第7話 思春期ってやつ?

「あれ?もう二人は?何か買いに行ったの?」


 協会から出てレインの元へと行くと、彼女は一人でポツンと待っていた。


「用事があるって言って先に帰ったのです」


「えー、このお金渡さないとなんだけど」


「『明日にはこの街から離れるからお金はいらないし、カイトさんをよろしく』って言ってたのです」


 随分と自由なやつだな。別れの挨拶ぐらい面と向かって言えばいいのに。


「うーん。そういうのなら、しょうがないね。変に追いかけたら迷惑かけるかもしれないし。宿確保してから夕食にしよっか」


「おう、そうしよう」


 帰ってしまったものはしょうがない。それにその分、お金が浮くと考えると悪いものばかりではないはずだ。


「へい!店主!部屋空いてる?」


「あぁ、空いてるぞ。一人部屋と何人部屋だ?」


 フランクに接するクレアにすぐに反応する宿の店主。どうやらクレアたち馴染みの宿らしい。


「あ、今日は一人新入りもいるからさ、三人部屋ってある?」


「まぁ、あるな。でも、高くなるぞ?」


「店主〜、まけてよ。いつもみたいにお店の仕事手伝うからさ」


「はぁ、分かったよ。お前は集客にも貢献してるわけだしな」


「わーい!ありがとねー」


 常習的に宿代をまけているらしいクレアは頼み込んでまけてもらうと早速一人部屋と三人部屋に向かっていった。三人部屋と一人部屋ということは俺は一人部屋になるということか。今日は肉体的にキツかったし、一人部屋でゆっくりするとしよう。


「こっちが一人部屋だよ」 


「じゃあ、というわけで」


「ちょちょちょちょ!カイトはこっち!ここはグオンの部屋だから」


 一人部屋に入ろうとすると、クレアが止めに入ってきて、三人部屋の方へと連れて行かれた。


「どうしてだよ」


「カイトは知らないかもしれないけど、グオンって一緒の部屋で寝る人を骨折させるくらい寝相が悪いの!だから、寝る時はグオンは一人部屋にしなきゃいけない」


「だったら、二人部屋と一人部屋にしてくれよ」


「だめだよ!お金がかかりすぎる!」


 他の冒険者に対してもそんな感じだとしたら、 こいつらには危機感というものがなさすぎる。もう少しはお金よりも自分の体を心配しろ。


「俺は一人部屋にするぞ」


 流石に見兼ねた俺は店主の元へと向かった。


「一人部屋?すまんな、さっき客が来てそれで満室になった」


「え?」


「ははー、残念だったね!ほら、部屋に戻るよ」


 後ろから付いてきていたクレアは店主の言葉を聞いて絶望している俺を部屋まで戻した。


「なんで、そんなに嫌なの?」


「いや、俺はお前らのことを思ってだな」


「そんなお父さんみたいなこと言って。別に気にしないよ」


「いや、俺が気にするんだよ!」


 俺が語気を強めると今まで普通に対面してたクレアの顔がだんだんと赤くなっていく。泣いたのかと思い、様子をうかがおうと視線を合わせるとプイッと視線をらされた。


「…………じゃん」


「ん?」


「あたしをそういう目で見てるとは思わないじゃん!」


「え?」


「いやだって、あたし今までそんなこと言われたことないしそれに女っぽくなくてずっと冒険出てるような身だからそういうのにも疎いわけで。それに……」


「落ち着け、落ち着け」


 クレアは目をグルグルさせて赤面しながら、早口でそんなことを言ってくる。


「あぁ、もう!お風呂入ってくる!」


 クレアは頭から湯気が出るんじゃないかと思うくらい顔を赤くして、そのままお風呂にドタドタ音を立てながら行ってしまった。レインと二人っきりになった部屋はいつも以上に静かだったが、お風呂場から時折聞こえる「なによー、もう!」という声になんとも言えない感情になった。


「カイト」


「ん?どうした」


「カイトは悪くないのです」


「そうだよな。でも、これは俺が謝らなきゃいけないと思うんだ」


 俺が踏み入った言葉をかけたのが悪かった、そういうことだろう。クレアにとって異性と寝ることは別に大して気にするようなものではなく、俺が変に気遣ったせいで、ああなってしまった。俺が謝らなくてはいけないんだろう。


