第10話 ドラゴン退治


 片付けを終えて、クレアに着いていくと森の中に不自然に盛り上がった地形があった。どうやらここが洞窟どうくつの入り口らしい。


「ここの入り口狭いから気をつけてね。少し腰を低くした方がいいかも」


「洞窟の入り口ってこんな狭いんだな」


「まぁ、ここがレアケースなだけだよ。普通はもっと大きいんだけどね」


 体勢を低くしつつ、進み続けるとだんだんと天井も高くなり、開けた場所に行き着いた。


「ここが、この洞窟唯一の休憩スポットだよ。この扉を開けば、洞窟が広がってるからね」


「結構整備されてるんだな」


「結構ここは初心者が使う洞窟でもあるからね」


 狭い入り口からは想像できないほどここは整備されていた。明るいし、扉もあり、俺が想像していた洞窟とは全く違う。


「じゃあ、入るよ。レインとグオンが先頭ね」


「あぁ、任せろ」


「分かったのです」


 盾役のグオンと周りを照らす要員のレインが先頭を切り、俺たちはようやく洞窟に入った。


 最初から道が左右に分かれている洞窟の中は明かりがなきゃ周りが見えないほど暗く、そして大人四人分ぐらいの高さと三人が寝そべれるほどの幅がある。入り口からは想像できないほどに中は広い。


「今回の任務は洞窟を攻略しつつ、中等級が常駐している場所まで行って倒すこと。上等級を倒したあたしたちなら行けるよ!」


「洞窟がどうなっているか分かる良い機会だし、この任務選んで正解だったな」


 クレアと喋りながら進むと急にグオンが足を止めた。


「どうしたんだ?」


「魔物がいる。気をつけろ」


「あぁ、分かった」


 そう言って臨戦態勢に入ると暗闇の中から魔物が俺目掛けて飛びかかってきた。


『トレード!』


『ライトニングブレス!』


 タイミングよく俺は魔法を連続で使い、魔法を盗りながら確実に仕留めた。


「ふむ、『探知』か。便利そうな魔法が手に入ったな」


 カードを見ると魔法の欄に新たに『探知』が追加されていた。この調子でいろいろ魔法を増やしたいもんだ。


「洞窟に宝箱ってないのか?」


「宝箱?あるにはあるけど、取れるのはそこに初めて行った人だよ。それにここは初心者用の場所だから、ここにはないかな。宝箱が欲しいんだったら自分で洞窟探さなきゃいけない」


「あー、そういう系か。でも、もうほとんど取り尽くされてるだろ?」


「どうなんだろうね。地下深くのっていう場所はまだ未開拓地域が多いし、ワンチャンあるんじゃない?」


「なんだ深淵って。めっちゃかっこいい名前来たな」


「深淵っていうのはね、上等級とか特等級の魔物しかいない地下深くに存在する場所全体のことを指す名前だよ」


 深淵という男心くすぐらせる名前の正体は俺が一生かけても縁がなさそうな場所のようだった。上等級以上しかいなかったら、そりゃあ探索は難航しそうだ。


「そういえば、洞窟にいる魔物たちってどっから湧いてくるんだ?」


「洞窟の中からのやつもいるし、外から入ってくるやつもいるよ。洞窟の中から生まれてくるのは弱いやつしかいないけど、困るのは外から来たやつ。洞窟を住処にして繁殖して、縄張りを増やすために上等級以上に進化するから、危険なんだよね」


「今回の任務もそういうのと関係あるのか?」


「うーん、どうだろう?元々ここって発見されて以来中等級以上のやつを見かけたことがない初心者にとっていい洞窟だったから、急に進化したとかはないんじゃないかな?」


 洞窟探検というのはある程度知識がある冒険者がいるとだいぶ楽に進める。道中でここの洞窟について教えてもらい、敵に出会ったら『トレード』で魔法を獲得しつつ、前に進んで行った。


「よし、次を左に行けば大広間に到着する。そこに中等級の魔物がいるはずだ」


 先頭でずっと歩いていたグオンはあかりが漏れている左の道の手前で止まり、警戒していた。


「誰もいないようだぞ」


「誰もいない?そんなことあるか?」


「上に穴が空いてる。ここから光が漏れてたみたいだね」


 大広間にいるはずの魔物の姿はなく、ただ食い終わった果物なんかが散らかっているだけだった。それに大広間には地上まで繋がる大きな穴がある。


「えっと、任務完了ってことで良いのか?」


「いや、何かおかしいのです」


「おかしい?」


「ちょっと待つのです。……これはクマの骨なのです。それもこの大きさから考えると中等級のなのです」


 中等級?どういうことだ。もうすでに倒された後と言うことに違いはないだろうが、じゃあ誰が倒したんだ?申告漏れでまだ残っていたというわけでもない。だったら、これは……。


「おい、レイン!上だ!」


 思考をめぐらせていると急に洞窟が暗くなる。これと同じようなことを俺は経験した。そう、俺がこの世界で初めて目覚めてこの街へと向かう時、それは太陽を隠すほど大きく、その姿は圧巻であった。


