驚愕の邂逅

第14話 

──若汐ルオシーにとって青天の霹靂と言うのならばこの日の事であった。

 円明園にて西洋式の噴水が建設されることが正式に決まった。

郎世寧が懸念していたことが全てどうにか片付いたのである。

 懸念材料を無くすべく日々追われていた郎世寧。

宮廷画家としての仕事は二の次。

 その手伝いを郎世寧付きの女官として若汐も行っていた。


「女官としてではない仕事も任せてすみません。」

「謝罪なさらないで下さい。するべきことをする、それが女官でございます。」

「若汐は文句を言いませんね。良い人デス。」

「文句を言う宮女が居るのですか?」


 一休みとばかりに郎世寧は座る。

場所は円明園の一角。

 本来、彼は宮廷画家であるので円明園に長く留まることはないはずなのだが彼は円明園に留まっている。

 何故長く留まることが難しいのかというと、離宮というだけあって紫禁城から遠いからである。

 ただ絵画を描く環境がここは合っているからよく来ている、というだけできちんと紫禁城に彼が居るべき場所は設けられている。

 仕事の作業効率をよくするという理由で乾隆帝から円明園で作業をするという許可を得ていたのだ。

若汐が例によってお茶を運んできており、それを一通りの動作をした後に飲む。

匂いからしてまさかと思いながら口にする。

──紅茶だ。

しかもこれは飲んだことのない味だ。

 もしかすると、イタリアでは飲んだことがあったかもしれないが。

いつもとは違う茶の味が郎世寧の舌に染み渡った。

 茶の歴史は古くからあるが、この時期の紅茶はチャノキの葉から作られたものが紅茶としては主流であった。

現代の紅茶はツバキ科ツバキ属の常緑樹から取られたものだ。

 郎世寧が今飲んだのはそちらの方である。

 若汐のピアノの師は紅茶が大好物であり、マニアといっても過言ではなかった。

 師から製造方法から教えられ、実際に作らされたことが何度もあったのである。

 その為、女官長から許可を得て該当する植物を調達し若汐は密かに製造していたのだ。

ピアノのレッスンよりもそちらの方が大変だったと若汐は思い起こす。

普段、郎世寧に世話になっているお礼のつもりで用意していた。

──普通の宮女ならあり得ない発想だ。

いつもこの少女には驚かせられてばかりだと郎世寧は感心していた。


「掟でも悪口は御法度なんですがね…円明園は紫禁城から遠いですし、陛下が来ることはそこまで多くはありませんから。気持ちが緩まっているようデス。」

「それはよくありませんね。」

「えぇ。よくありマセン。」


 郎世寧は小さくため息を漏らす。

若汐の笑みは変わらず崩れることはない。

 気品に満ちた笑みはいつか皇帝すら虜にするのではないか。

彼は密かにそう思っていた。

 若汐という少女の評判は円明園でも紫禁城でも特筆良いと言う訳でもなく、悪いと言うわけでもなかった。

 至って普通。

ピアノが弾ける女官ではあるがただそれだけである。

良くも悪くもないごく普通の宮女。

 それがどれほどこの時代では大変か、それを知るのは若汐と郎世寧のみだけだ。

 彼女自身、決して目立つことはしないように心がけている為にその評価はされ続けていた。

 悪いことをすれば罰が待っており、皇帝が気にいるようなことがあれば後宮が待っている。

どちらもごめん被る。

若汐は日々そう強く思っていた。


「午後から円明園の噴水工事が始まりマス。設計には私も携わっているので工事に加わりマス。若汐には細かな仕事を任せたいと思っていマス。」

「かしこまりました。」


 歴史通りに事が進んでいる事実に若汐は少しだけ胸を痛めた。


──イレギュラーは自分だけだ。


 自分だけおかしな時代と時間に居ると彼女は常日頃感じていた。

 時代に適応してきたものの、本来ならあり得るはずもないイレギュラーな存在なのが若汐という少女だ。

例えたった1曲で皇后の心を動かそうともその孤独は晴れることはなかった。

 時代が動き出しても自分の中の時間が進むことはない。


──それは音楽への情熱を失ってしまったあの日の気持ちにそっくりだった。















































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