第35.5話 クレアの心配と確かな信頼

「はあはあ」


 不思議なほどに人がいない街を全力疾走し、教会を目指す。


(そういえば今日お祭りなんだっけ)


 今日はちょうど街の外れにある場所で祭りがあることを思い出した。そのせいで人がいないのかと思うが、こんな静まり返るほど祭りに人が集まっているとはどれだけ賑わっているのかがその場にいなくても分かる。と、そんな今はどうでも良いようなことを考えていると教会に着いた。


「本当に誰もいないんだ」


 教会という神聖で厳格な場所であるのにも関わらず、警官がいるわけでもなくただ禁止区域に規制線が張られているだけだった。


「ここかな?」


 教会に入ってすぐの扉が大雑把にも全開になっていた。快斗がここから教皇と対峙しに行ったのは明確であたしも急いでその梯子を登ることにした。鉄製の梯子は進むとカツカツと鉄特有の音を立てる。無心で最上階まで来ると長い廊下が待ち受けていた。明かりもなく、月もちょうど隠れてしまったのか電気を消したときのような暗さがあった。それでも、足を止めずに進もうとするとピチャっと水溜りに足を踏み入れたときのような音が聞こえ、視線を下に向けるとそこに誰かが倒れているのが分かった。


「誰?」


 ポケットに入れていた魔道具の一つである簡易ライトを下に向けるとそこには赤色の水溜まりと腕が片方短くなっている人が倒れていた。顔を近づけると、それをよく見る顔であり、あたしは息を飲み、ハッとした。


「快斗?快斗!」


 目の前に倒れていたのは快斗だったのだ。よく見ると水溜りのようなものは血溜まりだったし、その血は短くなった腕から出ているものであった。


「え、えっととりあえず応急処置した方がいいよね。その前にまず、この血片付けた方がいいのかな?」


 予想していなかった事態にあたしは色々考えて慌ててしまう。そんな時快斗が持っていた杖が突然光る。


「これって快斗の?でも、こんなの見たことない」


 この光る杖は快斗のものではないような気がした。快斗がこんな杖を持っているのを見たことないし、それにこれはかなり使い古されている。


「ん?何か書いてある」


 その杖の一箇所に文字が書かれてあった。


『杖を天に突き、右回りで一回転させて床に杖先を当てる』


 そう杖に書かれていたが、それをしたことによってどうなるのか分からない。それに今は快斗の応急処置の方を優先した方がいいと思う。それでも、妙にこれが気がかりであり、重要なもののように感じた。


「ものは試しってやつかな」


 あたしは杖に書かれている手順の通りに杖を動かした。天に高く掲げて、三百六十度回転させ、杖を床に突く。


「うわっ、なにこれ」


 杖で突いた場所を中心にサークルが発生し、緑色の優しい光とまるで森の中にいるかのような自然を感じた。ここの空間は優しく、癒される。


「うっ、はっ」

「快斗?」


 ここの空間に呆気に取られていると、少し苦しそうな呻き声が下から聞こえた。どうやら快斗が目を覚ましたようだった。


「大丈夫?」

「あぁ、なんか急に元気になった」

「そう?」

「これのおかげかもな。これはクレアがやってくれたのか?」

「杖に書かれてたことをやっただけだから、あたしからこれについて言えることはないよ」

「そうか。でも、嘘みたいに回復してきたな」


 さっきまで出ていた血も流れてはこなくなったし、元気を取り戻したかのように快斗は急に跳ねたり、体を動かしたりした。そこまで受けるように回復したのもこの空間のおかげだ。


