第5話 初任務とクリーチャー・パーティー

 外に出ると、来た時よりも街はにぎわいを見せていた。


 見たことない料理の露店がのきつらね、鎧やローブを着ている人が目立ってきたし、背中に大剣や槍を持っている人も多い。


「お待たせー、早速行こっか。あ、お腹空いてない?もうそろそろお昼だけど」


「そう言えば腹減ったな」


「腹が減って戦はできぬ、だよ!ここの特産品は美味しいからねー。食べに行こ!」


 そういえば、この世界に来てからまだご飯を食べていなかった。そう思うと急に腹が空き始める。そして、ここは異世界だ。普通の料理ではなく、異世界ならではの料理を食べたい。


「おー、また新しい人を連れてるのか」

「まあね。いつものやつ三つちょうだい」

「はいよ」


 屋台に行くと店番をしていた人がどうやらクレアたちの知り合いみたいで気さくに話しかけてきた。


 その次の店でも……、


「また新人の手伝いか?」


「そんな感じ!これ五つくれる?」


「あんたには助けられたから、まけてやるよ」


「ほんと!?ありがとー」


 またまた他の店でも……、


「あら、初心者の手助けかい?よく頑張るねぇ。これ欲しいんだろう?何個だい?」


「六つお願い」


「頑張ってきな」


「うん、頑張ってくるよ!」


 そうして露店を何店舗か回って得た食事を持って近くにあったテーブルに座り、昼食を取ることにした。


「はい、これはここの特産品の野菜を使った焼きうどんとサンドイッチ。それとフルーツにスムージーだよ。さあ、召し上がれ」


「見たことない色の野菜だな」


 焼きうどん、サンドイッチ。料理名は馴染なじみのあるものだが、見た目は想像していたものとかけ離れていた。焼きうどんに入っている野菜は全体的に赤色で辛そうな見た目をしている。サンドイッチと言ったら定番のレタスはどこにも見当たらず、あるのは赤いソースと赤い何かだった。俺は今激辛料理のチャレンジでもしているのだろうか。


「い、いただきます。……う、美味い!」


 せっかく買ってくれた料理に何も手をつけないのはまずいと思い、俺は恐る恐ると焼きうどんを口に入れ、すぐにそれが杞憂であることを知った。焼きうどんはそのまま焼きうどんでもっちりとした麺とシャキシャキした野菜、そして薄過ぎず濃過ぎずの味付け。


 そして、食べるのが億劫おっくうだったサンドイッチにもかぶりつく。美味い!赤いソースはピリ辛のマヨネーズのようで赤い何かはレタスっぽい感じだった。ピリ辛の味付けとシャキシャキ野菜の食感が癖になる。


「よかった。美味しそうに食べてくれて」


「あぁ、美味かった!」


 フルーツとスムージーも全部飲み食いして腹を満たせた。天音たちも完食したようでお腹いっぱーい、と満足にしていた。


「じゃあ、少し休憩してから行こっか」


「初めての任務か。クレアたちがいるせいかだいぶ緊張しないな」


「えー、慣れてきたら私たちはいなくなるんだから、ちゃんと緊張感持ってよ」


 クレアが明るく振る舞ってくれているおかげか、初クエストだというのにあまり緊張感はない。もう少し緊張感を持った方がいいだろうが、今はまだ伸び伸びと過ごしたい。


「それにしても、クレアたちってここら辺では有名みたいだな。店の人みんな知ってたし。長い間人を助けてきたんだなって実感した」


「えへへ、そんなこと言わないでよ。あたしはやりたいことをやってるだけ」


 クレアは謙遜けんそんするが、あそこまで有名になるのは、並大抵のことではない。長い間実績を積み重ねて信頼を勝ち取ったからこそ、あそこまで人望が厚くなるわけで、それは誇ってもいい。


