湊の場合
その名も『次世代育成総合機関・
今から約60年前の2060年代。
若者の恋愛・結婚離れがピークに達した。
理由は今、目の前にいる若者達が体感している感覚と同じだろう。
生活スタイルの変化への不安。婚姻による自由の損失。結婚後の生活資金への不安、漠然と結婚に意味を見いだせない、コミュニケーション不足によって伴侶を見つけ出せない、自身の育った家庭環境などなど……。
2065年には子供の出生率が50万人を切った事により、日本政府は一時的な救済策法案を生みだした。
『
政府は成人した健康な男女に卵子と精子を最低一回は
義務を果たした男女には、多額の謝礼金が入り、それ目当てに何度も提供する若者もいたほどだ。
提供された卵子と精子は、ある程度優秀な子供が生まれる様に、AIが選んだ組み合わせによって生まれる。
こうして、一部の子供は母体を通さずに生まれる様になったのだ。
これにより、日本の子供の出生率は2090年には80万人まで回復する。
しかし。政府としては一時的なもの、と捉えていたこの救済策法案。
年々、結婚する男女は減り続け、2100年を越える頃には
湊も、その一人。
物心ついた時から親はいない。
施設・希望の園で働く多数の保育士達が親代わり。
稀に子供を育ててみたいという奇特な大人が子供を連れて行く事はあったが、基本的に高校を卒業する18歳までは、この希望の園で育つ。
湊も何百人という、多くの同胞の子供と共に育った。みんなで寝起きし、朝ご飯を食べて、学校へ行く。
帰ってきて、みんなで遊んで、晩ご飯を食べ、お風呂に入り、就寝。
希望の園はいつも安全で清潔で、溢れるほどの樹林が施設内外に植えられていて温かみがあり、動物園や水族館、図書館、映画館、ショッピングモールも併設されて、一つの小さな街のようだった。
生活活動は九歳になると基本的に自由。
優秀な成績を残したり、兄弟の世話、保育士のお手伝いをすれば、配給以外のお小遣いも貰えて、お菓子や玩具もゲーム、漫画も何でも好きに買ってよい。
男女は同じ施設の中でも別々に育つ。
ただし広大な庭は繋がっているし、共同の施設で自由に遊ぶのも許されていた。
しかし施設で育った妙齢の男女は、お互いに「恋愛感情」や「性的な接触」を持つことは少なかった。
男女とも現実の異性は「友人」止まり。
みんな幼い頃から俳優や芸能人、スポーツ選手、二次元のキャラクターに恋をした。
そちらの方が魅力的で自分の「理想の恋人」だからだ。
――先人達も幼い頃は理想に憧れ、恋する事はあっただろう。だがある程度成長すると現実の異性に惹かれ始めたりもする。
しかし、現在の子供達はずっと理想を追い続けた。
性格が大人しい者同士、野球もサッカーも鬼ごっこもせずに、いつもアニメや漫画・ゲームの内容を庭園の隅っこにある石階段で語り合っていた。
中学生になった湊と陸斗。
いつもの様に駄菓子を持ち寄り、昨日見たガールズバンドのアニメについて熱く語り合おうとしたところで、湊は陸斗がお菓子を持ってきていない事に気が付いた。
湊の手にはポテトチップス。それを開けると手ぶらの陸斗は湊よりも先に二枚つまんで口に放り込んだ。なんだか良い気分がしない湊。
「……なんだよ陸斗。今月のお小遣い全部使っちゃったのかよ」
「いや、俺さ、決めたんだよ」
ちゅぱちゅぱと、指についたポテトチップスの欠片を舐める陸斗。
それから頬を染め、
「俺、綾乃ちゃんと暮らすために、金を貯めるんだ」
「お、おおー……!」
「彼女こそ、俺の永遠の彼女だ!」
「陸斗、わかる。わかるよ」
「湊なら、分かってくれると思っていたよ」
満面の笑顔の陸斗。
――綾乃とは、今話そうとしていたガールズバンドアニメに出てくるキャラクター。
黄色い髪をツインテールした、おっとりとした天然口調なのにドラムを叩くと人が変わった様にかっこよくなる女の子。もちろん美少女。
「湊は? やっぱりギターの陽菜ちゃん??」
「うーん、僕は陽菜ちゃんが推しだけど、まだ一緒に暮らすってほどじゃないんだよね……」
「湊は理想が高いな」
「また来期のアニメでもっと好きなタイプの子が出てくるかもしれないし」
「俺は、綾乃ちゃんに一筋! 絶対に大人になったら綾乃ちゃんと暮らす!!」
目を輝かせてそう言っていた陸斗。
今でも時々会っているが、陸斗の彼女は綾乃ちゃんではなく、一年クールで代わっている。今は人気アニメグッズの転売ヤーとして生計を立てながら、昨年流行ったアクションゲームキャラの女神と暮らしているそうだ。
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