裏がありそうだな」

「僕もそう思う。きっと裏には大きな存在があると思うよ」


 学園の生徒の連続失踪事件。レベルが高い生徒が百人も失踪しているということはその犯人も並の人間ではない。そうなると、あまり関わりたくないものだ。


「そう言えば、俺たちは冒険者地区と魔法学園地区のどっちに向かってるんだ?」

「魔法学園地区だね。そこに知り合いがいるから」

「へえ、そいつもまた変なところで宿屋やってるやつか?」

「違うよ。今から会いに行くのは魔法学園の学長、ハーリンっていう人」

「学長。そんなやつと知り合いなのか」

「まあね。あ、でもその人だいぶおじいちゃんだからもうボケちゃってるかも」

「学長がボケ始めたもうおしまいになるぞ」

「そうそう。だから、ボケてないか確認するの。時々見ておかないとね」


 学園に寄る理由がそんなことだとは誰も予想できないだろう。


「なんか話してるうちに眠くなってきたな」

「そう?じゃあ、寝よっか。朝には出発したいからすぐに起きなきゃいけないけど」

「あぁ、任せておけ。きっと天音が起こしてくれるだろうから」

「それもそっか。じゃあ、隣失礼するよ」

「来ると思った」

「何その反応。もう少し慌てるのかと思ったのに」

「俺も成長したんだよ」

「残念。んしょっと、天音以外と寝るの久しぶりかも」


 残念と言いながらも俺の隣に入ってくる朱音。天音の方に行けと言うこともできたが、今もう一つのベッドは絶賛天音が独占していて朱音が寝てるスペースなんてなかった。


「快斗、旅は楽しい?」

「楽しくなかったら、あの国から出てないだろうな。旅を続けてるってことは楽しいんだろ、きっと」

「なら、良かった。安心したよ」

「朱音が気を負う必要はないんだぞ。俺がやりたいからやってるだけなんだから」

「それでも、僕たちが提案したことなんだし、それくらいの心配はしたくなくても自然とするよ。もしかしたら、無理してるのかもしれないでしょ」


 今は、旅する方が俺に合っているし、旅をしてない自分を想像できない。


「あ、でも今後腕斬るみたいな危険なマネはやめてよね。流石に」

「わかってるよ。俺もその痛みを十分理解したし、理解したからこそもうあんなことはしない」

「死んだら困るからね。修復はできるけど死者蘇生ってなれば不可能に近いから」

「また無茶して死んだ時は墓にバカって書いて笑いながら弔ってくれ」

「どうしよっかな。一週間ぐらい泣いててあげようか」


 死ぬ予定はないが、万が一そうなった時には笑っていてほしい。


「快斗、おやすみ」

「あぁ、おやすみ」


 目を瞑りながらそういう朱音に俺も返事してようやく瞼を閉じた。朱音と話していたら、睡魔がすぐ近くまでやってきていたようですぐに眠りに落ちた。

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