第37話 別れの時
「あんまし人いないね」
「やっぱりこの時間帯は行き交う人も少なくていいですね」
「私は騒がしいほうが好きだがな」
「あたしもうるさいぐらいがちょうどいいかな」
予想通り、この時間帯の人通りというのは少ない。一人で歩いている人がちらほらいる程度で、この街の昼の顔を知っている俺たちからしたら、ここは随分と寂しくなってしまっていた。メラーと共に来たことのある場所ですら、沈黙を貫き風が耳元を通り過ぎる音しか聞こえない。
「なんだか寂しいな」
「この街ともこれでもうお別れですからね」
「そうだな。出来れば昼の街も最後に見たかったが」
「また今度にしましょう。きっとまた戻ってこれますから」
「そうだな。その時、また思い出に浸りながら、この街を眺めればいいか」
人通りが完全になくなった街の道を眺めてこの街に思いを馳せる。すると、奥の方から二つの影が見えてきた。こんな時間帯に珍しい。
「ん?あれって……」
電灯のおかげでほんの少し見えた顔。それは偶然にも俺が知っている顔であった。慌てて、クレアの肩を叩く。
「どうしたの?」
「あそこにいるのってグオンとレインじゃないか?」
「うわ、本当だ」
こんな夜遅くにいたのはグオンとレインだった。偶然の出会いにクレアは驚いた表情で固まる。
「なんかすごく寂しそうだね」
「そうだな」
夜の街がそう見えさせているのか分からないが、二人の表情というのはすごく寂しそうであった。
「クレア、これは仲間の元に帰るチャンスなんじゃないか?」
徐々に近づく二人に対してメラーがそんなことを言ってくる。確かにこれはクレアが帰る絶好のチャンスである。杖を取り返したおかげで俺を倒すという目的はきっとなくなり、クレアが恐れていたことはもうしないだろう。あとはそのことを本人の口から言ってくれれば、クレアはまた普通の人生を歩むことができる。
「でも、あたしは快斗の秘密とか色々知っちゃったし」
「快斗さんの秘密は口を堅くして秘密にしていればいいですし、ぽろっと言ってしまっても、もうほとんど問題にはなりませんし、安心してもらっていいですよ」
「そうなんだ……」
「もしかして、帰るのが怖いのか?」
かつての仲間の元に帰れるというのに躊躇いを見せるクレアに俺はそう聞いた。一度は裏切り、疑い合った仲である。そう簡単に戻れないクレアの心情というものは察すことが出来る。ただ、ずっと冒険を共にしてきた仲間でもある。築き上げた信頼がいずれ関係を完全に修復してくれるだろう。
「お、クレア」
「あ……。久しぶりだね、グオン」
「ここにいたのか。結構探したんだぞ」
「あはは、ごめんごめん」
「ここ数日はレインだって心配して、ずっと探し回っていたというのに」
「ごめんって」
前からやってきたグオンとレインの二人も俺の背後に隠れ気味のクレアに気が付いたのか、手を挙げ、久しく会っていない友人に会ったときのような反応を見せる。その反応はかつて敵対関係にあったとは思えないほど自然であった。
「『命令』されたことはそれが解かれた瞬間に忘れてしまうんです。きっとグオンさんたちは本当に
「そうなのか。こっちとしてはありがたいことこの上ないんだがな」
不思議そうにしている俺のために天音はこそっと小さな声で教えてくれる。その時の記憶がないなら好都合だ。
「クレア。帰ろう」
「そうなのです。帰ってまた一緒に冒険がしたいのです」
クレアの手を取り、一生懸命に帰ってくることを望む二人。その手を振り解くことも仲間の元に帰っていくこともしないクレア。その困った表情からは帰るのが嫌なのではなく、どっちかを選ばなくてはいけないのが嫌なようであった。ただ、残念なことにどっちも選ぶということは出来ない。どちらかを選ばなくてはいけない。
「クレアはどっちを選ぶんだ?」
「あたしは……、快斗と冒険するのも楽しかったし、まだ一緒にいたい。でも、快斗にやりたいことがあるのと同じようにあたしたちもあの場所で人助けをしなきゃいけないから。あたし二人の元に戻るよ」