「大人って難しいのです」


「ああ、そうなんだよな。俺もそう思うわ」


「カイトはレインと寝るのは嫌なのです?」


「レインは……、大丈夫だな」


「そうなのですか。不思議なのです」


 レインの体を見て、俺の対象から外れていることを伝えておく。レインは不思議そうにするが、俺はロリコンではないから、そのロリ体型になんら影響など受けないが、クレアの体型には少なからず心配することもある。


「……お風呂上がったよ」


 レインと会話して時間を潰していると不意に風呂場の方の扉が開き、クレアが出てきた。一瞬で不穏な空気へと変わり、俺は口を開けなかった。


「レインが次入るのです」


「気をつけてね」


「分かったのです」


 レインはお風呂に行く前に、俺に小声で「仲直りするのです」と声をかけて風呂場へと向かっていった。レインなりの気遣いだろう。ただ、この雰囲気で二人きりというのは居たたまれない気持ちにどんどんなっていく。


「クレア」


「……何?」


 しかし、俺はここで謝らなくてはいけない。不和な空気のまま俺は過ごしたくない。楽しく冒険者生活を送るためにも俺は口を開いた。


「すまなかった。俺が気を遣わないばかりに」


「ええ!?なんでカイトが謝るの。あたしの方が悪かったって!絶対」


「いや!俺が悪い!」


「あたしの方が悪かったよ!」


「じゃあ、今から仲直りな!」


「いいよ!はい、仲直り!」


 俺が頭を下げるとクレアは慌てて自分に非があったと言った。俺も負けじと反対したが、最後は子どもが喧嘩の後にする仲直りの仕方のように俺たちは仲直りした。


「そうだよね。カイトも男なんだし、それによくよく考えてみれば今まで男の人と一緒に寝ることってあんまりなかったなって。みんなこの街の出身だったし」


「あぁ、そうなのか」


「でも、そうやって心配してくれたのはカイトが初めてかな」


「まあ、この話題は止めて違う話をしよう。例えば、クレアがなんで新人の人たちを助けるのかとか」


 仲を直してからもその話題について話すクレアに俺はどう返していいのか分からず、話題転換をする。うまく話題をすり替えれてクレアは、俺に初心者を助ける理由について教えてくれた。


「どこから話そうかな。うーん……。私が小さい頃に森で迷子になったの。その時に上等級くらいの大きい魔物が襲ってきて、もう死ぬ!って思った時に一人の女性が助けてくれて、二日くらい一緒にいて世話をしてくれて、あたしのことを手助けしてくれたんだ。その時にあたしもこういう人になりたいなって思ったの」


「それがきっかけで今でもずっとその人みたく助けてるってことか。すげえな」


 俺は小さい頃にしてもらったことなどとうに忘れている。それが何か俺の中で重要なことだったしてももうすでに記憶にはない。だから、小さい頃に助けられた恩を忘れずに今でもその活動を続けているというのは尊敬に値することだった。


