第18.5話 別れと渦巻く感情、そして命令

「『俺にもやるべき目標が見つかりました。だから、旅に出たいと思います。今までありがとうございました。』って、何これ……」


 あたしは困惑した。朝起きて、カイトのベッドを見るとこの一枚の手紙が置いてあった。その内容とは、突然の別れであった。


「クレア、入っていいか?」


 扉越しにグオンの声が聞こえた。あたしは重い足取りで向かい、グオンを中に入れる。


「すまんな、水が出なくて困ってたんだ」


「そんなことより、これ見て」


「あ?誰からの手紙だ、これ?」


「カイトから。ねえ、ひどくない!?」


「……でも、カイトもやるべきことを見つけたんだろ。だったら、俺たちは関わるべきじゃない。祝福するべきだ」


「そうかもしれないけど。でも……」


「クレアだって別れはこれで最初ってわけじゃないだろ。どっちかと言うと慣れてる方だ。それにいつもは別れても別になんとも思ってなさそうなお前がどうしてそんな顔をする?」


「だ、だって」


 あたしは別れには慣れている。ただ、カイトとの別れには突然の寂しさを覚えた。


「ちょっと一人にさせて」


「分かったよ。俺は顔洗ってくる。長めにな」


「一言余計」


 あたしはグオンの部屋に入った。あっちの部屋はレインもいるし、こっちの方が安全だと思ったからだ。


 この手紙の字、確かにカイトが書いたもので偽造されているわけでもない。だったら、あたしはそれを受け入れて心の中で祝うべきだ。ただ、ぽっかりと空いた穴は納得してもがらない。


「どうしちゃったんだろ、あたし」


 グオンの言う通り、あたしは別れを寂しいものだと思っていなかった。別れは成長の証。助けていたものが成長して独り立ちする証で喜ぶべきものだと思っていた。


 ただ、今は違う。なんとも言い表せないような感情が胸を締め付けて、別れを受け入れてくれなかった。


「ダメ、ダメ。カイトは成長したんだ。喜ぶべきだよ」


 自分に嘘をついて誤魔化ごまかす。ただ、それでもあたしは我慢することができずに頬に水がしたたるのを感じた。


「なんで、なんで!早すぎるよ、カイト。もう一回一緒にアイス食べに行こうって言ってたのに!うぅ、もう!」


 涙をこらえることはできず、ベッドに顔を突っ伏しながら、愚痴ぐちを漏らした。


「バカバカバカバカ!」


 ひとしきりに思いを吐くと随分と楽になった。それでも、カイトに対する思いは消えなかった。


「ようやく来たか、クレア」


「うん」


「それでどうする?もうカイトはいなくなったし」


「今日は何にもしたくない」


「そうか」


「次はグオンのターンなのです」


 長い時間いても怪しまれるから戻ってきたが、まだいても良かったかもしれない。


 グオンと寝起きのレインはカードゲームをしている。このカードゲームをカイトとやったことを思い出した。今はここにいないカイトのことを考えて寂しくなってあたしはベッドに潜った。


 レインの喜ぶ声が何度か聞こえた後、廊下がだんだんと騒がしくなってきた。そして、あたしたちの部屋の扉がノックされる。


「グオン出てー」


「分かってる」


 ベッドに横になりながら、聞き耳を立てる。


「おい、お前ら、宿の前で司祭がお待ちだ。早急に行くように」


「なんだって?俺たちが司祭に?おい、クレア。なんか悪いことしたのか?」


「してないよ!とりあえず、行かなきゃ」


 本当は何もする気が起きないけど、教会が関わってるとなると話は別。あたしたちは急いで身だしなみを整えて宿の入り口にやってきた。


「うむ、早いな。忠誠心はあるようじゃ」


「「は、はい!」」


「ところでお主ら、この人物を知らぬか?」


「カイトだな。これ」


「うん、カイトだね」


 司祭が見せてくれた写真にはバッチリとカイトが映っていた。変な表情をしている。でも、なんで司祭がカイトの写真を?


「こやつはカイトと言うのか?今、どこにいるか分かるか?」


「いえ、つい昨日に手紙を残していなくなってしまいました」


「その手紙は?」


「これです」


「待っておれ」


痕跡こんせき


 司祭が魔法を唱えると、赤い動線のようなものが地面について続いていた。


「これは、カイトがどこに行ったのかを大まかに教えてくれる魔法じゃ。そして、今からお主らにはカイトを捜索するのを手伝ってほしい」


 カイトの捜索。目的がどうあれ、もう一度カイトに会えるということなのか。それだったら、是非とも参加したい。


「そして、カイトを見つけ次第、殺せ。これは命令だ」

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