意を決した彼女の瞳はただ真っ直ぐだ。俺だって別れるのは寂しい。この世界で出来た仲間。そんな大切な人が離れ離れになってしまう。それでもただの別れではなく、きっとまたどこかでいつの日か会えるはずだ。完全な別れじゃない。
「今度いつ会えるか分からないから、今日だけ二人でいたいな」
「まぁ、別にいいだろうけどもう夜も遅いし、どこにも行けないぞ」
「いいのいいの。少しそこら辺ぶらぶら歩きながら少し話すだけだから」
「分かった」
「じゃあ、みんなは先に帰っててちゃんとしたお別れしてくるから」
そう言ってクレアは俺の腕を引っ張り、みんなと距離を取る。みんなもそれに同意したのか、俺たちが進む方向とは逆の方に足を向け、俺たちに背を向けた。
「この街ともお別れ、快斗ともお別れかー」
二人きりになったところでクレアはそう呟く。その声色は悲しそうであった。
「快斗はあたしたちといてどうだった?」
「短い間だったけど楽しかった。いろんなこと教えてもらったし、会えて良かったと思ってる」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
「それなら、いいんだけどさ」
クレアたちに支えられた部分というのは大きい。一度は敵対関係になったレインとグオンのあの二人にも世話になった。平和になった今、確かにそう言えるだろう。
「本当に行っちゃうの?」
「あぁ。別れるのは惜しいと思うが、流石に自分のエゴで連れて行くわけにもいかない」
「あたしは別に行ってもいいんだけど」
「でも、やることあるんだろ?」
「うん。それがなかったら迷いなくついていったんだけどね。それに助けてくれた本人からも言われちゃったし」
「会えたのか?」
「うん、快斗が眠ってる間に。結構身近な人だった」
「へぇ、誰だ?天音とかか?」
「惜しいけど違うなぁ。実はね、メラーなの」
「へぇ、アイツが人助けを。あんまりそうは見えないな」
「そうでしょ?でも、結構な人を助けてるみたいだよ。それでもあたしのこと覚えててくれたみたい」
「嘘ついてるんじゃないか?」
「それはないんじゃないかな。ちゃんとその時のことまるまる覚えてたし。どこで会ったのか、何と戦ってたのか、身長はどれくらいだったのかって」
そういうのなら、確かに嘘ついているわけでもないだろう。ただ、意外だ。あの方向音痴が人助けをしているとは。
「それでも、あの決断は苦渋の決断だったけどね」
「どっちかを選ぶのは難しいしな」
「うん。快斗とはずっといたし、街の人も助けたい。ただ、カイトのやりたいことを邪魔しちゃいけないから」
「俺もクレアとはもっといたかったけど、流石に危険な目には遭わせれないからな」
クレアには分からないことだらけの事件に巻き込ませてしまった。そうなってもう一度クレアを危険に晒したくはない。もうここで別れてしまう方が身のためだ。
「月、綺麗だね」
雲に隠れていた月が顔を出す。綺麗な丸い円の光は一日の終わりを知らせ、別れの時が刻一刻と迫っていることを教える。
「快斗」
「ん?」
「多分もう気が変わることはないと思うし、長い間会えなくなるだろうから、最後に聞かせてほしい」
「あぁ、なんでも答える」
「あたしを信じてる?」
最後に聞いてきた言葉。それでいいのかとも思ったが、クレアはちゃんとした場で俺の口から聞きたかったのだろう。信じているとは言いながらもクレアには隠し事をたくさんしてきたし、自分勝手な行動で振り回してきた。だから、疑問が浮かんできたのだ。本当に信用されているのかどうかと。その疑問はきっと俺が答えを出さない限りずっと抱き続け、不安を生む。だから、その不安に終止符を打つべきだ。
「信じてなかったら、ここまで一緒に来てなかった」
確かに言えないことの方が多いかもしれないが、それは今言うべきことじゃない。クレアをもう巻き込まないで元の生活に戻ってほしい。
「もうクレアとは親友だろうし、ちゃんと信頼してる」
「本当に?」
「そんな疑うんだったら嘘発見器使うか?」
「そうしたいんだけど今日は生憎持ってきてないんだ」
「じゃあ、真偽はまた会う時だな」