「そんなことないよ!あたしだってまだまだだし、まだ助けれてない人だっているわけで」


「でも、もう街では有名になるくらい助けたってことだろ?それは誇ってもいいんじゃねえか。よっ!街の世話係!」


「や、やめてよ!」


 持ち上げるとクレアは恥ずかしそうに顔を赤くした。


 次の話に進もうとすると、風呂場の方の扉が開き、赤くなってレインが帰ってきた。


「上がったのです」


「なんか、茹でられてないか?」


「お風呂に入るとこうなってしまうのです」


「そうか。じゃあ、次は俺か」


 俺は重たい腰をあげて、疲れ切った体を休めるために着替えを持って風呂場に行こうとして気がついた。


「俺、着替え持ってねえ」


 その一言で場が冷えるのを悟った。


「じゃあ、明日買いに行こうよ!お金もあるし、君用の武器とかも買いたいから」


「買い物なのです。わーい、わーい」


「おぉ、そうしてくれると助かる」


 俺が想像していた反応とは違い、別に気にしていない様子の二人に俺は安堵しながら風呂場へと向かった。


「風呂場もあまり変わんないな」


 冒険者業をしていると風呂に入らない日が増えるから気にしてないのかと思いつつ、見慣れた様式の風呂場に安心感を覚えてシャワーを浴びようとお湯を出す。


「ギャーーー!!アッツ!?」


 ちょっとひねっただけで出たシャワーは俺を溶かしに来てるのかと思うほどに熱く、叫びながら湯船の方にぶん投げた。


「大丈夫?何かあった?」


「なんか熱いお湯しか出ないんだけど」


「うん?魔力でちゃんと調整してる?そうじゃないと結構熱いのくるからね。気をつけてよ」


「ありがとう!」


 俺の叫び声に心配になって来たクレアは扉越しからそう言って、俺は感謝した。シャワーは魔力で調整しなきゃいけないのか。消費しないとはいえ、魔力に頼りすぎだろ。


 都度確認しながら少し熱いぐらいの温度でシャワーを浴び、体を洗って湯船に浸かる。湯船も魔力で調整しなきゃいけないのかと思ったがそうではないらしい。気を取り直して体を伸ばし、休息を得る。


「異世界か……。じわじわ実感が溜まってきたな。最初は夢かと思ったが、そういうわけでもないし」


 天音と出会い、その現実とは一線を画す風景や生き物にただ夢の中かと他人事に思った。しかし、なかなか覚めない夢はそれが次第に現実であることを知らせてくる。


 魔法を扱える世界というのは、初めて見た時は不思議だった。理解不能なマジックのようだと思ったが、自分も扱えると知った時、俺もこの世界の住人に近づいたような気がした。


 クレアと出会い、クエストを受けて冒険に出掛ける。ゲームの世界に迷い込んだかのようなシステムに最初心躍ったが、帰り道に魔物に出会い、いかにクエストが死と隣り合わせであることを知った。だから、無茶なことなんて出来ないし、俺もまだ死にたくない。


 今の世界に目標なんてないけれど、今はそれでいい。この世界に慣れて、何か心動かされるものがあれば、その時決めればいい。


「ふう、やっぱ風呂っていいな。ゆっくり考えれる」


 ボーッと考え事をしてゆったり出来る時間というのはかなり重要だ。


 髪を洗い、洗面所に行くと見慣れた形のドライヤーがあることに気がついて試しに魔力を流してみると熱風が吹いた。


「上がった、上がった」


「大丈夫だった?すごい悲鳴上げてたけど」


「あぁ、まぁ少し肩がヒリヒリするぐらいだからな」


「ちょっとこっち来て」


 クレアは手招きするとベッドに腰を下ろした俺の服を乱暴に脱ごうとした。


「ちょ、ちょ。いやん」


「脱いでよ、カイト。火傷かもしれないから冷やしておかないとでしょ」


「分かった、分かった。とりあえず、その手を退けてくれ」


 その心配はありがたいが、何も言わずに服を脱がせようとするのはやめてほしい。


「カイトは、もう少し体鍛えないとダメそうだね。こんなフニャフニャな体じゃ前衛職にはつけないし。かと言って、グオンみたいになれとは言わないけど」


「クレアは後衛職だから鍛えてないのか?」


「ある程度は鍛えてるよ。冒険者には俊敏に動くし、重い荷物運ぶし、ずっと走らなきゃいけない場面も出てくるし。まぁ、腹筋が割れてるってわけでもないんだけどね。はい、応急処置完了!」


「ありがとう。だいぶ楽になった」


「明日の朝にもう一回様子見て、大丈夫だったらそのシート剥がしていいから」


 肩に貼られたシートはひんやり気持ちいい。それと明日から少しづつ体を鍛えておこう。冒険者には体力も筋力も必要だと分かったし。


「じゃあ、寝よっか。あたし一番奥ね」


「レインは真ん中がいいです」


「分かった。じゃあ、俺はあまりだな」


 それから、何時間経ったかも分からない時、俺は不意に目を覚ました。微睡まどろみの中、俺は寝返りを打とうとすると何かが俺の横にいることを感じた。ボーッと見るとそこにはスヤスヤぐっすりと眠っているレインの姿がすぐ近くにあった。俺が寝相が悪くてレインのところに来たとかそういうわけではない。だとするとレインから来たことになるが、眠くて思考が安定しない俺にとって別にそんなのはどうでもよく、俺は再び眠りについた。

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