第21話 散策
さて、何をしようか。ただ、このまま引きこもっているわけにはいかないだろう。外に出て何かインスピレーションを刺激させるべきだ。あまり時間がないわけだし、早速行くことにしよう。
「どこか出かけるのか?」
「あぁ、そうだ。家に篭っちゃ死ぬからな」
「死ぬのか?変な病を持ってるもんだな。寝る時はどうしてるんだ?」
「そりゃあ、外で寝てるよ」
「病を持ってると不便だな」
分かりやすい嘘だというのに疑うこともなく、本気になる宿の主を少し心配してしまう。純粋すぎるな、こいつは。
「ところで、私も同行していいか?」
「別に構わないが。面白くないぞ」
「面白くないか、面白いかはあまり重要じゃない。街を案内してやりたいんだ」
「お、それは助かるな」
街をよく知っている奴が案内してくれる安心感ときたら。それに何をするか決まっていなかったが、今日のところは彼女についていくだけで良くなった。
「ところでお前の名前はなんだ?」
「そう言えば言ってなかったな。私の名前はメラーだ」
「俺の名前はジャジャマーリン・レレレだ」
「随分と変わった名前だな」
「まぁ、嘘だからな」
「……」
「よく騙されやすいって言われないか?」
「それはお前が意地悪だからだ」
「それはそうかもな。まぁ、よろしく。俺は快斗だ」
「……本当だろうな?」
「本当だとも」
「……本当か?」
「本当だって!神に誓って本当だから」
「そう言うのなら信じよう」
急に疑い深くなった彼女はその後も俺が嘘を言っているんじゃないかと訝しんだ。そんなに俺の言葉に信用が足らないのか。ほぼ初対面の状態で嘘ついたから信用はあまりないか。
「一つ最初に質問いいか?」
「なんだ?」
「お前も天音や朱音みたいに俺の仲間なのか?」
「あいつらからは何も聞かなかったみたいだな。まぁ、快斗の予想通りだ。私は快斗の味方で教会側の人間を敵視している。天音や朱音と同じ側だ」
「良かった。これでただの本当の知り合いだったら俺殺されるところだった」
「あいつらの交友関係で言えば、私たちのような人間しかいないだろうな。だから、あいつらが紹介するような人間はほとんど警戒しなくていい」
一つの賭けに出てみたわけだが、どうやら成功したようだ。それに彼女は天音たちの交友関係が狭く、紹介された人を警戒する必要はないと言っていた。天音や朱音が他の人からどう見られているのか十分に理解できた。
「ところでここって一体どういう街なんだ?」
宿の外に出て繁華街らしき場所に行く。出店が軒を連ねる中、高価そうな財布や服を取り扱っている店もチラチラ見せてここが異質であることを知らせてくれる。
「教会に寄生していると言えば言い方は悪いが、この世界で繁栄する街の典型例のようなものだ。教会が出来てそこに人々が集まる。人々が集まるとそこに店を構える人々が増えて繁華街を形成する。そこは教会と合わさって観光地となり、宿が出来る。そういった歴史でこの街は形成された。それで、快斗は行きたいところはあるか?レストラン、服屋、本屋。なんでも私が案内してあげよう」
「腹減ったしなんか食いたいな。ここならではの料理とかないか?」
「ここならではの料理か。だったら、レストランよりも屋台の方がいいかもな。あそこだと特徴的な料理が多い」
「じゃあ、早速案内してくれよ」
「あぁ、任せてくれ。こっちだ」
せっかくここまで来たんだし、この土地ならでは料理をいただいておきたい。先頭をズンズンと迷いなく進む彼女についていくと、いつの間にか薄暗い路地裏へと来ていた。
「ここはどこだ……!?」
「こっちが聞きてえよ。なんであんな自信満々に歩いてこんな変なとこに来れるんだよ」
「すまない。私は方向音痴みたいだ」
頼んでる俺がとやかく言える立場ではないことは重々承知しているが、どうしてくれるんだ。このポンコツが。一旦来た場所を戻ろう。
「方向音痴ってお前はこの街に慣れ親しんだ民じゃないのか?」
「慣れ親しんでるつもりだったんだがな。だから、あんな勢いよく先頭を切ったわけだし。まぁ、時間を潰せたと思って切り替えていこう」
「時間を潰したって。俺は無駄な時間歩かされて腹へりに限界が来たぞ。このままじゃ、餓死してしまう」
「わ、分かってる。周りの人に聞いて確実に行くから少し待ってろ」
物腰柔らかく、周りを歩く人に屋台の場所を聞いて回る彼女の背中は少し小さく見える。
