第35話 教皇との決戦
「怖いほどに順調だな」
ハシゴを登った先は長い通路であった。窓から差す月明かりがこの廊下の照明となり、仄かに照らしている。不気味なほどに何もない廊下に少しの違和感を覚えながら、俺は行き止まりにある扉の前へと立った。
音は何一つ聞こえない。それでも、この中には教皇が待ち構えている。俺は一つ決心して扉を開けた。
ギギィと
「貴様から来るとは。多少の時間はかかったが良かろう。さて、貴様はアレを見てしまったみたいじゃな」
「アレ?」
「そうじゃ。司祭が魔物に治療しているところを」
確かにそんなこともあった気がするが、教皇が聞きたいのは本当にそれだけなのか?もっと重要なこと、例えば俺が異世界人であると言うことが教皇にとっていの一番に聞きたいことだと思っていた。しかし、それを聞かないと言うのはおかしい。そもそも、俺が異世界人であるということを知らない可能性が出てきた。
「確かにそれなら見たし、なんだったら写真機に保存されてある」
「そうか。なら、こちらに来い」
威圧するような低い声を出して、こちらを手招きする教皇。一体何をするのか分からないが、戦う意思は教皇から感じ取れなかったので、素直に従うことにした。
「別に俺は口が堅い方だし、言うなって言われたら、誰にもバラさないんだけど」
「それなりの対価は求めるだろう」
「あぁ、そりゃあ。例えば、その杖とかな」
「そう言うと思った。だから、こうするのじゃ」
『洗脳-記憶改変』
俺の頭に上に手を翳し、そういうとパチっと電気回路がショートした時のような音が鳴り、微かに頭の中で何かが行われたような感覚があった。しかし、それだけで何か特別な変化があったというわけではない。記憶改変というからには、司祭が魔物を治癒したことを無かったことにしたと思うが、今でも簡単に思い出せる。
「一体、何したっていうんだよ」
「貴様……」
この予期しない一連の出来事で、教皇は俺が洗脳にかかっていないことが分かったのだろう。一体どういうことなのかと深く思案している。
「一体何したのか分からないが、その杖をくれるだけでいいんだ。ほら、さっさとくれ」
ただ、これは良い結果だったかもしれない。こうして対価として杖を要求することができる。これで素直に杖を渡してくれれば、いろんな手間が
「貴様、反逆者の一員なのか」
「反逆者?それがなんなのか知らんが、そういうのではないぞ。けして」
「いや、しかし……」
教皇はひどく悩んでいる様子だった。その『反逆者』がどういうものであるか知らない俺にとって教皇がなぜこんなにも悩んでいるのかが気になってしまう。
「貴様は、生かしてはおけぬ」
熟考した末、教皇が導き出した答えは俺を殺すことだった。穏やかな雰囲気から一変して唐突に杖を向けてきた教皇はどんな考えをしたら、そうなったのか、
「結局、こうなる運命なのか」
最初に温厚な態度を見せた教皇にもしや穏便に済ませることが出来るのかと思ったが、そういうわけではないようだ。戦いの合図を知らせるかのように教皇の杖が黄色に光る。
『サンダー!』
『予測回避』
『ファイヤボール!』
『スパーク』
俺の放ったファイヤボールが教皇の魔法に防がれ、大きな音を立てて爆発する。
『俊敏』
「なぬ!?」
『サンダー、サンダー、サンダー、サンダー!』
「当たらないぜ!」
彼は動きが鈍い。俺が速くなれば、もっと混乱することだろう。現に乱発された魔法は俺に掠りもしなかった。
『粘糸!』
「これは!?」
教皇の足元に粘糸を張り巡らせる。ほとんど身動きが取れいない状態に教皇は困惑し、辺りを見渡すだけだ。
『ファイヤボール!』
『複製!』
粘糸で動けなくなったところを複製で三つに分裂したファイヤボールで
『スパーク』
「くっ」
「
