第4話 頭のネジが飛んだやつら


「何ジロジロ見てるの」


「いや、もしかしたら普通の格好に見せて何かツッコミ待ちなんかなって思って」


「もうないよ!あんまりジロジロ見てると警察呼ぶよ!」


「分かった、分かった。それにしても、あれなんだな。魔物がいる世界でそんな軽装でもいいんだな」


 天音はローブを着ているのに対して朱音はだいぶ大きめのパーカーにショートパンツといった防御力の低そうな現代でよく見る服装だった。街を歩いていれば分かるが朱音が特殊なだけで他は剣や盾を持ち、至る所で鎧を着ている人を見かける。


「まぁ、自分は戦闘向きじゃないからね。天音のサポート係だし、前出ること少ないから」


「あー、支援魔法だっけか。それを覚えてるってことか」


「そうそう。僕が下手に魔法を打つより天音に任せた方がいいからね」


 確かに天音が放った魔法は素人目から見ても威力が高そうだった。天音のあの優しそうな雰囲気からは想像できないが。


「なんか異世界って感じするな」


 天音たちと共に歩いていると街の中でも特に賑わっている場所に来てそう呟く。レンガ造りの建物が軒を連ねる繁華街は異国情緒に溢れている。


 セットされた作り物と言われてもなんら不思議に思わない衣装。洗濯物を乾かそうと風を吹き起こしたり、タバコに火をつけようと無から火を生んだり。たしかにここは魔法が生活に溶け込み、それが普通の世界だった。


「今日祭りでもやってるのか?」


「あー、そういえばもうそんな時期か。そうだね。やってるよ」


 この街のことは知らないがやけに騒がしく、どこかおかしいのは確かだった。それに、辺りを見渡せば露店には「祭」と書かれていた。


 街の人は意気揚々と楽しげに屋台を見て回っているがそれと相対的に天音と朱音は肩を落として暗い表情を見せた。


「おいおい、どうしたんだよ。せっかくの祭りだっていうのに」


「……あれを見てよ」


 朱音は指差したのは屋台の射的をやっている親子だった。


「えいっ!どうだ!」


「お、いいじゃないか」


「はっはー!脳天をぶち抜いてやったわ!」


 無邪気に遊ぶ親子が離れてから俺たちもその屋台へと向かった。


 射的なんて何年ぶりにやるんだろう。下手したら十年ぶりくらいかもしれないと思いながら屋台の景品らしきものを見ると俺は驚愕きょうがくした。


「は!?んだ、これ」


 屋台には景品なんかなく、射撃されてボロボロになった悪魔みたいな絵があるだけだった。何をどうすればいいと言うんだ。


「いらっしゃい!あんたも一発どうだ?」


「これにやれって事か?なんの意味になるんだ?」


「そりゃあ、やくばらいに決まってるだろ。これは悪の象徴の異世界人。これを撃って厄を祓うんだ」


 その話を聞いた時に俺は今すぐこの銃をこの屋台の人の額に当てたいと思ったが、ここはそういう世界だった。異世界人が世間一般からして嫌われている存在というのをただ目の当たりにしたということに過ぎない。


