第34話 決戦はもう後少し

「とうとう明日になりましたね」

「あぁ、そうだな」


 夕方。クレアがお風呂に入った隙に俺は天音と会話していた。とうとう明日に迫ったこの国を揺るがす作戦。今はそれの打ち合わせといったところだろうか。


「明日の夜に決行ということにしますが、その際、クレアさんはメラーと共に街の外に行ってもらいます」

「まぁ、そうなるだろうけど」

「何か、疑問が?」

「クレアって俺たちの旅にどこまで着いていくんだ?それが旅の終点までってなるんだったら、いずれ俺が教皇を倒すために旅してるって勘づく気がして、隠す必要なんてないんじゃないかって少し思ったんだ」

「そう……ですね。隠す必要は確かにないかもしれません」

「ただ、だからといっていったところでクレアを危険に晒したくはないんだけどな」

「クレアさんならきっと、自分も快斗に付いていくと言って駄々をこね始めるかもしれませんしね」


 クレアはどこまで俺たちの旅についてくるのか分からないが、責任感が強いクレアにとって俺が戦いに行くのを聞いて、自分は見て見ぬ振りをするという行為は出来ないだろう。ただ、この戦いというのは、命を落とす可能性がある危険なもので、その場所にクレアを連れて行くことは出来ない。


「このことについては明日が無事に終わった時でいいんじゃないですか?」

「そうだな。そうすれば、クレアを危険な目に合わせなくて済む」

「ただ、それより重要なのは、快斗さんが無事に帰ってくることです。あなたが命を落としてしまえば、元も子もないですから」

「死にそうになったら一目散に逃げるから、安心しろ」

「そう言って、快斗さんは何だかんだ最後まで戦いを全うしそうな気がします」

「俺がそんな勇気あるやつに見えるか?今ももう足ガクガクさせてるのに」


 恐怖で生まれたての子鹿のように足をプルプルさせている俺に思ってもいないようなことを言う天音は、それでも俺の心配をした。


「ちゃんと生きて帰ってくださいね」

「言われなくてもそうする」

「なら、一安心ですね。とりあえず、今日はゆっくり休んでください。明日は……、この状況ですから外出は出来ないと思うので部屋でゆっくり休んで英気を養っておいてください」

「本当今の外は警戒網が敷かれて大変だからな」


 俺たちが指名手配犯になってからは、この街もすっかり変わってしまった。住民が俺たちを見つけようと目を光らせ、警察隊の見回りも増えている。俺たちが外に出る余裕はなく、最近は部屋でクレアと会話することしか出来ない。


「そろそろ、クレアさんがお風呂から上がる頃でしょう。部屋に戻っておいてください」

「あぁ、じゃあな」


 俺は天音と別れて部屋に戻った。決戦は明日だ。明日が命日になるのかもしれない。そう思うと、死の恐怖というのが湧き上がってきて、胸の奥が痛くなってくる。出来れば、このまま時間が止まって、明日が来なければいいのだが、そんなことは起きるはずがない。無情にも明日というのは来るものだし、抗いようのない理である。


「明日か。嫌だな」


 それでも明日は来る。嫌だと言いつつ、俺はそれを受け入れて、寝る準備をした。


*****


 決戦の時が来た。この時が来るまでの時間はあっという間に感じ、その実感というのはまだ湧かない。


 誰も羨む高位の教皇という称号。その称号を与えられた彼に俺は今歯向かおうとしている。教皇の実力というのは未知数だが、手強いというのは確実である。苦戦を強いられるだろうし、この決戦は敗北で終わってしまうのかもしれない。しかし、俺はここで逃げたりなんかはしない。自分の使命のために……。


「何突っ立ってるんですか。早く行きますよ」

「おい、押すなよ。今、決意を固めてたところなんだから」

「何無駄なことを言ってるんですか。大丈夫です。あなたなら、そんな決意をしなくても成し遂げれると信じてますから」

「天音もこの雰囲気に当てられて気がおかしくなってるみたいだね。今やろうとしてることはそんな簡単に成し遂げれるものじゃないからね。普通に命をかけた戦いなわけで快斗にそんなこと言ったら気楽に行っちゃって死んじゃうかもしれないでしょ。快斗には勝ってもらいたいんだから」

「そんな士気下げること言うなよ。俺だってこれがそんな簡単じゃないことなんて分かりきってるんだから。天音だって俺を元気づけるために言ったんだよ。な?」

「え、ええ!そうですとも!私は快斗さんを元気づけるためにあえて!そう言ったんです!」


 俺のフォローに慌てて応える天音はどこからどう見ても嘘をついていた。それは朱音にも伝わったのか、呆れながら肩を落としてため息をついた。


「ですから、朱音も快斗さんの士気を上げるために何か言ってください」

「えー、頑張ってとしか言えないよ」

「そんなんじゃ快斗さんの士気は上がりません!もっと可愛く媚びるみたいな声じゃなきゃ、快斗さんは聞いてもくれませんよ!」

「天音は俺のことをなんだと思ってるんだ。俺は虐げられる方が好きだ」

「二人して気持ち悪いこと言わないで」


 白い目で気持ち悪い発言をした俺たちのことを見る朱音は冷たい声で俺たちを罵倒した。いいのか?俺は虐げられる方が好きなんだぞ。


「じゃあ、こうしよ。勝って無事に僕たちの元に帰ってこれたら、なんでも言うこと聞いてあげる」

「おっしゃー!」

「うるさいうるさい」


 仕方がないと観念してきたのか、提案する朱音にとりあえず俺は叫ぶ。それに耳を抑えながら朱音はまた呆れたような声を出すが、よくよく考えたら、今ヤバいことを言わなかったか?『何でも』?この俺に向かってそんな軽率なこと言っていいのか?


「元気出た?」

「出た出た。めっちゃ頑張るわ」

「それなら、良かった。そろそろ、時間になるだろうから準備してね」


 さて、この戦いが終わって帰ってきたら朱音にどんなお願いをしてやろうか。そのことについてはとりあえず目の前にある仕事を終わらせてからじっくり考えようか。


「初めに教会の中に入って、階段を使って上に行く。そしたら、その突き当たりにある扉が教皇の部屋になってるから」

「教皇を倒す際、私たちが何かサポートすることは出来ません。ですから、快斗さんの実力だけで戦うことになります」

「一人で戦うなんてことはあまりしなかったが、まぁ大丈夫だろう」

「逃げる際は分かりやすいように上に魔法を放ってくれれば、そちらまで行きます」

「じゃあ、今もう放っていいか?」


 すでに逃げたい俺は夜の空に手をかざす。空はいつも通り綺麗で普通であった。


「今回の目的は杖を取ることなので、教皇を殺す必要はありません。取れたら、すぐに帰ってきてください」

「分かった」

「では、そろそろ時間です。快斗さん。まずは命優先で。何の成果も得られなかったとしても無事に帰ってきてください」

「分かってる。じゃあな」

「えぇ、気をつけて」


 上京する娘を送るような心配した表情で俺を見る天音といつも通りな朱音と別れて、俺はようやく決心がついた。


「剣も持って、魔石も持って。準備万端だな」


 いつでも逃げれると思うと気が楽だな。それにこれが終われば、朱音に何でも頼める。楽しみでしかない。


「ふぅ」


 俺は一つ呼吸を吐いて、誰もいない静かな教会に入っていった。そして、以前メラーに教えてもらったハシゴまで行き、そこを登る。順調なほどに教皇に近づけている。決戦まであともう少しだ。

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