第30話 ドM
「クレアの指導が終わったということは次はカイトの番になるな」
「お手柔らかにお願いします」
「クレアよりは簡単だから、安心しろ」
「前科がありすぎて安心できないんだよな、その言葉」
メラーの安心しろは安心できないから逆に気が引き締まる。
「快斗に教えるのはカウンター。弱者が強者に打ち勝てる方法の一つであり、それは至って単純だ。重症を負えば負うほどいい。蓄積されたダメージが倍になって相手に直接返っていくからな」
「クレアの時とは違ってだいぶ説明するんだな」
「あれは私にとって覚えやすく、それに感覚で使っていた魔法だからな。でも、これは覚えるのに痛みを伴うからよく覚えている」
「そんな過酷なことするのか?」
「カウンターを覚えるには攻撃を喰らわなくてはいけないからな。当然、一回で覚えられるかは分からない。沼にハマれば何十回とやる必要があるだろうな」
「痛いのは勘弁願いたいな」
「あとは快斗の自覚次第だな。早く終われるように頑張ってくれ」
「そうは言ってもなぁ」
メラーの教え方じゃ時間がかかるのは確定してるんだが、なるべく早く終わらせれるようにしないとな。痛いのは嫌だし。
「この魔法に必要なのは攻撃を恐れない勇気だ」
「俺には持ち合わせてない勇気だな」
「まぁ、無理もないだろうな。もしかしたら、その一撃で命を落としてしまうかもしれないから本能的に避ける。それは分かる。だから、カウンターというのは一種のギャンブルのようなものだ。成功すれば、それなりのダメージを与えられるし、失敗すれば死ぬ」
「ハイリスクハイリターンってことか。それでも、割りに合わないよな」
死ぬかもしれない攻撃をわざわざ喰らってカウンターを発動したとしても倒せないのだったら、リスクにリターンが見合わなすぎる気もするが、それは同レベルの者同士の戦いで言えることだろう。弱者が強者にするとでは雲泥の差がある。
「それって自傷でも相手にダメージって与えれるのか?」
「そうだな」
「じゃあ、やばくなったら自分の腕切るなり、すればいいのか」
「あまりおすすめは出来ないがな」
まぁ、自分で傷を負うなんてことは普通したくないからな。
「じゃあ、早速教えてくれ」
「分かった。とりあえず、魔物を呼ぼう」
そう言って、指笛を吹くメラー。その音に釣られてか、あたりは騒がしくなった。
「今から五分間、この魔物たちの攻撃を受けてもらう」
「絶対死ぬんだが」
「大丈夫だ、安心しろ。私がサポートする」
「また信用できないことを」
十体ほどの魔物の攻撃を五分も耐えれる訳がない。が、ここはメラーを信用してやるしかないのだろう。不味くなったら、『再生』を使ってなんとかするしかない。
「じゃあ、始めるぞ」
『スポットライト』
メラーが魔法を唱えると一斉に魔物の視線がこっちを向いた。その恐怖たるや蛇に睨まれる蛙の如し。それでも、俺は動けなくなった蛙なんかじゃない。俺は一歩を踏み出して魔物に近づいた。
『守護の加護』
もう一度、メラーが魔法を唱える。これはきっと俺にバフを与えたに違いない。サポートするというのはそういうことだったのか。
「じゃあ、始めるから、攻撃の意思表示を魔物たちに示してくれ」
「分かった」
『ファイヤーボール』
そう言われて、俺は一体の魔物に攻撃すると一つ威嚇を挟んだ後、一気に魔物が俺の元に押し寄せてきた。
「ここから五分だが、まずいと思ったら上に魔法を一つ放ってくれ」
「分かった!」
魔物の攻撃の音でよく聞こえなかったが、とりあえず無理なら無理という合図を送れということらしい。
「一分経過。大丈夫か?」
「大丈夫だ!」
……。
「二分経過。大丈夫か?」
「大丈夫……いって!何すんだこの野郎!」
……。
「三分経過。大丈夫か?」
「魔物同士で喧嘩するな!俺に攻撃しろよ!」
……。
「四分経過。大丈夫か?」
「この痛みにも慣れてきたな!」
……。
「五分経過。快斗、もういいぞ」
「あ、もう終わったのか?」
「あぁ、だから、その魔物と戯れるのはやめてくれ」
「案外楽だったな。ほら、これでもちゃんと取れてるぞ。『カウンター』って」
「私のサポートがあったおかげだろうな。全然痛くなかっただろ?」
「あぁ、全く。余裕があったな」
「実践になると私はサポート出来ないから、そんな楽観しない方がいいが、覚えれたのならいい」
「こんな簡単なんだな」
「筋がいいっていうのもあるだろな」
どうやらいつのまにか五分経っていたようで、余裕を持ちながら新たな魔法『カウンター』を手に入れることができた。余裕があったのもメラーのおかげかもしれない。攻撃を喰らってもなんとも感じなかった時の無敵感は本当にすごかった。
「終わったの?」
「あぁ、無事にな」
「側から見れば、カイトがすごいドMに見えたよ?魔物に攻撃されながら何もしてなかったんだもん」
安全のために離れた場所にいたクレアは俺の指導が終わったことを察してこっちにきたが、そんなことを言ってきた。
「あながち間違いじゃないかもしれんな。快斗は実際そういうところがある」
「ねえよ。俺がドMだとかいう誰も得しない嘘を流すな。風評被害で訴えるぞ」
「冗談だから、そこまで本気にしなくてもいいじゃないか」
「あ、冗談だったんだ。本当にカイトがドMなのかと思っちゃった」
「ほら、こういう馬鹿みたいに純粋なやつもいるんだから。そういうのにも配慮してくれよ」
「これを信じてしまうというのはすごいな。怪しい壺も買ってしまうんじゃないか?」
「みんなしてなんでそんなこと言うの。私、貶されてるみたいじゃん」
「いや、貶してなんかなくて、褒めてるぞ。その年齢になっても純粋でいられると言うことはすごいことだからな。なぁ、快斗」
「あぁ、そうだ。いつまでもそういて欲しいもんだ」
「本当に?あたし信じちゃうよ」
メラーの嘘で俺のことをドMだと勘違いした純粋な心を持つクレアは、ずっと変わらずにそのままでいて欲しいもんだ。汚い大人になっちゃいけない。純粋な子どものままであってほしい。
「あ、笑ってる!やっぱり、馬鹿にしてるじゃんか!」
「いや、これは微笑みだ。温かく見守ってるんだよ、クレアのことを」
「そう言ってまた言いくるめようとしてるんでしょ!もう騙されないよ」
「これは本当のことなのに信じてもらえないなんて残念だな」
「あぁ、本当に。素直に受け取れないなんて残念なことだ」
「そう言わないでよ。気が変わっちゃうじゃん」
「残念だよな」
「な」
「もう分かったから今度こそ信じるから」
「チョロいな」
「な」
「あー、もうっ!」
魔法を一つ覚えた帰り道。俺とメラーは二人してクレアのことをいじり倒して、時間を潰した。
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