「そろそろ大丈夫?」


「あぁ、もう行けるぞ」


「よし!じゃあ、初任務やりにいこー!」


 そうこうしているうちに俺の初任務が幕を開けた。


「まず、最初の任務は採取。薬草を一定数集めればクリアできる簡単な任務だよ」


 街を抜けて、俺が最初に目を覚ました場所にあった森とはまた違う森に足を運ぶ。


「なるほどな。で、薬草はどれだ?」


「今欲しい薬草はこれだね」


「雑草だろ、こんなの」


 俺の足元にあった草にクレアは指差して伝えてくれるが、教えられなかったら普通に雑草だと見間違えてしまいそうだ。


「そう思うよねー。でも、見てて」


 クレアはしゃがんでその薬草に近づくと、それに手のひらを向けた。すると、薬草が黄色く光り始める。


「おー、すげえ」


「こうやって薬草は色で別れてる。今欲しいのは魔力を流すと黄色く光る薬草だから、見た目で判断できない時には魔力を流してみて」


「分かった」


 そうして、魔力で色を見つつ薬草を黙々と集めていると三十分もかからずに目標数を集めることができた。


「やっぱり人数もいるし、手慣れた人がいると楽だな」


「そうだねー。この調子でどんどんやっちゃおうか!」


 この簡単な任務で勢いづいた俺はその後もクレアたちに教えてもらいながら、任務をこなしていき、日が少し隠れ始めたところで全ての任務を終わらせることができた。


「いやー、君たち慣れるの早いね」


「ありがとう。でも、腰が痛いな」


「なにグオンみたいなこと言ってるの?」


「いやだってほとんど腰曲げての作業だったし」


「駆け出しの冒険者はそれぐらい普通だよ。もう少し鍛えないとダメだね」


 大体6時間くらいだろうか。そのほとんどは腰を曲げての作業。空き時間も移動が大半であったし、初心者であるから休憩を多めに取ったと言ってもそれだけじゃ回復するわけがなかった。


「こういう日々が1ヶ月とかずっと続くって考えると、もうしんどいな」


「まだ始めて1日だよ?くじけないでよ」


 俺は体育会系ではない。なんだったら休日は家でゴロゴロしていたいタイプの人間であり、こんな肉体労働は俺の心にくるものがある。


「それにしても、この森ってそこまで魔物がいるってわけじゃないんだな。結構この森にいたけど全然見当たらんし」


「うーん、どうだろう?小等級の魔物はちょくちょく出てくる森ではあるけど、今日は運が良かっただけだと思うよ。それに今みたいに夜に近づいてくると中等級の魔物も活動し始めるから」


「おい、フラグになりそうなこと言うんじゃねえよ」


「いやいや、来ないよ。大丈夫大丈夫」


 フラグポイントをどんどん加算させるクレアは呑気にもそんなこと言うが、そういう時が一番危ないことを俺は知っている。


「おい、下がれ!」


 今まで寡黙であったグオンが俺たちより一つ前に出てきて盾を構えながらそう叫んだ。


 その直後、グオンの手前に俺たちが小さくなってしまったのかと思うほどの巨大なクマが現れる。


「やっぱり!」


「やっぱりって何!?早く臨戦体勢に入って!」


 フラグポイントを順調に積み重ねていった結果だ、これは。その自覚がないのかクレアは疑問を口にしながらいつでも戦闘ができるように杖を構えた。俺も戦闘に加わりたいが、武器も持たない俺が参加すると邪魔になるだけだ。ここは陰ながら応援しよう。