「よし、もう大丈夫だ。私についてこい」
「本当だろうな?」
「あぁ、教会の近くにあるって教えてもらったから大丈夫だ」
教会の近くって。教会がどれだけ大きいのか分からないのか?この街の中枢を担う教会はどの建物よりも大きく、周りを散策するだけでも何時間でも潰せるほどだ。それにこいつは根っからの方向音痴であり、相性は最悪だろう。
「じゃあ、早速出発だー!」
意気揚々と教会に向かって出発した彼女の後を心配しながらついていったが、どうやらその心配は杞憂で終わったようだった。いい匂いが充満する場所へとやってきた。そこは大層賑わっていて行き交う人々は屋台の商品を手に持って食べ歩きしたり、珍しい屋台を見ては足を止めたりしていた。
「ようやく着いたな」
「な?私に任せて正解だっただろ」
「一回変なところに行ってよくそんな態度取れるな」
「失敗しても最後に成功すればそれでいいんだ」
「それはそうかもな」
失敗したことに囚われているが、結局こいつは当初の目的を達成させたわけで結果としては成功したと言えるだろう。それに失敗したからと貶すのも良くない。まずは成功したことを褒めるべきだった。
「ここにある料理の大体は特産品を使ったものが多い。味も私が保証する」
「確かによく分からん料理が多いな」
屋台には焼き鳥のようで焼き鳥ではないようなやつとか焼きそばみたいだけど焼きそばじゃないやつといったどれも知ってそうで知らない料理が多かった。
「それ欲しいな」
「分かった。すまない。それを二つもらっていいか?」
「はいよ」
少し吟味した後、俺は焼き鳥に似た何かを指差した。彼女は屋台の店主から串を二本もらい、一緒に食す。
「うん、美味いな。ピリ辛か?」
「ピリ辛?結構辛くないか?ゲホッゲホッ!すまない。私は辛いのが苦手みたいだ」
「そうか。残念だな、美味いのに。……もう一本欲しいな」
「辛いのが平気なのは羨ましい限りだ。すまない。さっきのをもう一本」
俺に変わって屋台の店主に同じ料理を貰って手渡してくれる彼女は、辛いのが苦手らしいがそれでも自分の分は全て食べようと何度か悶絶しながら身ちょびちょび食べていた。そんなに苦手なら俺にくれてもいいのに律儀な奴だ。
「おい、そこのあんたら、金払え。無銭飲食しようとしてんじゃねえよな」
二本目も食べ終わり、満足していると店主が身を乗り出してこちらに話しかけてきた。
「え、お金払うのか?」
「いや、当たり前だろ。これも商売なんだから」
「そうなのか。でも、私は一銭も持ってないぞ」
「マジか。まあ、いい。ここは俺が払うから一つ借りな」
「すまない」
危うく本当に無銭飲食をするところだった。というか、無一文ってどういうことだ。少なからず多少は持ってるだろ、普通。
「次はどこ行こうか?」
「金がかからんところがいいな」
あの後、屋台で料理を満喫した一方で俺の財布はダイエットに成功した。いつかのためにお金は残しておきたいし、今はあまりお金をかけたくない。
「そうだな。じゃあ、教会に行くか。見るだけならタダだしな」
「あぁ、いいな。そうしよう」
この街の顔である教会は見ておいて損はないだろう。それに一週間後にもどうせ行くことになるんだし、構造を今の内に理解しておこう。
「へえー、どっからでも入れるし、警備員とかもいないんだな」
「ここの出入りは自由だからな。そのせいで人が多い時とかは大変なんだが、今日は運良く空いていてよかったな」
「一番のメインスポットだからか、だいぶ綺麗だよな。こっちには入っていいのか?」
「そこは関係者以外立ち入り禁止だ」
「奥には何があるんだ?」
「協議会が開かれる場所と上には教皇の部屋がある。教皇はあまり外に出ることはなく、自室に籠っていることが多いな」
「なるほどな」
だとすると、教皇を倒すとなるとここを通るかあるいは外にある窓から入るしかないのか。一番現実味があるのはここを通るルートだろうな。窓は音が酷くて気づかれてしまいそうだ。
「あとはあそこの扉も入っちゃいけないな。あそこは教会の屋根に通ずる梯子があるんだ」
「だいぶ詳しいな、教会のこと」
「まぁ、ある程度は調べたからな。こういうのは大事だろう?下調べ的な」
「まぁ、ありがたいっちゃありがたいけどな」
「なんで、そんな目で見るんだ」
「いや、やっぱり天音の知り合いにろくなやついねえんだなって」
