第32話 予測できた事態

「重い……!」


 目覚めの悪い朝と言うのは最悪だ。


 俺は何か重いものに潰されているような感覚を感じて目を覚ますと、豪快に俺の体半分に乗っかっているクレアの姿があった。女なんだから、そんな下品な姿勢で寝るなと思う前になんでこっちのベッドまで来たんだ。あと、いつ来た。


「あの時か?ガサガサ音出てたもんな」

「うーん……」

「色々危ないな。これ」


 呻き声をあげながらゴロンと仰向けになったクレアは服がはだけて色々危なかった。俺は布団をかけてその場から離れる。


 こんなの誰かに見られたら、色々突っ込まれるに違いない。俺は、そのまま部屋から出ていった。


「快斗さん、おはようございます。今日は一人で起きれたんですね」

「いっつも一人で起きれてるだろ。それでみんなして集まってどうしたんだ?」

「それがですね」


 この宿で一番広い待合室のような場所で円形のテーブルを囲っていた三人はいつもとは違い、重苦しい雰囲気を纏っていた。


「グオンたちがこの街に到着したと」

「はい。早朝、見回りをしていたら教会の方が騒がしかったので見てみると、指名手配犯の張り紙が貼られてあって」

「快斗と、それとクレアまで。みんな早速血眼になって探し始めてるよ」

「そんな賞金すごいのか?」

「そんなことないって自分でも分かってるでしょ。洗脳だよ、洗脳。賞金は一銭も出ない」


 まぁ、グオンたちが来たのはこれでもよく持った方で少なからずこうなることは予測出来たことだ。それに俺らが狙われているのは金目的じゃないことも理解している。だから、洗脳というのは怖いんだ。


「今って、クレアさんは寝てるんですか?」

「あぁ、ぐっすり」

「じゃあ、ちょうどいいですね。快斗さん、少し話したいことがあります」

「なんだ?」

「昨日、クレアさんにやったあの仲間の証を授ける件あったじゃないですか。それ、仲間の証を授けたっていうのは嘘なんですよ!」

「知ってる」

「うえ!?」


 なんか重大なことを言うのかと思ったら周知の事実であることを言われて、それに反応すると天音は今まで知らなかったんじゃないかと本気で思ってそうな大きな声を出した。


「クレアが起きたらどうするんだよ」

「あ、すいません。知ってたんですね。なら、話が早いです。あれは、洗脳にかからないようする魔法です。その対象者が洗脳状態にある時は失敗して、そのままその人が爆裂四散するんですけど、洗脳が完全に解けていると必ず成功するようになります」

「じゃあ、クレアは何かしらの影響で洗脳がかかってなかったってことか?」

「はい、そういうことになります」

「ということ、失敗したら死ぬってだいぶ賭けに出たな」

「はい。ですから信用できると思っても少し時間を置いて慎重に行ってたんですよ」


 やけに慎重すぎると思ったがそういうことだったのか。


「でも、どうしてクレアは洗脳が解けてたんだ?」

「それが私にも分からないんです。過去にこんなことはなく、初めての事例で。でも、これはチャンスかもしれません。他にも洗脳が解けかかった人がこの世界にいるかもしれませんし、仲間にすれば少しは戦力を補えるかもしれないので」

「そうだな」


 異世界人である俺が来るまでの過去はそういったことが起きていないのだったら、可能性として俺と接触した人間がそうなるということも考えられるが、グオンたちがまだ洗脳にかかっている以上、それは言えないし、時間が関与していると考えにくい。それぞれ、グオンとレイン、クレアとは二人きりの時間があったし、誤差の範疇だ。こういうのは考えるだけ無駄なのかもしれない。