教皇は三つのファイヤボール全てにスパークを的確に当てて、攻撃を防いだ。そこで起きた爆風でさえも教皇に当たらなかったことを考えると彼の反射神経というのはまだ老いぼれてはいない。しかし、それでも俺が有利なことには変わりない。粘糸でほとんどの行動は規制されているし、俺には俊敏がある。
『ファイヤーボール!』
『スパーク』
有利である状況には変わりないが、幾度となく攻撃が防がれてしまう。
『ファイヤーボール!』
『硬化』
『スパーク』
今度はファイヤーボールを固めてみたが、それでもやはり攻撃を防がれてしまう。どうやら俺の攻撃パターンが少ないから、見極められてしまっているようだった。何か一味違う攻撃をするしかない。
「諦めたらどうじゃ。お前はわしに勝てん」
「まだだ」
『ファイヤーボール』
『硬化』
『スパーク』
『再生!』
魔法が当たった火球は二つに分裂して、防がれたかのように見えたが、俺はそれを狙っていた。ファイヤーボールは元の状態に再生され、二つに増えた。予想外の出来事に一瞬反応が遅れた教皇はその二つの火球のうち一つを防ぐことが出来なかった。
「ようやく一発か」
「小賢しい真似を」
ようやく、糸口が見えてきたところで俺は同じように攻撃をする。今度は教皇も慣れたのか脅威の反射神経でそれを防ぐ。老人は老人らしく反射神経が鈍っていてほしいが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。しかし、この攻撃は防がれたとしても再生すればもう一度ファイヤーボールが復活するため、一つ出してしまえば魔力のある限り、無限に攻撃することができる。
数が増えたファイヤーボールに手を負えなくなったのか次第に攻撃が当たるようになった。
(もしかしたら、本当に勝てるのでは?)
教皇の攻撃を交わし、砂埃が混じった視界の中で微かにそう思う。今まで攻撃は全て回避しているし、逆にこっちが何度も攻撃を当てている。戦う前には無理だと思っていたが、一抹の希望を見出した。
もう一度、魔法を放ち、それが教皇に直接命中した、その時だった。
「ふぅ、凡人のくせに生意気な」
そう言った直後、確かにこの部屋の空気が重くなり、静電気のようなピリピリした感覚が体中を
『雷鳴』
教皇が杖を床にトンと叩きつけた直後、この部屋全体が光り、揺れた。そして、気がつけば俺は地面に倒れていた。凄まじい衝撃が体を襲ったのを覚えているが、何が起きたのかいまいちピンとこない。
『再生』
一瞬でボロボロになった体に誤魔化すかのように回復を何度か入れる。外面はよくなっても内側はしっかりとダメージを負っているようで、さっきのような動きはしない方が良いと悟った。
「まだ立てるか。なら、もう一度」
『雷鳴』
『予測回避』
今度はタイミングを掴み、しっかりと回避したかのように思えたが、気がつけばまた俺は地面に足をつけていた。そして、ちょうど足元に落ちていた紙が一瞬燃えて消えてなくなってしまったのを見てようやく気がつく。あの魔法はただの魔法ではなく、部屋全体を満遍なく攻撃する技であると。
「こりゃあ、まずいな」
一気に形勢が逆転したということを認めざるを得ないだろう。
なんとか立つことは出来たが、教皇がもう一度あの技を使えば、流石に勝ち目は無くなりそうだ。
『らい…』
『ファイヤーボール』
『スパーク』
教皇にもう一度あの技を打たせないためには俺がそれよりも早く攻撃を撃つことだ。教皇は魔法を防ぐ際に癖なのかどうか分からないか反射的にスパークを撃つ。そのおかげで一発はどうにか防げたものの以前として緊迫した状況が続く。さっきまでは確実に有利だったはずなのに、たった一つの魔法で状況を逆転させることができる教皇という男は、やはり実力者ということなのだろう。一時期はもしかしたら勝てるのかと淡い期待を抱いていた俺は冒険者としては三流に過ぎないのかもしれない。