『ゴォーーーーン!!!!』


 咆哮ほうこうを上げ、それはゆっくり地へと足をつけた。反応の遅れたレインを抱きかかえてクレアたちの元へと戻ると、もう一度それは咆哮を上げる。


「ド、ドラゴン!?なんでこんなところに」


「多分、あの地上まで繋がってる穴から入ってきたんだろ。それで本来いたはずの中等級のやつを倒してここを住処すみかにしたんだ」


「厄介なことになったね。一先ず逃げよう!これは分が悪いよ」


 俺たちはその巨大なドラゴンを見て勝てない相手だと分かり、急いで出口の方へ向かう。しかし、もともと出口だった場所は大きな岩で道がふさがれてしまっていた。


「ちょ、どういうこと!?」


「さっきの咆哮が原因なのか?とりあえず、逃げる算段を見つけないと」


「おい、攻撃が来るぞ!逃げろ!」


 この岩をどうにかして動かせないか四苦八苦しているとドラゴンが俺たちに脇目も振らずに攻撃準備へと入っていた。俺たちはバラバラに分かれて攻撃を回避する。


「まずいな、これ。こんな明らかに上級レベルのボスに真っ向から勝負を挑むなんてことは出来ないし、それに今の俺は魔法が増えたからと言って有効打があるわけでもない」


 カードの魔法欄を開く。そこには今回の洞窟探索で得た魔法が書かれている。『俊敏』、『暗視』、『予測回避』、『粘糸』、『ファイヤボール』。補助系の魔法は便利であるが、今どうこうできるものではないし、攻撃魔法もあの紅の翼をして、赤いうろこのドラゴンに効くとは思えない。


「さて、どうすっかな」


 ドラゴンが一方的に攻撃して、俺たちは逃げることしかできない。次から次へとランダムに降ってくる火球は近づくだけで暑いほど高温で、だんだんとここ全体が暑くなっていくのを感じた。


 気がつけば、俺たちは一ヶ所に固まっていた。いや、ここに集められたという方が正しいだろう。他の地面は炎の渦に巻き込まれて、ここしか安置はない。あのドラゴン、策士だ。


「グ、グオン。どうしよ!?どうしたら良い?」


「落ち着け、レイン。何か策はあるはずだ」


「でも、このままじゃ、みんな……」


 クレアの言いたいことは分かる。ただ、ここで諦めたら本当に俺たちは帰らぬ人となる。だったら、最後まで抵抗するべきだ。


「なんか炎に耐性つく魔法ないか?」


「レインが持ってるのです。でも、数秒しか持たないのです」


「あぁ、それくらいあれば、十分だ。俺が突撃する瞬間にかけてくれ」


「で、でも、危険なのです」


 危険なのは承知の上だ。ただ、ここで何もしないまま終わりたくはない。最後まで抗うのが俺のやり方だ。


「待って。あたしも行く。カイトばっかに負担かけさせたくないから」


「分かった。二人で行くぞ!」


 俺とクレアはグオンの後ろから飛び出した。炎の上を走り近づく俺たちにドラゴンは咆哮をあげて威嚇するが、俺たちは止まることなく、ドラゴンに近づく。


『ゴォーーーーン!!!!』


 見兼ねたドラゴンは俺とクレアに向かって炎の球を何個も飛ばしてくる。


『予測回避』


 球の軌道が見える。それに合わせて回避した。クレアも無事に避けれたようだった。しかし、そろそろレインがかけてくれた魔法が解ける。ここで決めなくてはいけない。


「クレア行くぞ!」


「うん!」


『シャイニングブレスッ!』


『ウォーターボムッ!』


 二人で同時に出した魔法はドラゴンにヒット。その瞬間、天から光が差したような淡い黄色の光の柱がゴーーッとガスバーナーのような騒がしい音を出しながらドラゴンを包み隠すように現れた。


 何が起きたのか分からないが、その光の柱が消えると同時にドラゴンはぐったりしてジッと動かなくなっていた。ドラゴンを倒したようだったが、その実感が俺には湧かなかった。そもそも、あの光の柱を出せるほど俺は強くないし、クレアだって水の魔法だったからあんないかにも光とか聖魔法ですよ、みたいなものは出ないはずだ。だったら、誰が?


「カイトー!やったよー!」


「うおっ!急に抱きつくな」


「上級者十人いても倒すのが難しいって言われてるあのドラゴン倒しちゃったんだよ!?これはもう、凄いことなんだよ!興奮するのも無理はないよ!」


「あー、あー。分かったから揺らすな」


 ドラゴンを倒したことは確かに名誉であることは分かる。ただ、そこまで俺はちゃんと喜べなかった。確実にこの四人ではない誰かが倒した。その事実に疑問に思い、答えが見つからずモヤモヤしてしまう。


 それでも今はこのドラゴンを倒した喜びを分かち合うべきだろう。

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