第15話 重たく感じた一歩

「今日の散歩ルートは、『店の場所を覚えよう!ルート』だよ」


「安直だー」


「はい、そこ。黙って」


「ん!」


「この街の中心部は大体協会があるところだね。そこら辺にはいろんな店、宿があって、一般人が住んでいるような家はあまりない。そういう家に見えても大体は宿だね。で、中心部から離れると一般人の住む家が見える。そこでは農業をやってるところもあれば、家畜を育ててるところもあるね。だいたいここの街の作りはそうなってるかな」


「…………」


「カイト、もう黙らなくていいから」


「協会が中心部になるんだな」


 クレアの許しが出たことで俺は思ったことを口にした。


「そうだね。街の治安は冒険者のレベルと周囲の魔物のレベルによって決まるから、そこが発展すれば自然と質の底上げが出来るしね。それにクリチャー・パーティーが行われる時の主な襲撃地って冒険者協会なんだよ。そこが受け皿にならないと一般市民にまで危害が加わる可能性があるから一番に強化しないといけない」


 災害があるからそれに対応した街にしているというわけだ。結構合理的に考えてあるんだな。


「ここまでが中心部かな。あとは家の方が多いかも」


「だいぶ歩いたな。冒険者協会があんな遠くに見える」


「そうだね。あ!もうちょっと行ったところにさ、美味しいアイス売ってる場所あるんだ。ちょっと寄ってこうよ!」


「お、いいな。それ。行こうぜ!」


 暑い日差しで少し体が火照ほてっている。その体に冷たいアイスは格別だろう。


「結構入り組んでんな、ここ」


「そうだね。個人業者だから仕方ないんだけど。でも、ここは牧場に近いから、新鮮な牛乳を使ってるんだよ!本当に濃厚なんだから!」


「そりゃあ、楽しみになってくるな」


 クレアが絶賛する濃厚アイスを求めて入り組んだ路地を歩き続ける。そして、ようやく、店に到着したのだった。


「ごめんくださーい!アイス二つお願いします!」


「はいよ」


 店番をしていた頑固そうなおじいちゃんはせっせとアイスを容器に入れ始める。王道のバニラアイス。フレーバーはそれだけであり、こだわりを感じた。


「美味え!」


「でしょ!ここのアイスは本当に美味しんだよね。牧場に近いところだから食べれる味!」


「本当だよ。道のりは長かったがまた来たいとこだな」


「そうだね。また来ようよ!次はみんなで!」


「あぁ、そうしよう」


 少し贅沢な時間をクレアと共に過ごす。昨日までの二日間は目まぐるしかった。あれも異世界の過ごし方だろうが、こうのんびりした時間があってもいいと思う。


 ここだけを切り取れば、学校帰りの青春の一ページになるんだろうな、とふと思う。それにこのなごやかさはここが異世界であることを忘れさせてしまうほどだ。クレアと元の世界にいたらどうなっていたんだろう。そんな妄想なんかをしたりしつつアイスを味わった


 ゆったりと時間が過ぎるのを感じていたそんな時だった。街にサイレンが鳴り響いた。その音はあのドラゴンの雄叫おたけびにも匹敵するような騒がしい音で、俺は反射的に耳を塞いだ。


「な、なんだ!?」


「まずいよ、カイト!早く戻ろう!」


「だから、なんなんだよ、これ!」


「クリーチャー・パーティーだよ!」


 クリーチャー・パーティー!?きざしはあると言ったもののまさかこんな最悪な場面で始まっちゃうのか?


「ほら、早く走って!冒険者協会の方に行かないと!」


「うっぷ。さっきのアイスが戻ってくる!」


「そんなのどうでもいいよ!いや、よくないけど!」


「最強の俺を倒すためにこのタイミングを見計らってやってきたな。うっ」


「変な戯言たわごと言って倒れないで!」


 アイスをき流した後に走るのは辛い。逆流してくる甘いものに俺は止まらざるを得なかった。


「俺を置いて先に行ってくれ」


「や、やだよ!こんな死にかけの人置いてけないよ」


「死にかけゆうな」


「ほら、立って。歩いていこ」


「すまんな」


 こんなところで吐かれでもしたらまずいのはクレアも分かっているらしい。俺の歩幅に合わせてクレアもゆっくり歩いてくれた。


「ところでクリーチャー・パーティーって結局何か分かってないんだよな」


「うん、そうだね。来る理由もなんで強い魔物が来るのかも分かってない。でも、よく噂されてるのは昔、この地にやってきた最悪の厄災、異世界人が最期に残した遺物だとは言われてるね」


「…………」


 俺はその話を聞いて黙り込んでしまった。

 この三日間。俺は不便なく暮らせていた。しかし、クレアたちと俺では見えない障壁があり、一生分かりあうことはできない。


「……異世界人ってそこまで悪なのか?」


「悪に決まってるよ!教会が失脚するように仕向けて、何人もの無関係な市民を殺したんだよ?異世界人はこの世界の唯一の汚点だよ」


 俺とクレアの馴れ合いは嘘偽りだらけだ。俺が異世界人である事を伝えれば、クレアは俺を軽蔑した眼差しで見るだろうし、また冒険なんてしてくれない。人種差別であろうが、それが強く根付いている世界でそれは非難されるものではなく、かえって称賛されるものへと変貌へんぼうする。俺はズキズキする胸を抑えて、クレアの隣に立った。


「そろそろ、見えてきたな」


「そうだね」


 この平和で温厚な関係が長く続くことを願い、俺は一歩を踏み出した。

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