『ファイヤーボール』
『硬化』
『スパーク』
『再生』
『らいめ…』
『ファイヤーボール』
撃たれてはいけない魔法を防ぎつつ、隙を見ては攻撃する攻防は均衡を保っているように見えるが、実際魔力の消費が凄まじく、もう少しで魔力がなくなることを俺は勘付いていた。どこかで補給しなくては戦えない。ただ、補給すると少しの隙が出来るのは目に見えている。
『再生』
魔法を一発受ける覚悟で外傷を回復させ、ポケットにある魔石に触れる。ジワジワと魔力が自身の身体に流れていくのを感じながら、教皇が魔法を撃たないことを祈っていた。しかし、相当な実力者である教皇は何もしてこなくなった俺を見て、瞬時に違和感を感じ取り、すぐに攻撃した。
『雷鳴』
「ぐっ」
頭に響くような衝撃。苦しみから顔を歪めてフラつくが、なんとか倒れずに済んだ。一発攻撃をくらい、今にも倒れそうなほどにダメージを負ったが、そのおかげで魔力は十分に回復することが出来た。それに十分にダメージを受けたから、そろそろ反撃の
「もうそろそろ良いだろ。これが俺のとっておきだ!」
『カウンター!』
この戦いで蓄積されたダメージはどこまでなのかよく分からないが、確実に大ダメージを与えられるだろう。ここまで耐えてきた痛みや苦しみを倍にして教皇に返す時だ。
「うん!?」
魔法を使った直後、教皇の体に異変が起こる。教皇の体が揺らいだと思ったら、ところがどころから血が噴き出した。意味不明のダメージを喰らった教皇は驚きや痛みのあまり声を出してよろける。杖でなんとか体を支えているもののそのダメージは敵対関係である俺から見ても酷いものだった。
「それは確か……」
「爺さん、やめにしよう。俺はただ杖が欲しいだけなんだ」
「反逆者は生かしておけぬ」
『リミット解除!』
教皇は杖を突き上げてそう叫んだ。杖は赤く点滅しながら光り、その感覚が短くなると俺はただならぬ危機感を感じた。これが終わった時、俺はもしかしたら死ぬかもしれない。そんな雰囲気がその杖から
「これしかないだろうな」
俺は背中にずっと背負わせていた剣を取り出し、すぐに俺の利き手とは逆の腕をぶった斬った。
「ぐっ!」
『カウンター!』
痛みに悶絶しながらも俺はこの魔法を覚えていたからずっと考えていたことを実行した。自傷もダメージとして蓄積されるのなら、腕を切ったらきっとさっきと同程度とはいかないだろうが、少なからず、魔法を止められるに違いない。現に、魔法を喰らった教皇はよろけ、体勢を崩した。俺はそれを見て最後の力を振り絞る。
『粘糸』
『俊敏』
勢いをつけて動けなくなった教皇目掛けて剣で切り付ける。ドサッと倒れるような音が聞こえ、振り返ると教皇は血を流して動かなくなった。それを確認して杖に手を伸ばす。呆気なくとることが出来た杖は古いものであるが、全く特別な感じはしなかった。使い古されたただの杖。しかし、メラーのものであり、これを取るのが目的である以上ありがたくもらっておこう。
「教皇は死んではないよな」
動かなくなった教皇を見て俺は人を殺めてしまったと思ったが、微かに感じる命の灯火に少し安堵しつつ、少しの手向けとして回復を微少ながらもしておく。
「帰るか」
片手で扉を開け、来た道を戻ろうとする。しかし、その際急にひどく体が冷たくなり、ドクドクと騒がしいほどに脈打っていることに気がついた。原因はまあ分かっている。利き腕とは逆の方の手だ。応急処置はしたもののまだ血がポタポタと垂れている。
だんだんと頭さえ痛くなり、意識は
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