あの発言からして彼女が俺の味方であることが明白になったが、今までの行動を振り返ると方向音痴の無一文という酷いレッテルが貼られている彼女。天音や朱音もまともじゃないから、類は友を呼ぶということなのだろうか。少なからず、彼女がポンコツであるのには変わりない。
「天音や朱音も確かにまともじゃないが、私は至って普通だろ」
「それを本気で言ってるなら、お前は天音や朱音未満だぞ」
「快斗の方こそ自分はまともだ、みたいな態度を取ってるが全然違うだろ」
「いやいや、お前よりかは幾分マシだろ」
「初対面のやつに嘘をつくやつがまともなわけない」
「それにコロッと引っかかる方も悪いだろ」
「そうやって、自分のことを棚に上げて。それにお前は何も知らなくて教えてもらってる立場なんだから、多少は見逃してもいいだろ」
「それを引き合いに出すのはズルい!」
「今回は私の勝ちだな」
「俺は認めないからな」
無駄な言い争いをしていると人の流れが急に早くなり、次第に教会を通る人の数が増えてきた。
「急にどうしたんだ?」
「教皇が人前に姿を表したようだな。不定期に行う凱旋みたいなものだろう。行ってみるか?」
「あぁ、教皇がどういうやつか気になるし、行ってみるか」
こんな運良く教皇に会えるのには何か裏があると思ってしまうが、篭りっぱなしの教皇に会えるチャンスというのは今しかないだろう。俺も人の波に乗って教皇の顔を拝みに行くことにした。
人の波に揉まれて、教会近くの広場へとやってきた。
「あの老けた顔のやつが教皇か?」
「あぁ、そうだ」
お立ち台の上に堂々と立つ明らかに爺さんな教皇。それでも、その老いた顔から想像できないほど力説している。
「あの教皇って今何歳なんだ?」
「百五十歳は超えているはずだ」
「百五十!?」
「そう驚くほどでもない。この世界の住民は魔力のおかげで長生きするんだ。百五十は世間一般的にはおじいさんに分類されるがそれでもまだ五十年は生きれる」
「すげえな」
「なんだったら、エルフは千年以上生きられるし、猫族は五十年と短命だ」
「そっか。ここってエルフとか擬人化した猫とかいるのか」
「あぁ、そうだな。ここではあまり見ないと思うが、旅すればいつかは出会うだろう」
あまり気にしていなかったが、そういった想像上の生き物もいるというのは流石異世界だと思う。
「それで教皇の話に戻るんだが、あいつは強いのか?それとどんな魔法を使う?」
「教皇は実力で決まる故に教皇は確実に強いだろうな。それと魔法に関してはよく分からないと言っておこう。確か雷魔法のようなものを使っていた記憶があるが、彼は成長しているし、今はもう彼の魔法を見ることは滅多にないからな。他の魔法を覚えているかもしれない」
齢百五十にしてまだ成長するというのか。俺に勝ち目なんかなくないか。
「ただ、弱点というのも存在する。腰に持病があるらしい。今ああして立っているられるのは裏方にヒーラーがいるからだ」
「腰を狙えばいいっていうことか?」
「どうだかな。あとそこは臨機応変にやるしかないと思う」
どうやら腰が弱点だからと言ってそこは狙えばいいという単純な話ではないらしい。それでも、弱点が分かったのはこの上ない収穫だろう。
「それと戦うであろう教皇の部屋はだいぶ広いな。それも私の宿なんかよりもな」
「狭いよりも広い方が動けるしいいと思うんだが」
「魔法というのは、広い方がより効果を発揮しやすい。狭いと接近戦になって魔法を打つ瞬間の隙を狙われるからな。それに、教皇はその部屋の住民で部屋の構造というものを熟知している。不利なのには変わりないだろうな」
「やめるか」
勝率はゼロパーといったところか。この戦いはアリ一匹が人間に勝負を挑むようなものだ。多少の奇跡があったところで勝敗はひっくり返らないだろう。
「そう思う気持ちも分かる。今のままじゃ快斗はハエ同然だ。だから、この一週間で私が魔法を教えてやろう」
「そんな逆転勝利出来る魔法があるっていうのか?」
「もちろんだ。そのために私がいるんだからな」
案内役だけじゃなくて、俺に魔法を教えてくれるとか。下がっていたこいつの株が鰻登りだ。
「もうここにいるのは十分だろう。ここから離れて街を案内してやろう」
「あぁ、そうだな。そうしよう」
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