第3話 魔法

 天音は朱音に耳打ちしてから部屋を出ていった。何を話していたかこっちからじゃ分からなかったが、朱音がその後すぐに明るく振る舞っていることを察するに元気付けてみたいなことを言ったのだろう。


「快斗、ここに触れてみて」


「また洗脳とかするんじゃないんだろうな?」


「しないしない。君にとって嬉しいものに違いないやつだから」


 戻ってきた朱音はわざわざ俺の隣に座ると怪しい満点の紙を目の前に出してきた。さっきのこともあり、俺は警戒するが朱音の言う嬉しいものとはどういうことなのか。俺がここで何もしなかったら、何も進まなそうだから仕方がなく恐る恐る触れてみる。


 ぼんやりと青白く光り、触れた部分からどんどん俺の体を包み込んでいく。その生きているような動きに身が震えるが、その光は俺の全体を包み込んだあとすぐに消えた。


「なんだったんだ?今の」


「はい、出来たよ。冒険者カード」


「ほら、やっぱり!洗脳してんじゃんか!」


 出来たてホヤホヤの冒険者カードを見せる朱音に俺は指差した。冒険者カードを作る際に洗脳されるというのはもう聞いてある。姑息こそくな真似をしやがってこいつ。


「違うって!誤解だよ、誤解!これには洗脳する魔法なんて組み込んでない!君みたいな人が安心して冒険者カードを作れるようにしたやつ!」


「本当か?」


「本当だよ。それに転移者の君が洗脳にあったら発狂して自分で自分のこと殺してるよ」


 そんな真顔で怖いこと言うな。確かにそうかもしれんけど。


「んで、これはどう使うんだ?角で殴ればいいのか?」


「そうそう。角で殴って痛ーいってそんなわけあるかーい!そんなリーチも攻撃力もない武器で戦うの?違うよ。これはね、魔力を込めて自分のステータスとかを可視化かしかするやつ」


「あぁ、なるほどな」


 俺のボケにノリツッコミしてカードの角を頭に当ててきた朱音。よく分かってるじゃないか。


「で、どうすれば見れるようになるんだ?これ」


「今の君じゃあ、それを扱えないよ」


「じゃあ、終わりか。今までありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとうございました」


 ——終。今までのご愛読ありがとうございました。俺は初手で詰んだため、この冒険譚ぼうけんたんは終わりを迎える運びとなりました……。


「って、ストップストップ!まだ終わらないよ!」


 俺の冒険は終わりを迎えて終了を告げると朱音が慌てて俺を現実に引っ張ってきた。


「なんだよ。こんな初歩的なこともできないようじゃ、終わりだよ、終わり」


「普通はね!?普通はそうなんだけど、ちゃんと対策してあるから!」


「本当か?」


「うん、これあげる」


 そう言って朱音は俺の冒険を終わらせないための秘密道具をポケットから出した。


「これは石か?」


「うん、そう。あ、テッテレー、魔石ー」


 朱音は思い出したかのように某猫型ロボット風に紹介する。出てきたのは一見すると普通の石で若干朱色をびてるように見えるが、注視ちゅうししないとよく分からない。


「で、この石は何に使えるんだ?これこそ投げて攻撃するやつか?見た感じ固そうだし」


「これをそんな扱いするのは一部の富豪たちだけだよ。これはとっても高価な魔力を帯びた石。ほんと希少で市場価格は普通に億を超える!」


「だから、お前らこんなボロい家に」


「ち、違うよ!悲しいけど、元々ここで暮らしてるよ!」


 魔石がいかに希少で高価を伝える朱音に納得して同情すると悲しい事実を伝えられた。どうやってその石を手に入れたんだ。


「そんなことはどうでもよくて、この魔石には大量の魔力が眠ってる。触ってみて」


「ッ!な、なんだこれ?」


 朱音の持っていた石に触れた右手に激痛が走った。


「痛かったでしょ?それが魔力が君の体に流れた証拠」


「お前は痛くないのか?」


「魔力を取らない意識をしてるからね」


 ずっと手に持っているのにそんな痛がった様子を見せない朱音に尋ねると、そんな言葉が返ってくる。それを先に説明してくれ。


「意識っていうのは魔力を扱う上で一番重要になってくるものだよ。意識してないとずっと魔力が溢れて肝心な時に魔法が打てなくなっちゃったり、最悪死ぬ」


「死ぬって」


「まぁ、君は死なないけど僕たちは魔力が尽きれば体の機能が停止しちゃうからね」


「魔力を使うってだいぶ苦労するんだな」


「慣れちゃえば簡単だし、魔力は常時回復するから下手に高コストの魔法をボンボン使わなければ死ぬことはないよ」


 朱音たちにとって魔力というものは生命の源というわけか。


「それで君は今魔力を持ってる。冒険者カードを使ってみて。さっき言った通り、ちゃんと意識してよ」


「分かった」


 魔力を使うことに、このカードを使うことに意識を向ける。


「文字が……浮かび上がった」


「うん、どうやら成功みたいだね。上手だったよ。じゃあ、早速ステータスを見てみよっか」


 カードを見ると名前、性別、年齢が書かれていて、魔法の欄には適性や固有魔法、消費魔力などの詳細が書かれているが、肝心の魔法の名前は載っていなかった。ただ、そこにはハイフンがあるだけだ。


