第2話 転移者が嫌われる理由

「着きました。ここが私たちの家です」


「なんというか、あれだな。おもむきがあるな」


「素直に古いし、ボロいと言ってください」


「ボロくて古いな」


「本当に素直に言うんですね」


 天音に案内され、やってきたのはオブラートに包めば趣のある、ド直球に言ってしまえば古そうな見た目の家だった。家の壁にはツタが張り付いているし、塗装もがれかかっている。それに路地裏を進んだところにあるせいか、ムンムンと蒸し暑く、薄暗い。見れば見るほど、居れば居るほど古さが際立つ。特に屋根なんか、もう吹っ飛ばされそうだし。絶対雨漏りするだろ。


「まぁ、いいです。入ってください。あ、足元気をつけてくださいね。段差があるので」


 中は想像通りといったところだ。ギシギシきしむ床、物が整理されずに道幅が狭くなった廊下、照明もついていない部屋。全てが薄暗く不気味であった。俺たちは今肝試しでもしているんだろうか。


「ここでくつろいでいてください。少し準備してきますので」


 ここはリビング……か?どこの間取りかは分からないが、ここが雑多していることだけは確かだ。テーブルの上にも謎の枯れた草や小さい石が転がってるし、本や紙だって乱雑に積み上がっている。


 長い時間待ってもなかなか来ない天音。俺は少し体を楽にしようと腕を広げた。


「あいた」


「ん?」


 腕を広げると手の甲に固い物が当たる感覚がして、その後に誰かの痛がる声が聞こえた。


「あまねー、もう連れきたのー?」


「うお」


「うお」


 目と目が合う。俺の驚きの声に対して全く同じ反応をする彼女。さっきの独り言からして天音の知り合いなのだろうが、今の今まで気が付かなかった。


「君が、例の人?」


「誰だ?」


「あ、そっか。僕は朱音あかね。はい、名乗ったから次は君の番ね」


 朱音と名乗った彼女は天音よりかは背が低く、ずいずいと距離を縮めてくる無神経さから幼稚ようちに見える。


「俺は快斗。ここに連れてこられてからずっと待ってるんだが、天音はいつ帰ってくるんだ?」


「どうだろうね。床に穴が開いて出れなくなってるのかも」


「だったら、助けに行った方が」


「冗談だよ冗談。すぐ戻ってくるよ。それよりも君のこと知りたいな。名前は快斗でしょ?なんて書くの?」


 この古い家だからこそ本当に起きそうな冗談を並べながら朱音は紙とペンを用意して俺に強引に渡してきた。とりあえず、俺はいつも通り漢字で書く。


「ほ、本物だ!

「偽物なわけないだろ」


 逆にどうやったら偽物になるんだ。


「あ、朱音。何してるんですか!」


「うわー、来ちゃったか」


「なんでそんな嫌な顔するんですか。今から快斗さんと話すので邪魔しないでくださいね」


「はいはい、分かったよ」


 ようやく戻ってきた天音は俺の隣に座ってはしゃいでいた朱音に子どもに言い聞かせるような口調で話して対面の席についた。


「朱音、準備しておいてください」


「はいはーい」


 天音は朱音に俺に聞こえない声量で話し始めた。元気よく返事した朱音は部屋を出て行った。


「では、早速本題に入りましょう。ここは説明した通り、魔法が当たり前に使われる世界で、快斗さんは別の場所から来た転移者にあたります」


「別の世界に来たっていうのはまぁ、なんとなく実感出来る。気になるのはどうしてお前らが日本語を使ってるかってことなんだよ」


 実感したくないがここが異世界だというのは、説明しがたい現実を見たら分かる。空を飛ぶ竜。天音の手から出た謎のビーム。俺はそれを過去に見たことがないし、馴染なじみのある物ではなかった。


 だから、その事実を知らされたことで驚きはしない。ただ、日本語がこの異世界で使えると言う事実に違和感を覚えた。ここが異世界なら別のよく分からない言語が使われていてもおかしくない。だというのに日本語が使われているのには何かしらの理由があるはずだ。


