湊の場合➄
出産前の計画では、一花が三ヵ月までは詩が産休育休を取り、四ヵ月から六ヵ月までは湊が育休を取る予定だった。
しかし、詩のSOSを受け取ると、湊は少し早めに、一か月ほど前倒しで育休に入れるかどうかを上司に相談した。
湊の直属の女性年配上司の
湊の隣の席で、結婚・出産を全否定している光葉とも思考が似ているせいか、仲が良い。
では、何故すんなりと育休が取れる予定だったのか? と言えば。
それは会社の社会的アピールのため。
今や九割が
つまり、社内で一緒に仕事をする人間にとって、湊と詩の存在は、自分達の
そして、今。湊は育休延長のお願いをしたところ上司の鶴橋は不機嫌そうに「は?」と眉を顰めドスの低い声を出した。
「……東雲さん、家にいるんでしょ? 別に病気でもケガでもなく、ただ赤ん坊の世話に疲れているだけなんでしょ?」
「ええ、そうなんですけれど……妻が、ちょっと精神的に参っていて。一人にさせるのも心配なので僕もサポートに入ろうと思いまして……」
「精神的に参っているって何? それ分かっていて、覚悟して、勝手に子供を産んだんでしょ?」
そうハッキリと言われてしまっては、湊も何も言えなくなった。
「あのね、君が三ヵ月も育休をとる事だってこっちとしては迷惑なんだよね。その間の君の仕事をエミリに全部任せたけれどさ。その間、昼夜フル活動で働かせてさ。……私、ごねる社長に何度頭下げたと思う? エミリはとても優秀だけど、高性能アンドロイドだからコストも滅茶苦茶高いのよ? 君が働くよりもね。それでエミリにもう一か月もフルで働かせようとすれば、誰が社長に頭下げんのよ。これ以上、社長の機嫌を損ねると、君の立場も危ういと思うけれど?」
結局、鶴橋から許可は貰えずに定時の時間になった。
「あ、5時。はいはい。定時上がりの人は退勤してくださーい」
嫌味を言われ、小会議室から追い出されてしまった。外へ出ると、エミリが立っていた。握りこぶしを作って。
「下村さんっ! 私はアンドロイドですから、充電すれば、いくらでも働けますから! 延長して育児休暇を取ってください! パ……社長にも、お願いしますよ!」
そうまくし立てるエミリの背後で、光葉がクスクスと笑っていた。
「下村君、大変そー。やっぱり、結婚して子供なんて持つんじゃないわー」
光葉以外の同僚も口には出さないものの、白い目で湊を見つめ、それから素知らぬ顔して業務を続けている。
湊の口から乾いた笑いが零れた。
――人間がこんなにも冷たくて、アンドロイドが優しい世の中だなんて……。
これじゃあ、誰だってアンドロイドに縋るのも無理もない。
子供が生まれなくなるのも、分かる。
湊も一瞬、自分に健気に味方してくれるアンドロイドのエミリに気持ちが揺れ動いてしまったくらいだ。
外では子供を産んだ事で白い目で見られ、馬鹿にされ、家に帰れば一花は可愛いが、不機嫌な詩が待っている。
湊は自分が理想としていたアンドロイドに頼らない生活は甘かったのか、と思ってしまうほどに心が曇っていた。
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