「固有魔法っていうのは生まれながらに持っている魔法だね。それを持ってないのが転移者の特徴だよ」


「え、じゃあ俺魔法を使えないのか?」


「ううん。その他にも習得魔法っていうのがあってね。それは一応誰でも覚えれる。セオリーは適正に沿って魔法を覚えること」


 俺も天音が放ったあのロマン溢れる魔法を打ちたい。誰でも覚えれるんだから希望はまだある。


「適性の欄にはなんて書いてある?」


「無、だな」


「わーお、なんも適性ないじゃん」


「え?」


 軽々しく返された答えに俺は困惑した。適性がないってなんだ?


「あっれ、おっかしいなー。転移者って上級適性が多いはずなんだけどなー。快斗見せてよ」


「いいぞ。ほら、無って書いてあるだろ?」


「ほんとだ。なんで?」


「俺が聞きたいわ」


 朱音の反応を見る限り、俺だけでなく朱音もだいぶ困惑しているようだった。冒険者カードに書かれている適性を何度も確認したところで適性は無であり、朱音の言う上級適性なんぞにはなりやしない。


「……まぁ、言い換えれば全部の魔法を平均的な威力で出せるって思えばいいよ。器用貧乏的な!」


「悪く言っちゃえば、才能がないってことだよな」


 平凡でも別に構わないが、せっかくなら才能に恵まれたかった。それに朱音の必死のフォローはかえって俺を傷つけるだけだった。


「気を取り直して、次は魔法を覚えちゃおう!さ、元気出して!」


「え!?魔法覚えれるのか!?」


「いいよ、いいよ!もっと元気出してこー!」


「うおー!すげー!って……どうやって魔法を覚えるんだ?」


「ふっふふ、説明しよう!この裏ルートで手に入れた欲しい魔法がなんでも手に入ると言われている希少価値の高い唯一無二の石!商人に頼んで一個分の値段で二つの石を——」


「アウトじゃねえか!」


「ちょー!大事な石が!割れたらどうするの!」


 ポケットから取り出した変哲のない石。それを見て一瞬訝いぶかしんだが、朱音が喋るごとにどんどんとボロが出る。なんだ、唯一無二の石が二つって。


「嘘嘘。冗談、冗談。この石は僕たちの汗と涙の結晶だよ。どんな魔法が手に入るか分からないんだけど」


「まぁ、闇ルートの石よりかは安心できるな」


「でしょ?じゃあ、早速だけど始めよっか。この石を両手のひらで持って」


「こうか?」


「そうそう。行くよ」


 朱音は俺の前に立って石に手のひらを向けた。


『力よ顕現けんげんし、全ての星たちの輝きとなれ!』


 朱音がその言葉を唱えると手に持っていた石が震えて青く発光し出し、ゆっくりと点滅し始めた。


「お、おい朱音!これどうすればいい!?」


「ちゃんと爆発するまで持ってて!」


「今、爆発って言ったか!?」


「言ってないよ!」


「言っただろ!絶対!」


 どんどんと点滅が早くなってくる石に朱音があんなこと言った以上俺は目をらすことしか出来ない。


「うわ!そろそろ来るよ!」


「そんなこと言うな!」


「うわ、ヤバい!ヤバい!」


「だから、そんなこと……」


『ボンッ!』


「ギャー!……って、全然爆発しないじゃないか」


 ついに石が限界を迎えたが、爆発したというよりかは音が鳴ってくだけたみたいな感じだった。砕けた石をジッと見つめていると隣から笑い声が聞こえる。


「……くふふ、あはは!はー、駄目だ。笑い堪えれないよ!ギャーって、すごい情けない声出しちゃって!」


「お、お前がビビらせるからだろ!」


「あはは、面白ーい!」


 このクソガキ……!俺を見て涙を浮ばせながら笑い続ける朱音に手を出しそうになる。お前があおるからだろ。


「はぁ、はは、はぁ。面白かったー。じゃあ、勿体無いけど本題に戻ろうか。もう一回、カードを見てみて」


「『トレード』って書いてあるな」


「それが君の固有魔法だよ。これで君も晴れて魔法が使えるようになったよ!」


 カードの固有魔法の欄にはしっかりと『トレード』と書かれている。あの石はちゃんとした効力があったのか。朱音がただ俺をからかうがために用意したものだとばかり思っていた。