「快斗、逃げる気?今こそ『麻痺』を使う時だよ」


 邪魔にならないように一歩下がろうとすると、隣にいた朱音が俺の肩を掴んでそれを止めた。朱音はそんなことを言うが、あんなデカブツに麻痺が効くとは思えない。


「大丈夫、効くから。それに状態異常にしたらこっちが優位に戦えるわけだし」


「本当かー?」


「百聞は一見にかず、だよ!ほら、やって!」

「分かったよ……。ったく」


 最終的には朱音に言い負かされて俺は決意を固めることにした。


 左手を広げる。


『麻痺ッ!』


 安全圏からクマに向かって魔法を放つとクマがり始め、地面を揺らしながら倒れた。


「今だ!やれ!」


 痺れて思うように動けなくなっているクマを見て俺はそう嬉々として叫んだ。


「行くよ!レイン、サポートをお願い!」


「はいなのです。『パワーアップ』」


「よーし!『ウインドカッター!』」


 レインとクレアの連携攻撃でクマに強烈な一撃を与えるが、クマはひるむだけだ。それに加えて絶望的なことに麻痺に慣れてきて起き上がり始めた。


「おい、どうするんだ?天音、すごい魔法持ってたよな。それでどうにかならんのか?」


「無理ですよ。クマがいる方向には街があります。街を破壊してしまうかもしれませんし」


 淡々とそう言う天音。冗談に聞こえるが天音の魔法の威力を知っているから。それが冗談ではないことを知っている。


「快斗さん、この石に触れてみてください」


「これって?あの爆発する石?これを投げればいいのか?」


「い、いえ!違いますよ!これに触れるだけで魔法は取れます。長時間触れ続けると小さく爆発するだけで一瞬だけだと大丈夫ですから」


 素早く朱音に目線を合わせると気まずそうに顔を逸らした。やっぱり、楽しむために俺の反応で遊んでただけじゃないか。


「……朱音には後でキツーく言っておくので、快斗さんお願いします」


「任せろ」


「では行きます!」


『眠る過去の星の輝きよ、今我に力を!』


 天音がそう唱えると、俺の持っている石が赤く光り始めた。


 カードを確認する。確かに魔法の欄には新しく『ライトニングブレス』が追加されていた。


「カイト、危ない!」


 石の光に釣られて今までタンク役のグオンを攻撃していたクマは俺の方に視線を向けて、接近してきた。クレアがそれを見て叫ぶが俺は避ける動作をせずに立ち向かう。


「くらえーッ!クソクマッ!」


『ライトニングブレスッ!』


 俺の手から放たれる稲妻のようなものはクマの全身を襲い、後方へと大きく身を反らしながら倒れていった。クマが倒れた影響で煙が視界をさえぎり、身を揺るがす震えを感じる。ようやく視界がクリアになるとクマはピクリとも動かなくなっていた。


「や、やったか!?」


「それ言うとやれてないことになるよ」


 フラグを立てるような俺の発言に朱音は呆れた声でそう言う。


「おー、死んでるよ!」


 先に生死を確認しに行っていたクレアたちが、そう叫んだ。それを聞いて安心してクレアたちのもとに行くが、こうして倒れているのを見るといかにこのクマがデカいかが分かる。


「上等級みたいだな、この大きさは」


「この森に上等級なんて出るんだな」


「いや、この森にはせいぜい中等級しか出てこない。となるとが近いということだろうな」


「クリーチャー・パーティー?なんだ、その陽気な名前」


 クマの周りを一周してきたグオンはその真剣な表情とは違い陽気な名称を口にした。そのギャップに一瞬困惑し、聞いたこともない名前にもう一度混乱する。


「クリーチャー・パーティーも知らないのか?あまり知識がないと思ったが、これは予想以上だな。まあ、いい。クリーチャー・パーティーというのは、簡潔にまとめれば時間帯を問わず魔物が街を襲いにくることだ。不定期かつ、襲う理由も分からないからそう名付けられた。その被害は甚大で上等級や特等級の魔物が来ることもあり、このクマもその前兆のようなものだろう」


「そうだね。だから、このクマのことは協会に伝えておいた方がいいよ」


 クリーチャー・パーティー。もしかしたら、もうすぐで俺たちが暮らしている街に来るかもしれない。警戒はしておいた方がいいだろう。


「それにしても、君よくやったね!お手柄じゃんか!」


「お前らが弱らせてくれたおかげだ」


「なになに?謙遜かなー?そんなあたしたちをおだてても何も出ないよ」


 実際、グオンは俺が魔法を覚えるまでの時間稼ぎをしてくれたし、クレアやレインだって地道にダメージを与えてくれた。俺一人で立てた手柄ではない。


「これを換金したら、どれくらいの大金になることやら。今日はパーティー結成を祝した宴も出来ちゃうよ!」


「クマ、そんな細かくしていいのか?これだと上等級か分からなくないか?」


「大丈夫だよ。グオンがさっきクマの周りを歩いていたでしょ?それは魔法で大体の大きさを算出するためにやってたの。その情報を紙に移せば、上等級だって分かってくれるよ」


「魔法って便利なんだな」


 改めて、魔法の利便性を実感しつつ、俺は慣れた手つきでクマの毛皮をぐクレアたちの傍に行って毛皮を収納バックに詰める作業を繰り返した。


「ふう、デカいとやっぱ素材の採取にも時間がかかっちゃうね」


 一時間ほどかけてようやく換金することのできる毛皮、肉、骨、そして紫炎の輝きを放つと呼ばれるものを採取することに成功した。


 このコアと呼ばれるものは俺でいう心臓のようなもので、純粋な魔力を扱える者には心臓ともう一つこれがあるらしい。このコアは魔力の生成、制御などと言った魔力に関するほとんどの役割を持っている。だから、これは本当の意味で第二の心臓とも呼べるだろう。


「よし、みんなこれ持って。街に帰るよ」


「よっ、ぐっ、重いな、これ」


「大丈夫?少し持ってあげるよ」


「いや、大丈夫……だ」


 パンパンに素材が詰まった二つのバックを持つ。持ち上げると腰に響くものがあるが、ここでクレアに持たせるわけにはいかなかった。変なプライドによって自分で自分の首をめながらも移動を再開する。途中で魔物の鳴き声にビビって収納バックを落としたぐらいで特に何かイベントがあるわけでもなく、無事に街まで戻ってくることが出来た。

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