第18話 決意と別れ

「ん、はぁ」


 あくびをしながら腕を伸ばし、目を覚ます。窓には月明かりが差している。変な時間に寝てしまったから変な時間に起きてしまった。


 今日は珍しくレインも腕をつかんでいなかった。どうしよう、することがない。とりあえず、散歩でもしておくか。


 最近は暇になることがなかったせいか、どうやって時間を潰すのか分からなくなってきた。それもこれも全部クレアたちのおかげなのだろう。


「ふぅ、流石に夜は冷えるな」


 ひとまず外に出てみると、街は昼の騒がしさが消えて閑散としていた。見たことのないもう一つの顔に寂しさを感じる。


「どうすればいいって言うんだ」


 俺は少し歩いたところに人に見つかりそうのない路地裏のスペースを見つけ、そこで今日撮った写真を改めて確認した。何かの気のせいであってほしかった。そっくりさんであってほしかった。しかし、現実というのは残酷でそれは紛れもなく、司祭であった。顔立ち、服装。そして、聖職者であることを表すペンダント。確実にこいつは司祭だ。


「わっ!」


「ぎゃーーーー!!!」


「そんな驚かなくてもいいのになー。カメラ落としちゃったね」


「朱音、快斗さんで遊ばないでください」


 写真を見ることに集中していると、後ろから急に驚かされる。そして、俺はこの写真は見られるとまずいと思い、反射的に床に投げた。


 俺の正面にやってきてカメラを拾った彼女は、カメラの光で表情がよく分かった。満足そうな顔をしている。


「朱音と天音!」


 それはずっと姿をくらませていた天音と朱音の二人だった。


「はろー。元気みたいだね」


「あぁ。おかげさまでな」


「感動の再会だって言うのに、なんかあんまり驚いてないね」


「さっき思う存分驚いたし、それにお前ら見てただろ。俺のこと」


「何のこと?」


 朱音はとぼけているが、俺には分かる。朱音たちとは別れたが、決してあいつらは遠くに行ったわけじゃない。俺たちを見守っていただけだ。そして、二度も助けられた。


「洞窟の時と、今朝。あれは天音が倒したんだろ?」


「な、何のことですか?」


「やっぱり」


「否定してるじゃないですか!何ですか?やっぱりって」


「だって目が泳ぎまくりだし、天音は嘘つくの下手だからな。分かりやすい」


 あれは俺が倒したものなんかじゃない。天音の仕業だ。そもそも、光の柱を立てるほどの魔法を俺は扱えないし、倒したという感覚もなかった。ただ、天音だったらそれが可能だ。一回魔法を見たことがあり、それは上等級や特等級を倒した時の魔法に似ている。


「なんで見守ってたんだ?別に離れなくても良かっただろ。俺たちを守るんだったら」


「私の魔法は威力が高すぎますし、疼く左腕のせいで一般人にまで被害が加わってしまう可能性があります。うっ!うずく!左腕が!」


「……そんな話はどうでもいい。話を変えて、この写真の話をしないか?」


「わー、私の左手と右手が疼いちゃいますー」


 関わってはいけなそうな雰囲気をかもし出す天音に俺は朱音に視線で助けを求めるが、その前に天音は俺の肩を両手で交互に殴り始める。お前がそんなこと言うからだろ。


「僕たちに聞いてもいいの?」


「あぁ、お前らは信用できるし。何か知らないか?」


 こいつらには秘密を共有している中だ。別に構わない。


「まぁ、君になら話していいかな。ちょっと隣座るね。うんしょっと。君たちが今日経験したクリーチャー・パーティーっていうのは、決められていた侵攻になる。教会側で用意した魔物が攻めてくるもの」


「一体何のために?」


「教会の実績のためだね。あの量の魔物が攻めてくると当然、負傷者が出る。負傷者を教会で治療すると教会のおかげって認識される。それで信頼度を上げているというわけ」


「なんかめちゃくちゃな話だな」


「そうでしょ?でも、それが事実。治療してもらったら教会があったおかげ。助かったら教会のおかげ。なんら不思議とは思わない。だって、そう認識されるように洗脳されているから」