「それで、さっきまで何してたの?」

「そりゃあ、あの状態見れば分かるだろ。その杖のために戦ってたんだよ」

「誰と?」

「そりゃあ、一人しかいないだろ。教皇だよ。教皇」

「教皇と?」


 ある程度予想はしていたから、その回答には驚かない。それでも、やっぱりどうして戦うことになったのか、その経緯を聞きたかった。

 深く詮索しようとした時、コツコツと金属性の何かを踏んだ時の独特な音が一瞬だけ聞こえた。快斗もそれが聞こえたようですぐに黙り込み、梯子の方を見た。


「おーい、黙り込まないでくれ!私だ!メラーだ!」


 黙り込んだあたしたちに声をかけた声の主はメラーだった。その声を聞いて警戒を解いたあたしたちは息を吐く。


「よいしょっと。驚かせてすまんな。確かに怪しく見えたかもしれん」

「追手が来たのかと」

「あたしもそう思った」

「なんにせよ、杖は取れたみたいだな」

「あぁ、ちゃんと。それとこれはメラーの魔法なのか?」

「そうだな。ダメ押しでやったのが功を奏したみたいだ」


 そう言うとメラーは教皇が宿に押しかけた際にこの魔法を杖にかけたことを話してくれた。


「でも、そこから離れるなよ。その回復の効果は杖を中心にして半径三メートルまでだ」

「じゃあ、俺が杖を持っていた方がいいってことだな」

「そうだな。あと、その腕はどうした?」

「斬った。負けそうだったから」

「そんなこといとも容易くやるとは」


 淡々と怖いことを言う快斗に驚くわけでもなく、メラーは呆れるだけだった。あたしも快斗が教皇と戦ったと言った時、驚きはしなかった。それは大きなことすぎて冗談じゃないのかと疑い、逆に冷静になれたからであったが、メラーは快斗が自分の腕を斬る可能性を考えて本当に斬った快斗に呆れているようだった。


「まぁ、いい。本来の目的を達成できたのだからな。ひとまず、ここから離れよう」


 梯子から降り、周囲に誰も人がいないことを確認してから、警察に見つかった泥棒のようにそおっと宿に戻ってきた。


「快斗はあとベッドでゆっくりしてくれ。後で飲み物を持っていく」

「悪いな」

「クレアは私の手伝いをしてくれ」

「分かった」


 宿に帰ったあたしはメラーとともに快斗を労わろうとした。


「何、それ?」

「これか?これは少し眠くなる薬だ。快斗には今から寝てもらわないと」

「どうして?」

「あの腕じゃ、満足に動けんだろ。斬った腕を治すんだ」

「そんなこと簡単にできることじゃないでしょ」


 メラーは簡単そうにそんなことを言うが二の腕あたりから斬られた快斗の腕は時間をかけたり超級者のヒーラーに頼んだりしたとしてももう戻らないほどだ。


「まぁ、見ておけ。そこにある瓶をとってくれ。それに飲み物を入れる」


 メラーの言葉というのは信じれないようなことでも妙な説得感があり、素直に受け入れてしまう。あたしはメラーに言われた通り近くにあった変な形の瓶を取って彼女に渡す。瓶に色々入れて、仕上げに沸かしたお湯を淹れると次第に色が紫色に変わった。禍々しい色の飲み物は飲むのに少し勇気が入りそうだ。


「完成だな」

「これが?」

「あぁ。過去最高の出来と言っても過言ではない」

「こんなに不味そうなのに」

「確かにこれは不味い。ただ良薬口に苦しと言ってだな、不味いから、これは効力のあるものなんだ」

「微妙に違うような……。まぁ、いっか。快斗にこれ持っていこ」


 このいかにも苦そうな飲み物はあたしが飲むわけではないし、これは快斗の腕を治すために必要なことだ。完成した飲み物を快斗が休んでいる部屋に持って行くことにする。


「快斗、お待たせ」

「あぁ、悪いな」


 暗い窓の外をただ静かに眺めていた快斗はあたしたちに気がつくと疲れ切った声でそう言った。


「何だ、これ。飲み物がして良い色じゃないだろ。俺はもっと一息つけるやつを想像していたんだが」

「それも一息つける飲み物だ。グビッといってしまえ」

「マジか。俺が疎いだけなのか」


 メラーから手渡しされた悍ましい色の飲み物を快斗は恐る恐る口につけて一気に飲み干した。


「うえ、まじい」

「よく飲んだな。では、ゆっくり休め。おやすみ」


 苦さに堪えて舌を出した快斗の頭をポンポンと優しくメラーは撫でる。すると、さっきまで渋い顔をしていた快斗は意識を切らしたようにふっと目を閉じて、ベッドで横になった。


「よし。快斗は寝たみたいだ。ここから先は私がやる。クレアも今日は疲れただろう。ゆっくり休め」

「これで快斗の腕は元通りになるの?」

「時間をかければ、よくなる。安心しろ」

「分かった。信じるね」


 快斗の腕が元通りになる。にわかに信じがたいが、メラーの自信に満ちた声と顔を見て、あたしはとりあえず信じてみることにした。

 今日は呆気なく幕を閉じる。こうして一人になると冷静になって今日がどれほど摩訶不思議なものであったかが分かる。ただ、どれだけ考えたところでわからないことの方が多い。なぜ、快斗は教皇と戦い、杖を手に入れたのか。快斗は何を目標に旅をしているのか。考えだしてしまえばキリがない。だからこそ、本人の口から答えを言ってほしい。


「あたしってまだ信じてもらえてないんだろうなあ」


 あたし以外の仲間が快斗の旅の目標を知っている。あたしはまだ蚊帳の外というわけだ。それでも、悲観してはいけない。時間がきっと解決してくれるし、いつか快斗の口から答えが聞ける時が来るはずだから。

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