第8話 買い物

「うおーい!?何しちゃってんの!?」


 早朝、クレアの騒がしい声で起こされた。まだ髪がボサボサの状態のクレアは俺のベッドの前で片足を上げながらヒョエーと驚いている。


「なんだよ。朝っぱらからうるさいな」


「いや、こっちが逆に聞きたいよ!なんで、二人で一緒に寝てるの!」


「え?うわ、ほんとだ」


 クレアの言葉に俺は横を見ると確かにレインが俺の腕を抱きしめて、サイレンのようなクレアの声にも動じず、ぐっすりと眠っていた。そういえば、昨日の夜に来てたな、こいつ。


「おい、起きろ。朝だぞ」


「……まだ、夜なのです」


「じゃないと延々にツンツンするぞ」


「ツンツンは嫌なのです。でも、眠いのです」


 ようやく起き上がったレインは俺の腕にしがみついて眠い目を擦っていた。


「なんで一緒に寝てるの」


「いや、俺も知らん。気づいたらいた」


「カイトの腕すごく寝やすいのです」


「えー?……ずるいなー。今日あたしも一緒に寝ていい?」


 なんで、そうなるんだ。


「絶対ダメだからな」


「うわっ!カイトに拒絶きょぜつされた!うっうぅ。悲しいよ……」


「嘘泣きするな。それに一人用のベッドなんだし、窮屈きゅうくつすぎて寝れなくなるだろ」


「バレちゃったかー。ほら、レインも起きてご飯食べに行くから」


 分かりやすい嘘泣きに正論で一蹴する。それでようやく諦めたクレアは未だ俺の腕にしがみついている夢見心地のレインにご飯で釣ると見事に引っかかり、ピクッと反応した。


「ご飯食べに行くのです」


「あー、その前に髪かすぐらいした方がいいぞ」


「あ、忘れてた。ありがと」


 この宿は素泊まりだけで食はつかない。となると、当然外で食べに行くわけだが、外に行く前に身だしなみは整えておいた方が良さそうだ。


「あ、グオン。待たせちゃった?」


「いや、大丈夫だ。それにしても今朝は騒がしかったな。クレアのツッコミがドライヤーの音をものともせずに聞こえてくるくらい騒がしかった」


「まぁ、あたしも渾身こんしんのツッコミだったからね。自信はあるよ。それよりもご飯を食べに行こ!みんなもお腹空いてるだろうし」


 だいぶクレアのツッコミが宿全体に響いたみたいだな。


 朝から屋台は盛り上がりを見せている。というよりかは、ここら辺は朝昼晩問わずレストランよりも屋台の方が繁盛はんじょうしているみたいだった。確かに、冒険者業というのは忙しい。レストランで優雅に食事するよりも立ち食いする方が効率がいいのから必然的に屋台の方が多いのだろう。


「朝は軽めのものがいいよね。あ、カイトは成長期だから、いっぱい買っておく?」


「俺はまだあまり腹減ってないからいいよ。それに今日は服とか武器買いに行くんだろ。そんな満腹の状態で歩いたら、俺が死ぬ」


「今日は武器を買いに行くのか?」


「あ、そっか。グオンには言ってなかったね。カイトの着替えとかないし、武器もないから、今のうちに買っておきたいなって。上等級を倒したお金もあるから今のうちに買っておこうかなって思って」


 クレアは昨日いなかったグオンに説明する。そして、グオンはその鋭い目を光らせジッと俺を見つめる。その目はいかにも「着替えも持ってねえのかよ」みたいな不潔な人を見る目のようであった。


「カイト」


「な、なんだ?」


 寄ってくるグオンに俺は少しビビる。何か「汚え」とか俺が言い返せないような暴言を吐かれるような気がした。


「俺が使おうとして入らなかった鎧がある。一回も使っていない新品だし、それに高級品で作られているから軽く俊敏性にも富んでいる。買うよりだったら安くつくし、一回着てみないか?」


「お?まじか。試す価値はありそうだな」


「まぁ、まずは普段着を買ってからにしよう」


 予想に反してグオンは優しく俺に提案した。高級品の装備……。一体どういうものなのだろうか。中世の騎士がつけるようないかつい鎧なのか。想像するだけでワクワクする。


「はい、服屋に着いたよ」


「おー、思ってたよりオシャレだな」


 商店街にあるようなケースにぎゅうぎゅうの詰まっている服屋を想像していたが、この服屋は最近出来たらしく、都会に出ても恥ずかしくない見た目をしている。


「いらっしゃいませ。わぁ、久しぶりですね。今日はどういった用件ですか?」


「今日はこの人の普段着とか寝巻きを頼みたいの」


「はい、分かりました!では、こちらに来てください」


「え?個室?」


 クレアと仲良さげに会話していた店員は俺の手を掴んで別の部屋へと案内した。


「何するんですか、ここで」


「何って服を作るんですよ」


 じゃあ、あの店に飾られている服はなんだ。あれは商品じゃないのか?


「じゃあ、とりあえず体の大きさ測っていきますね。そこに立ってください」


 壁にピッタリとくっついて動かないように気をつけると店員は俺の体をマジマジと見つめ始めた。頭、胸、腹、足。全体をくまなく見た後、次に紙を取り出して何かしているようだった。


 これはあれか?グオンもやってたやつか?クマの大きさの情報を伝えるために魔力を使って大体の大きさを把握して、魔力で紙に情報を写す、みたいなやつ。


「はい、オッケーでーす。では、夕方頃には出来上がると思うのでそれまで待っててくださいね」


「うん、分かったよ。いつもありがとうね」


「いえいえ、こちらこそご贔屓ひいきにしてもらって。いつでもお待ちしてます!」


 店員とは別れて、少し進んだ先の店に寄った。


「武器屋か、ここ」


「そうだよ。あたしとレインの杖、グオンの盾もここで作ってもらったの。ごめんくださーい」


「誰だ誰だ?俺様を呼んでんのは?」


「あたしだよ!クレアだよ!」


「あぁ、あんたか今日はどうしたんだ?」


 ぐんぐんと進むクレアに釣られて武器屋の奥に行くと、目を隠してハンマーをぶん回すヤバい奴がいた。俺はその姿と奇行に戦慄せんりつするが、クレアはその男性に向かって大きな声で話し始めた。


「片手で!持てるくらいの!剣が!欲しくって!」


「あぁ?なんだって?」


「片手で!!持てるくらいの!!剣が!!欲しいの!!」


 何回かクレアが叫んでいるような大きい声で店主に話しかけ、ようやく彼は反応してくれた


「あぁ、分かった。少し待ってろ」


「ふう、じゃあ、夕方取りに来るから」


 店主が衝撃的だった武器屋から離れる。今日で服と武器は確保できる。ということは次は……。


「次は鎧を試着しに行こう」


「よ、待ってました!」


 いよいよ、俺が待ち望んでいた装備の試着だ。グオンが言うには高級品であるし、それに俊敏しゅんびん性も良いらしい。冒険者には必須である装備がどういうものなのか、想像するだけで楽しみだった。

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