「それは言語がまだ定まっていなかった時代に転移者として日本人がたくさん来て言語を発展させたからですね。その名残なごりで今も日本語が使われています」


先駆者せんくしゃがいたってわけか」


「はい。それに転移者は生活水準を高めてくれたので昔は崇拝すうはいされる存在でした」


「でしたって、今はそうじゃないってことか?」


「はい。今の時代ではあなたみたいな転移者はみ嫌われています」


「なんでだ?」


「洗脳による歴史の改変です」


 天音は予想外の返答をした。洗脳?歴史の改変?そんなの……。


「そんなの不可能だろ、って顔してますね。でもそれが出来ちゃったんです」


「一応聞かせてほしんだけど、どれくらいの人がいるんだ?今この世界に」


「今ですと七十億人ほどですかね。一応増加傾向にあります」

「その人数全員を洗脳?無理だろ。俺が世間にうといからってそんな嘘つくのよくないぞ」


 仮にそうだとしても不合理的すぎる。


「嘘じゃないです。全員とまでは行きませんが六歳から上の年齢の人は洗脳にかかっています」


「信じ難いが、どうやってやるかだけ聞こう」


「誰もが所持義務を持つ冒険者カードと呼ばれる自分の適正、ステータス等が分かるものを冒険者協会貰うこと。それが洗脳されるきっかけになります」


「それだけ?」


「はい」


 思っていたよりも簡単な洗脳の方法に俺の疑念が高まった。やっぱり、俺を騙そうとしてるな?


「いまだにそんな疑いの目で見てくるのであれば実践してみましょう。快斗さん、この紙に触れてみてください」


「こうか?」


 天音が差し出した紙に触れると不思議にも紙が光り始めた。


 ……。


 …………。


 ………………。



「……快斗さん、大丈夫ですか?」


「ん?はっ!?俺なんでお前のこと」


 天音の声かけに俺は朦朧もうろうとしていた意識を呼び覚ます。気がつけば俺は天音を抱擁ほうようしていた。慌てて俺は天音の腰から手を離し、距離をとる。


「これで俺捕まったりしないよな?本当に俺は何もしてないからな!勝手にこうなっただけで」


「分かりますよ。だから、そんなに慌てないで落ち着いてください。さっきまで私が快斗さんを洗脳してました。どうですか?信じてくれます?」


「こんな簡単にかかるものなんだな、洗脳って」


「はい。ですから、冒険者カードを貰う際の生体認証にこれを組み込むことで簡単に洗脳することができます」


 身をもって体験したが確かに簡単で且つ、仕組みに気が付くことは難しい方法だ。こんなことをされれば全員が洗脳にかかってもおかしくはない。


「でも、なんで洗脳なんかするんだ?別に転移者が何かやったわけじゃないんだろ?」


 どうしても洗脳するという動機が分からない。異世界人を嫌う理由なんかどこにも見当たらないし、ただの私怨のような気がしてならない。


「確かに快斗さんの言う通りです。ただ、それはあくまで一般人の考え。権力におぼれた者は自分より優れた人たちを見てどう思うでしょうか?」


ひがみを感じるとかか?」


「そうです。そうしてその人たちは自分の権威けんいが危ぶまれると思い、洗脳で民たちに異世界人が悪であるとして自分の権威を守ったというわけです」


「酷え話だ」


「そのせいで今はもう異世界人なんかこの世界にいませんし、彼らを尊敬している人はほとんど残っていません」


 高い地位にずっといたからこそ、そこから蹴落とされるのに恐怖を覚える。やけにプライドが高い権力者がそう易々とその席を譲ることはない。ほんと馬鹿げだ話だ。


「はーい、朱音様が戻ってきたよー」


 この世の理不尽さを知り、少し気持ちが落ち込んだところでこの雰囲気とは逸脱いつだつした元気な声を発しながら朱音はこの部屋にやってきた。


「ん?どうしたの?そんな暗い顔して」


「洗脳のことについて話したんです」


「あー、確かに嫌な気分になっちゃうよねー」


「まぁ、ですから」


「分かった。よーし、次は明るい話題にしよう!」


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