「そうだね、また会う時……。今度はいつ会える?」
「分からん。まぁ、落ち着いたらだろうから気長に待っててほしい」
「そっか。じゃあ、手紙でやりとりしようよ」
「やり方知らんのだが」
「あたしたちの名前と街の名前を封筒に書くだけでちゃんと届くから安心して」
「俺たちは旅することになるだろうから、その街にいるか分からない」
「一方的に送るでもいいからさ。ね?」
「まぁ、それだったらちょくちょく送るよ」
「やった」
手紙を送ることなら造作もない。それに手紙でやりとりするのはまだ繋がりがあるようでこっちとしても嬉しい。
「じゃあ、これで最後ってわけじゃないんだね」
「あぁ、もちろん」
その時ちょうど鐘の音が鳴る。これは確か日が変わったことを知らせる鐘だったはずだ。
「そろそろ帰ろっか」
「あぁ、そうだな」
もうこの街もクレアの顔も長らくは見ることはないのか。そう思うとやっぱり悲しくなってくる。
「クレア」
「うん?何?」
『パシャ』
「あ!ちょっと何すんの!」
「記念だよ、記念。忘れないようにしたいだろ」
「じゃ、じゃああたしも撮るよ」
「あぁ、いいぞ」
『パシャ』
「ふふ、いい顔するじゃん。これはロケットペンダントに入れておこ。もっと身近に感じれるし、 繋がってる感じが更に深まるでしょ?」
「いいな、それ」
二人で最後に写真を撮り合い、二人の記録を残して、仲間が待つ場所へと歩いた。
「随分と遅かったですね」
「これでも早い方だろ」
「そうだよ。もっとずっといたかった」
「そうですか。とりあえず、用は済んだみたいなので、ここでお別れとしましょう」
「じゃあな、クレア」
「うん。じゃあね」
淡々と過ぎていく別れの時。振り返れば、短い間であったが時間以上の友情を築けたと思う。だからか、別れの時が来ても涙を流すことはなかった。
三人の背中を見送り、四人だけになる。辺りの静けさをより一層感じるほど静まり返った空間に息を吐く。
「これでここでの俺の役目は全部終わったな」
「そうですね。あとはメラーさんが頑張ってくれます」
「まぁ、任せておけ」
「メラーはここに残るのか?」
「そういうことになるな」
「じゃあ、メラーとももうお別れするのか。あんまり悲しくなれないな」
「なんだ、それは」
「冗談冗談。メラーには色々助けてもらったし、教えてくれた魔法で教皇を倒せたんだ。感謝してる」
教えてもらった魔法がなければどうなっていたことか。それに新しい魔法も追加で教えてもらったし、感謝しなければならない。
「では、快斗さん。出発しましょう。確かよく寝て疲れてないんでしたよね。でしたら、早いうちに行った方がいいでしょう」
「こんな夜遅くに行って大丈夫なのか?魔物が出てきたらどうするんだよ」
「そんなの私が倒すに決まってるじゃないですか。それに馬車で移動するより、徒歩で移動した方が色々と都合がいいんです」
「そんなものなのか?」
徒歩で行った方がいい理由。そんなのがあるとも思えなかったが、仕方なく天音の言う通りにすることにした。
「じゃあな、メラー」
「あぁ、また」
「今度会う時はここが平和になっていることを願ってます」
「分かってる。忘れないでやるから、そんな執拗に言わないでくれ」
「メラーさんはすぐ忘れますから。今のうちに言っておかないと」
「そうだよ。メラーってば忘れっぽいから」
「朱音にまで言われるとは」
メラーに再三注意した天音と朱音は満足そうにしてようやくメラーと別れを告げた。
「今度会うのがいつになるかは分かりませんが、また会う時までにはちゃんと終わらせておいてくださいよ」
「メラー、じゃあね」
「出来れば十年ぐらいかけて帰ってくれ」
「じゃあ、明日には帰ってきますね」
冗談を言い合う和やかな雰囲気。この三人は別れを惜しんでいるようには見えない。どうせまた会えるから、心配する必要はないとでも思っているのかもしれない。
「では、快斗さん。行きましょう、次の国ドハン帝国へ」
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