「快斗さん、行きますよ。こんなところで道草を食っている場合ではありません」


「あぁ、分かった」


「やんなくていいんか?」


「必要ないからな」


 俺たちは足早にあの屋台から離れていった。


「なんか唐突に現実を突きつけられたな。まぁ、今この世界にはそういう人しかいないっていうのは勉強になったし、良かったのかもしれないけど」


「かと言って、敬遠しない方がいいですよ。怪しまれますし」


「そうだよな。程よい距離感でってことか。難しいこと言うな」


 口を滑らせなければいいのだが、うっかりポロッと言ってしまいそうだ。


「で、今はどこに向かってるんだ?」


 宿から出て随分歩いているが、結局どこに向かっているのかわからなかった。


「冒険者教会だよ。今から君には討伐クエストをやってもらおうと思って」


「俺なんも攻撃手段持ってねえけど!?」


「そうなんだよねー。だから、誰かとパーティー組みたいんだけど」


 俺の今持っている魔法は『トレード』と『麻痺』だけで、攻撃魔法は持っていない。それでどうやって討伐クエストをこなせと言うのか。無茶言うな。


「ねえ、今仲間探してるって言った!?」


 冒険者教会に入る手前で俺らは後ろから声をかけられた。そいつは、あの射手の屋台のようなところで遊んでいた家族の一人だった。初対面だというのに馴れ馴れしい態度で話しかけてくる彼女は俺より少し身長が低く、茶髪ショートのいかにも元気そうな娘だった。


「まぁ、確かにパーティーを組もうという話にはなったが」


「じゃあ、あたしたちのパーティーと組もうよ!今ちょうど仲間になってくれる人探しててさ!」


「俺はいいけど、お前らはどうだ?」


「別にいいよー」


「ええ、構いません」


「おー。じゃあ、決定だね!あたしの仲間のところに案内してあげる」


 天音と朱音からも了承をもらい、俺はその元気っ子の後に続いて冒険者協会に入った。


「ほー、ここが冒険者協会か?思ってたよりも随分と綺麗だな」


「まぁ、大体の人がここのお世話になるので」


 冒険者協会というのは質素で汚いイメージがあったが、毎日誰かが来る店のようなものだし、綺麗なのも頷ける。


「はいはーい、こっち来て!」


 冒険者協会の窓側の席の方で立ったままブンブンと手を振ってこっちに呼びかける元気っ子のもとに行くと、すでに四人席のテーブルに二人座っていた。


「私のパーティーメンバーを紹介するね!この仏頂面がタンクをしてるグオン。で、こっちのちっちゃくて可愛い子がヒーラーのレイン。それをまとめてるリーダ的存在がこのあたし、クレアだよ!」


「よろしくな」


「よろしくなのです」


 グオンと言う男は仏頂面に無性髭ぶしょうひげを生やし、その見た目からはおっさんに見える。


 レインは冒険者をやっていけるのか不安になるほどの身長で、見た目は完全に幼女だった。

 それを取りまとめるリーダー格のクレアは元気が取り柄の高校生といった感じだ。


「俺は快斗。で、こっちの小さい方が朱音で、ローブ着てる方が天音だ」


「よろしくー」


「よろしくお願いします」


「うん、よろしく!」


「クレアたちは家族で冒険者業をやってるのか?」


「ううん、違うよ。グオンとレインは冒険の途中で仲間になったの。まぁ、もう家族同然なんだけどね」


「へぇ、そうなのか」


 でも、あれだな。はっきりと言ってしまえば家族にしか見えんな。


 一通りの挨拶が済んだところでクレアは出入り口ではないカウンターの近くにある扉の方に行った。少し経った後、クレアはテーブルを運んで、カウンターに向かって「テーブル使うよー!」と言い、カウンター側からも「いいよー!」と元気な返事があった。


「俺も手伝うよ」


「お、いいの?ありがと」


「ていうか、手慣れてるな」


「そう?まぁ、あたしたちのパーティーは五人以上になること多いからね」


 六人席のテーブルを新たに確保し、邪魔にならない場所に移動して、こっちのテーブルに座ることにした。


「よーし、じゃあ早速なんのクエストをするか決めよう!君はどれくらいのレベルなの?中級者?初心者?」


「初心者だな。それに今まで戦闘経験はない」


「へえ、ていうことは今まで商売とかしてたってこと?」


「いや、森の方で少し農業やってたんだ」


 咄嗟とっさに俺は嘘をついた。馬鹿正直に異世界転生したから戦えませんとは言えない世界。だから、嘘をつく必要があるが、この嘘でみずから墓穴を掘るようなことはしたくない。


