第29話 魔法の教え方
「あたしも行けば良かったかな」
「あいつらが行きたいって率先して言ってるんだから別に気にするものでもないって」
「でも、冒険が終わった後、冒険者協会に行くのがいつも通りだったからすごく変な気持ちになっちゃう」
ルーティンみたいなものなのかもしれない。それでも俺たちが行かないのには理由がある。
「もしかしたら、グオンたちがこちらまですでに来ている可能性は少なからずある。そんな状態で人が多いところに行ってしまえば、大変なことになるのは明白だ。だから、後のことは天音や朱音に任せておいておこう。素直に私の宿に来ておいた方が身のためだ」
「うん、確かにそうだね。あたしたちは狙われてる立場にあるっていうことをちゃんと理解しないと」
ここを自由に過ごせる時間は後何日か分からない。時間が経てば必ず、俺たちは身を潜めなきゃ行けない時が来るわけだし、わざわざ人が多いところに行くことはもう出来なくなるだろう。
「なんで、カイトって狙われてるの?」
「え?」
「いやだって、司祭がわざわざ命令したでしょ?だからカイトって何か凄く悪いことしたのかなって」
「……まぁ、今は言えんが、そんなところだな」
「じゃあ、あたしたちはもうみんなカイトの共犯者ってことなんだね」
「確かにそうかもな」
「初めてかも、こういう悪い人になるのって。悪いことってしたことないから、すごいワクワクする」
俺が狙われている理由をまだ素直には言えないが、クレアは自分なりに解釈して、自分が悪に染まったのを知ると、悲しむわけではなく、いい笑顔を見せてきた。クレアにとって悪というのはさほど悪いものという認識ではないらしい。俺は一安心する。これで謝れば大丈夫、とか信用ならないことを言い始めたらどうしよかと思ったがそれは杞憂に終わった。
「グオンともう一回会ったらどうするの?」
宿に着くと思い出したかのようにクレアがそう尋ねてきた。
「説得は……無理だろうから、なんかいい感じに気絶させたりするしかないのかもしれんな」
「あたし、そんな都合のいい魔法覚えてないんだけど」
「私が教えてやろうか?快斗に魔法を教えるついでに教えてやろう」
「本当に?いいの?」
「あぁ、任せろ。とっておきのがある」
「そういうときメラーって頼もしいよな、ホント」
「私はいつだって頼りになるぞ」
「道案内はもう任せないから」
「それはたまたま偶然のことだ。今になればきっと大丈夫なはずだ」
言葉の端々から自信の無さが現れてる時点で駄目だろ。
「そうだ。あたしってカイトと二人っきりになってもいいんだよね?」
「あぁ、そうだ」
「今日カイトと一緒の部屋で寝ていい?」
「私は別に構わないが」
「うん、じゃあ、決まりだね」
「おい、俺の意見も聞いてくれよ!」
「駄目駄目。カイトに拒否権はないの」
「二人部屋を用意しておこう」
「お前も勝手に決めるな」
俺の意見を聞かずに取り決めた二人。そんな強行突破は卑怯だ。
「帰ってきました」
「早かったね、二人とも」
「えぇ、たまたま協会が空いていたというのもありますけど」
「後、これは快斗たちが見つけてきたくれた宝の換金結果だよ」
「だいぶ増えたな」
話し込んでいると天音と朱音が帰ってきた。そして、俺たちが見つけたお宝は大金に化けていた。あんな短時間でこんな増えるのだから、これを生業にしようとするのも頷けるな。
「うん、これでこのボロい宿屋から卒業できるね」
「何がボロいだ。この街を出るまではここで生活してもらうぞ」
「ここのベッド硬いからやだー」
「お前一人だけ外で寝てもいいんだぞ」
「メラーの宿って世界一だね」
「そうだろ。それが分ればいいんだ」
メラーと朱音の口論。子どもじみた朱音とチョロいメラーの言い争いというのは側から見れば幼稚だ。
「後、簡単に食事を買っておきました。人数分、袋があるので好きなのを選んでください」
「気が利くな」
「ただ、好みが分からなかったので当たり外れはあると思いますが」
「大丈夫、気にしないで。買ってきてくれただけで感謝だよ」
「そう言ってくれると助かります。では各々部屋に戻って食事にしてください」
「分かった。じゃあ、行こっか。カイト」
「二人で同じ部屋に行かれるんですか?」
「うん、そうだよ。さっき約束したんだ」
「そうなんですか。分かりました。ただ変な気は起こさないでくださいよ、クレアさん」
「分かってるよ。カイトには何もしないって」
それぞれ選んだ袋を持って俺たちは部屋に行くことにした。メラーに案内された二人部屋は元いた一人部屋よりかは広いが、それでも二人部屋というには随分と狭かった。それに、ベッドは一応二つではあるが、くっついている。なんだ、この設計。
「荷物置くと道が塞がるな」
「ベッド一つ置く場所にする?」
「それでもいいが、一人大変なことになるだろ」
「一緒のベッドで寝れば二人で窮屈な思い出来るよ」
「やめてくれよ、その巻き添いは。外にでも置けばいいだろ」
「大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。貴重品だけ部屋に置いておけばいいし、そもそもここに客なんて来ない」
「酷いこと言わないであげてよ」
実際、ここの宿は商売するにしては立地が悪すぎる。だから、宿という体で営業はしているが実質的には俺たちの隠れ家ということなのだろう。
「うーん、美味しい」
「そうだな。天音が選んだだけある」