「洗脳か。どこまでも教会のいいなりってわけか」


「そうだね。もう教会の支配は知らず知らずのうちにみんなの心に入ってきてる」


 気が付かないうちにそう認識させられる洗脳というのは厄介だ、と常々思う。教会側は一般人をいいなりにさせて地位を安定させたいのだろうが、そんなものは結局嘘偽りのものにしか過ぎない。


「その現状を壊すため君が必要なんだ。洗脳にかからない君みたいな人が」


 助けを求める声、表情。朱音は救世主が来たとでも勘違いしてるのだろうか。ただ、残念なことに俺は弱い。一人で何かを成すことは出来ない。


「天音ぐらいの力があるとやれないのか?」


「私たちは人を殺すことが出来ません」


「だからって俺にやらせるのか?言っておくけど、人を殺してないからって言っても共犯者の時点で罪は軽くならんからな」


「罪を犯す覚悟はあります」


 天音の目が真剣な眼差しへと変わった。口だけの覚悟なんぞ聞きたくはないのだが、こいつは本気だ。


「……分かった、やるよ。んで、何をすればいいんだ?」


「話が早くて助かるよ。君には世界を救ってほしい。人が支配されて出来た偽りの安寧を壊してほしいんだ」


「俺はここに長くいたわけじゃないから構わないが、それでいいのか?もし、支配を壊してその安寧が崩れて、平和な世界じゃなくなったとしても」


「それでいいんだよ。万人が受け入れてくれる意見なんてあるわけがないし、僕ははなから世界が平和になるなんてことは望んでいない。人は別々の考えを持つ。だから、衝突はあってもいいし、それがいろんな人を巻き込む大きな衝突に変わったとしてもいい。人というのはそういうもの。平和を訴えるのは時間の無駄だ」


 顔をうつむかせて、目を細めて話す朱音。俺はその内容にドキッとした。時に平和を語る輩はいる。戦争という大きな事柄からいじめという戦争に比べたら小さな問題。ただ、それが人というものだ。人は対立する。争いがなくなる日なんて来ない。平和が訪れる日は来ない。


「極論かもしれない。でも、争いが起きない方が異常だよ。世界平和というのはすごく良いように聞こえるけど、それは平和なんかじゃなくて人を殺すみたいなもの」


「確かにそうかもしれんな」


「分かってくれた?じゃあ……」


「ただ、平和を願うっていうことに意味があるのを覚えておけ」


 平和は実現しない。だから、争っても良い?そんなことはない。平和を願うことに意味がある。じゃなきゃ、今頃俺の故郷は荒地になっていることだろう。


「それで支配を壊すって何すれば良いんだ?」


「それはね、根本を壊せば良いんだよ。教皇を倒す。それだけ」


「それだけって、お前……。教皇ってどうせ強いんだろ?無理に決まってる」


「そりゃあ、聖職者の階級は完全に実力主義で決まるけど、結局は老いぼれ。流石に衰えてはきてるよ」


 教皇。それ即ち国を統治する者。弱いはずがない。老いぼれと言っても、俺よりは強いはずだ。


「それに吉報なんだけど、教皇は国ごとにいて、九人しかいない」


「それは悲報だ。九人って多過ぎんだろ」


 俺は九回の山場を越えなきゃいけないということか。


「いやー、これから長い旅が始まるね」


「まだ同意してない」


「でも、もう決めてるんでしょ。行くか、行かないか」


 朱音は全てお見通しというわけか。俺には断る理由がいくらでもある。強い相手と戦いたくない。旅なんてしたくない。ここにいたい。ただ、今目標がない俺にとっては好都合な話だった。確かに断る理由はある。でも、それ以上に目標が出来たことに生きる意味を見出せた今、俺は本能で動いた。


「あぁ。お前が想像している通りだ」


「よし、じゃあ仲間たちにお別れしよっか」


「用意周到だな」


「まぁ、拒否しても君を引きずって連れてこうとしてたし」


 さらっと怖いことを言う朱音は紙とペンを俺に渡してきた。これに別れの言葉を書けと言うことだろう。これをクレアたちが手にした時のことを考えながら書く。


「こんなもんでいいだろ」


「お、書けた?じゃあ、これは僕が置いてくるよ。ちょっと待っててね」


 俺の手紙にサラッと目を通して朱音は宿の方へと向かっていった。


「あの、快斗さん。なんて書いたんですか?」

「別に期待するほど変なもんじゃないぞ。ただ、『突然のことで申し訳ないんだけど』」

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