「なるほど。じゃあ、今日は簡単な採取任務からやった方がいいかもね。最初はシステムに慣れた方がいいだろうし」


「ねえ、クレアってよく初心者に教えてあげてるの?」


「そうだよ。よく分かったね」


「説明がスムーズで慣れている感じだったからさ」


 朱音が聞いたようにクレアは初心者の扱いには慣れてるようだった。お節介焼きとでも言うのだろうが、そのスムーズな対応は並大抵のものではない感じがした。


「私たちはさ、もう慣れてきたけどまだ冒険者業に慣れてなくて不安に感じる人もいるでしょ?だから、私たちがそういうのをなくしてあげるお手伝いしたいなーって。君からはすごく初心者の香りがしたから話しかけたんだ」


「初心者の香りって」


「勘だよ、勘。でも、アカネとアマネは相当な実力者だと思うんだけど、なんで君と一緒に組んでるの?」


「ふふ、よく分かったね。そう僕たちは相当な実力者!しかし、ある時何者かによって力が封印され、今もこうして!あっ!右手が疼く!」


 鋭い勘を持つクレアは朱音と天音が強者だと見抜いた。それに対して朱音は典型的な厨二病ポーズをとりながら立ち上がり、頭のおかしいことを言い始める。


「そして、快斗は僕たちの封印を解くための大きな鍵となる者。だから、こうして一緒に旅をしてるんだ」


「ほー、そうなんだ!なんか、すごいカッコいいね!」


「おいおい、待て待て。嘘だから!そんなに受けないでくれ」


 カッコつけて決めポーズをする朱音にパチパチと拍手するクレアに俺はちゃんと嘘であることを告げた。グオンとレインは冷ややかな目でこっちを見るがあの頭のおかしいやつとは一緒にしないでくれ。ほんと頼むから。


「本当は快斗さんが森で倒れているところを助けて事情を聞いてこの街に来たんです」


 よかった。もう一人が頭のおかしくないやつで。そうそう、そう言うのでいいんだよ。目立つ行動は極力したくないからな。


「しかーし!それは嘘!快斗さんの本当の姿は森に住む大魔法使い!ひょんなことからそのことを忘れた快斗さんは——」


「もうお前ら黙ってろ!」


 違った。二人はもうすでに頭のネジがどっかに飛んでなくなってた。


「まぁ、いろいろあったんだね」


 とうとうクレアにも同情の目を向けられた。この二人が馬鹿でごめんな。


「初めての冒険だから、一週間は様子見しながら採取とか採掘の基礎的なことをやって、ちょっとずつ初級レベルの魔物の討伐クエストを受けてみよう!」


「おう、全部そっちに任せるぜ!」


「じゃあ、次は任務を受ける流れを紹介するね」


 テーブルを片付けて、カウンター席近くのボードの前にやってくる。そこには難易度ごとに任務がびっしりと詰められており、特に初級難易度は別のボードが用意されているほどだった。


「これを見て分かる通り、難易度が上がるごとに任務は少なくなってくる。代わりに報酬も美味しいんだけど。で、初級の任務には雑用がよく来る。例えばー、見て。これとか特にそう。『家の近くの蜂の巣が怖いので撤去してください』、『明日(5/12)は宴会があるため、掃除をお願いしたいです。本当に頼みます。人が足りないんです』。って、これはもう期限が過ぎてるやつだね。こういう感じで個人が依頼してるわけだから報酬は少ないけど、その分どんどん依頼が溜まってく」


「二通目とか可哀想だろ」


「まぁ、報酬がサイダー1本だけだからね」


 初級の任務は報酬が少ない分、簡単にこなせるものが多く、ちりも積もればなんとやらで稼ぐことは出来そうだ。逆に高難易度は一発型だな。成功すれば1ヶ月ぐらい生活が安定するが、失敗するリスクをかんがみればやる人は少ないだろう。


「大体初級は1日に5つ受けるのが定石だけど、今日は説明とか多いだろうし3つにしておこうか」


「そうしてくれると助かる」


「じゃあ、あたしが勝手に選んでおくからみんなは外で待ってて」


「分かった」

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