「あと、もう一つ話したいことが」

「なんだ?」

「教皇を倒す時についてなんですが、厳密に言えば教皇を倒すのではなく、教皇が持っている杖を取ってきてほしいのです」

「随分と難易度が下がったな」

「まぁ、そのためにほぼ確実と言っていいほど教皇を倒さないといけないんですがね」

「杖とくっついてるのか?」

「そういうわけじゃないのですが、頑なに離そうとしませんから」


 杖を取るだけだったら聞くだけ簡単そうだが、そういうわけにはいかないらしい。


「その杖は何かあるのか?」

「元々メラーのものなんです」

「へぇ、そうなのか。でも、どうして取られたんだ?」

「取られたというか、元々貸してたんだ。それが長い時間が経って自分のものだと言い張ってきてな。その杖に私の力を込めてるわけで、それがないと私の力というの大幅に減少してしまう」

「結構大事な杖ってことか」

「あぁ。そうだな。それにその杖のせいで教皇はだいぶ強くなっている」


 どうして貸すことになったのかとか疑問に残るが、そんなことはどうだっていい。結局、俺に残されている道は一つしかない。


「おはよー、みんな」

「おはようございます、クレアさん。昨日はよく眠れました?」

「うん、もうぐっすりだよ」

「それならよかったです」

「で、みんなして何話してたの?」


 話終わったタイミングでクレアはゆらゆらと体を揺らしながら、こっちに向かってきた。そのまま、俺の隣に座って、机にぐでーんと突っ伏した。


「眠いのなら、寝てもいいのに」

「朝なんだから起きておかないとね。眠くても」

「一回、顔でも洗ってきたらどうだ?」

「そうしよっかな」


 この場からクレアが離れたところで少し思ったことを三人に聞いてみた。


「なあ、クレアって俺たちが教皇を倒すってこと知らないだろ?バレたらどうするんだ?」

「そう言えば、そうですね。どうしましょう」

「考えてないのかよ」

「えぇ。でも、普通に別行動って言う形をとって距離を置くのがいいんじゃないですか?」

「じゃあ、その時になったらそうしてくれ」

「はい、分かりました」


 その後、顔を洗ってきたクレアにグオンたちがこの街に来たことを告げて警戒するよう呼びかけ、今日一日はこの宿で大人しくすることにした。


「ねえ、快斗」

「どうしたんだ、クレア?」

「今、暇?」

「見て分からないか?だいぶ暇だよ」


 昨日までずっと忙しかった弊害か、部屋で大人しくしている時間を俺は持て余していた。クレアも俺と同じようでベッドの上でただゴロゴロしているだけだった。


「こういう時って何すればいいのか分からない」

「あれはないのか?カードゲーム」

「あれは、レインが持ってるの」

「そうか、残念だ。また、負けかけて命乞いするクレアが見たかったのに」

「それはカード運が悪かっただけだよ。今度は絶対勝てるから」

「負け犬の遠吠えってやつか」

「うー、むかつく。絶対後でやろうね!」

「出来たらな」


 この世界で出来る暇つぶしというのは一つしか知らないわけだが、それも出来ない今、俺たちは何をすればいいというのか。ただ、話しているだけでもいいが、そんな話のネタになるような話題を俺は持っていない。天気の話でもするべきなんだろうか。


 そんな時だった。ドタドタと騒がしい音を立てながら扉にノックもかけず、誰かが入ってきた。


「どうしたんだよ、天音と朱音。そんな慌てて」

「教皇がこちらに向かってきてるみたいです。ですから、ひとまずどこか安全なところに避難しましょう」

「分かった。クレア、荷物を持って急ごう」

「うん!あと、ちゃんと綺麗にしておかないと。いた形跡があれば、まずいでしょ」

「そうだな」


 手短に、それでも綺麗に。俺たちは急いで部屋を片付けてこの宿の裏口から出て行った。


「メラーはどうするんだ?」

「あそこに残るみたい。宿主がいないと怪しむだろうからって」

「そうか。確かにそうかもな」


 今はあいつが無事であることを願うしかないのか。あいつのことだから、何かヘマしそうで怖いんだよな。

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