第30話
また別の日。
若汐はまたピアノを披露していた。皇帝に披露する時と天候が悪くない時は基本的に東屋へピアノを移動させて演奏を披露していた。
重さは相当なものだが、この時代の宦官達は特に働き者が多い。それに皇帝に付き従う御前侍衛達も同じく皇帝への絶対的な忠誠を誓っている者達ばかりだった。
だが、全員とは限らない。邪な心を持つ者は世の中にはどうしても存在してしまう。
それが第2の事件に繋がってしまった。
若汐は演奏を披露し、ピアノを片付ける際は必ずその宦官達の様子を近くで見ていた。場所は専用の場所を作るように乾隆帝に頼んではいるものの、未だ郎世寧に弾くことを頼まれた場所と同じ場所。ピアノ置き場の完成を待つ他なかった。そんな中、若汐は1人の御前侍衛に呼び止められる。
「蓋がきちんと閉まっていないようでして…。」
「確認したけどそんなことなかったわよ?」
「そう言わず一度、倉庫で見てもらえませんか?」
やり方を知るのは若汐ただ1人。行かないわけには行かず、言われた通りに倉庫の中に入り確認をしてみる。蓋はやはり閉められており、御前侍衛の見間違いだと安心した。
その瞬間、勢いよく扉を閉められ鍵をかけられる音が若汐の耳に届いた。
まだ若汐は倉庫の中に入ったままである。つまり閉じ込められたのだ。
やがて煙の匂いがした。放火されたのである。
(やられた…!これが狙いだったのね!)
咄嗟に持っていた布で口を覆い、煙を吸い込まないように倉庫の奥に入ってしゃがみ込む。
確か、飛行機に乗った時にこんな案内を客室乗務員の人がアナウンスしていたような、という僅かな記憶を掘り起こして。
これが高貴妃の仕業なのかまでは分からないが、誰かの差金であることは明白だった。
若汐はどうにか自分の力で脱出しようと試みるが、寝殿ほどでなくともここは確か金属製の鍵で管理されていたはずだ。
(自力で脱出は不可能だ。春海が私を探しているはず。ここは倉庫ではあるけど、材質は薄い木だ。ならば。)
スゥと大きく息を吸い込む。
煙まで吸い込むことになるが、まだ放火されてそこまで火の手は回っていない。
何よりこの状態のままだと自分のことよりもピアノが危ない。
お構いなしに若汐は声楽で鍛えたありったけたけの声量で春海の名を呼んだ。
綺麗に響かせるというのは声楽では基本ではある。しかし、それよりも大切であり基本なのは声量だった。この時代のこの国の人間では出来ない方法で若汐は試みた。
「春海ーーーーーー!!!!!」
腹式呼吸を存分に活かし、若汐はこれでもかというほどの声量で円明園にその声を響きわたらせた。
しばらくすると、バタバタと慌てた声が閉じ込められた扉の近くから火事だ!火事だ!と騒ぎ立てる声が倉庫の奥にいる若汐にも聞こえてきた。
どうやら自分の声が春海が居た所まで届いたようである。
すぐにでも脱出できるように若汐は扉の近くで待機をしていた。
「若汐様!?もしやいらっしゃるのですか!?」
「閉じ込められたの。私は倉庫に居るわ。」
「すぐに消火しして鍵をお持ち致します!お待ちください!!」
春海は鍵を持つ御前侍衛の元へと走った。
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