袋から取り出した料理に舌鼓を打つ。天音が選んだというのはだいぶ安心できるな。これが朱音セレクトに変わると一見は普通の料理が爆弾だったということも起こりうる。
「うわっ、なんだ、これ酸っぱ!」
安心した矢先、苦手である独特な酸っぱさが口の中に広がる。顔を顰めてそれをスッと戻した。
「もったいないよ。あたしが食べてあげるから、ちょうだい。あー」
食いかけを袋に戻そうとする俺を見たクレアは口を開けて待っている。俺はどう頑張ってもこれは処理しきれないからクレアにあげることにした。
「うーん、美味しい!残念だなー、これを美味しく食べれないの」
「仕方がないだろ。好き嫌いはあって当然だ。お前だって嫌いな食べ物の一つや二つあるだろ」
「あたしは特にないかな。食材って命だから嫌いなんて言っちゃ駄目だし」
「それでも、食えないものは食えないんだよな」
食材は命であることに間違いはなく、それを大切に食すのも食物連鎖の上に立つものの役目であることには違いない。それでも食えないものを無理して食うことはできない。
天音が買ってきてくれた夕飯を食べ終えてしばらくすると、不意に扉がノックされた。
「私だ。入ってもいいか?」
「どうぞ」
ノックした人物の正体はメラーだった。
「すまないな」
「ううん、ちょうど暇だったからいいよ。それでどうしたの?」
「魔法を教えようと思ってな。そろそろいい時間帯だし」
「本当か?じゃあ、準備するか」
「理解が早くて助かるな。準備が出来たら、宿の外に来い。そこで待ってる」
「分かった」
と言ったものの準備にさほど時間はかからなかった。外で待っているメラーと出会い、早速昨日のように森の中を歩く。
「昨日はあっちの方に行ったから今回は別の道を通ろう。また、鉢合わせるかもしれんしな」
「そうだな。そうした方がいい」
極力危険は冒したくない。昨日、グオンたちとあった場所は避けるのは正解だろう。
「それで何も聞いてないんだが、何をメラーは俺たちに教えてくれるんだ?」
「もう勿体ぶらないで言っておこう。快斗には『カウンター』を教える。クレアには『峰打ち』を教えようと思う」
「俺たちが聞きたいのは魔法で、護身術じゃないんだぞ」
「それは分かってる。これはちゃんとした魔法だ。よし、ここがいいな。開けていて魔物の気配もある」
「ここで戦うのか?」
「まぁ、実践しなくては習得できないからな。ぶっつけ本番で失敗したなんてことになったら洒落にならん。魔物相手に練習を重ねて慣れなくては」
「そんな難しいのか、魔法を教わるのって」
「自分で魔法を覚えるよりかははるかに難しいな。裁量ややり方を知らないでやることになるわけだし。まぁ、あとは指導者のレベルにもよるだろう」
「お前はどっちの人間なんだ?」
「一回も指導したことはないがまぁ、上手い部類には確実に入るだろうな」
「どっから湧くんだ、その自信は」
なぜそのようなことが言えるのか。盛大な前振りにように聞こえてしょうがない。
「よし、じゃあ早速始めよう」
「どっちからやるんだ?」
「うーん、そうだな。あまり考えてこなかったが、簡単な方と言えば峰打ちだろうから、クレア。先に教えてやろう」
「よろしくお願いします、先生!」
「いい気合いだ。ここにカカシくんを置くから、こいつに向かって魔法を打とう。まず、峰打ちというのはだな……」
かくしてメラーによる魔法教室は始まったわけだが、クレアは少し苦戦しているようだった。
「違う。ここをこうしてこうだ」
「そう言われても分からないよ。どこをどうしてどうすればいいの?ちゃんと分かるように言ってよ」
「そう言われてもな。慣れている私にとってもうこれは感覚の話なんだ」
「あたしたちにとっては何も分からない話なんだよー」
これも予想できていたことだろうな。上手に教えることが出来ると息巻いていたメラーは、その魔法に慣れているせいか、かえって教え方が分からず、その指導について行けるわけもないクレアは不満を垂らした。
「メラー。それってどこを狙った方がいいとかあるんだ?」
「急所。言うなれば、首とかか?」
「力の強さとかは?」
「八割程度だろうか。全力よりも少し力を抜いた感じだ」
「そういうイメージらしいな。その魔法っていうのは」
魔法というのはイメージが大事というのを聞いた。だから、イメージがあれば、魔法とは関係ないような物理技でも魔法として扱うことができる。それに言語化するというのは慣れて感覚だけでやっている人にとっては難しいものだが、教えるにあたって欠かせないものでもある。
「なんか分かった気がする!ありがとう、カイト」
イメージが湧いたのか失ったやる気を取り戻したクレアは、もう一度魔法を試してみた。
『峰打ち!』
ゴフッという鈍い音と共にカカシくんの首が揺れた。
「うわっ、出来たよ!今までに無い好感触だった!」
「本当か?それは良かった」
「カイトのおかげだよ。ありがとう」
「本当だ。私だけだったらきっと無理だっただろうな」
「いいってことよ」
口を揃えて褒めるのはいい気分だが、ここで舞い踊るような甘い性格ではない。
「カイト、ニヤニヤしちゃってる。そんなに褒められたのが嬉しいんだ。可愛い」
「うるさい。褒められるのに慣れてないんだよ」
褒められた嬉しさを噛み締めてニヤニヤしてしまう。俺が褒められて心の中で舞い踊っているのは確かだった。
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