「それさ、赤字なら攻撃魔法、青文字なら支援魔法だけどそれってどっち?」


「黒文字だな」


「うん?見せて」


「いいけど」


 朱音に言われたカードを見せる。そこには当然魔法が黒文字で書かれている。攻撃魔法でも支援魔法でもなければ何魔法なのか。


 うーん、とうなる朱音。その反応を見るに彼女でも分からないらしい。


「確かに聞いたことない魔法だ。ねえ、一回それ使ってみてよ」


「どうすんだ?これが爆発魔法だったら」


「『トレード』って要するに交換するとかの意味でしょ。多分大丈夫だよ。心配だったら、その花に向かってやってみて」


「じゃあ、行くぞ?」


『トレード』


 朱音が指差した黄色い花に向かって魔法を放つ。静電気のようなピリッとした痛みが右腕に一瞬感じたが、それだけで何も変化は起きなかった。


「え、ちゃんとやった?」


「やったよ」


「ふえー、何が起きてるの?」


「……あ、なんか魔法が追加されてるぞ。『麻痺』って書いてあるわ」


 何も変化がないと思いきや、俺のカードの魔法欄に身に覚えのない魔法が追加されていた。


「麻痺?麻痺ねえ。麻痺かー。うーん……。あ!そういうことか!」


 首をかしげながら唸っていた朱音は何か閃いたようでパッと目を輝かせて声を上げた。


「どうしたんだ?」


「君の魔法、あれだよ!対象の特徴的な魔法を覚えれるってやつ!この花はしびれ草って呼ばれてて、触ると麻痺を付与するんだけど、それが手に入ったってことはそういうことじゃないかな!いやー、すぐ気がつく私って天才だなぁ」


「天才かどうかは放っておいて……」


「おいっ!」


「そうだとしたらかなり便利な魔法じゃないか?」


 特徴的な魔法が対象にあれさえすれば、何にでも覚えれるってことだろ?強い他ないだろ、これは。


「それに消費魔力は1。それに『トレード』で覚えた魔法に関しては0。初級魔法でも消費魔力は10以上だから破格も破格だよ」


「やっぱり、転移者はこうでなくっちゃな!ガハハ」


 この世界に精通している朱音ですら破格と言う魔法に俺は上機嫌になる。そうだ、転生者は強くてなんぼだ。適性がなく、雑魚ざこだったしてもどこかで埋め合わせは起きる。


「固有魔法を獲得して魔法も使えるようになったし、ひとまず準備は完了だね。おめでと」


「これで俺もこの世界の住人みたいなものか」


「そうだね。じゃあさ、少しこの街散歩しにいかない?ひとまず、この世界の空気感にはなれた方がいいだろうしさ」


「そうだな。なんにもしないよりかはマシだろうし」


 それにこの世界の先輩であり、数少ない仲間である朱音たちが案内してくれれば俺も安心できる。


「じゃあ、天音呼んでくるから、ちょっと待ってて!」


 ドタドタと足音を立てながらこの部屋から出ていく朱音。そんな風に走ったらこの家が持たなくなるぞ。


「おっそいなー」


 朱音が天音の元に行ってから二十分は経過した。この感じはただ呼びに行った訳ではなさそうだ。それに俺は案内される側。受けの立場にあるんだから、これはあまんじて受け入れるべきだろう。


「お待たせー、時間かかっちゃってごめんね」


「あぁ、大丈……ブッ!あっはは!お、お前らなんだ、その格好!」


 多少時間がかかっているから、なんとなく期待はしていた。もしかしたら、外出用のおしゃれな服に着替えていて時間がかかっているんじゃないのかと。それに今日は天気も良かったし、露出多めの服かと思っていた矢先、登場したのはサングラスをかけてイケイケになった朱音とガスマスクみたいなものを被り、センスのないTシャツを着た天音だった。


「これが最近流行りのファッションと聞きました」


「これで誰にも寄り付かれないYO!」


「待て待て。それで行こうとするな!腫れ物扱いされるって。ただでさえ、初めての街なのに隣に変な格好のお前らがいると俺もう一生話しかけてもらえなくなるって!」


 そのまま外に行こうとする天音たちを止めて俺は必死に説得した。ここで折れたら俺の今後の異世界ライフが苦しくなるってことは分かりきっている。なんとしてでも俺はここを乗り切らなくてはいけない。


「くふふ、冗談だよ。そんな必死になって説得しようとしないで」


「ぷはぁー!暑苦しいですね、これ」


「はぁ、良かったよ。お前らが常識のある人で」


 いや、そもそも常識ある人はこんなことしないか。


「そんな本気で安堵あんどしないでよ。君も笑ってたじゃんか」


「最初はな!?でも、それで行くって考えた瞬間青ざめたわ」


 奇抜な格好に一度は笑いを持ってかれたものの街中で一緒に歩いているのを想像したら、俺たちが避けられるのは当然の理だ。


「じゃあ、もう一回待っててね。次はちゃんとしたの来てくるから」


 そして、次はサンタとトナカイのコスチュームを着てやって来た二人に「季節外れすぎる!」とツッコミを入れる。三回目でようやく普通の格好になった二人と共に俺たちは家から出た。


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