湊の場合②
少年の頃はひょろっとした体形だった陸斗。
今は年々太り続け、無精髭に白髪も数本生えている。
その姿を見て、自分も気をつけなければ……と心の中で思う湊。
花の金曜日の夜8時という時間帯、価格の安いチェーン居酒屋は若者を中心に賑わっている。
湊と陸斗はカウンター席でビール片手に乾杯をし、背後のお座敷席では大学生らしき男女の集団が、奇声や怒声を上げながら盛り上がっていた。
陸斗はその声に迷惑そうに顔を顰めていたが、湊にとっては、そのくらいの騒音がちょうど良かった。自分の声が掻き消されるくらいのフルボリュームが。
「いや~、なーんで若者は集団になるとウオーッとか、ギャーッとか叫ぶんだろうね。俺たちが大学生の時は陰キャだったからあんな時代なかったけどな。で、湊。最近はどうよ? ついに彼女をゲットしたか?」
「結婚した」
陸斗が飲んでいたビールを盛大に吹いた。
ちょうど通りかかった若い女店員が慌てて大量のおしぼりを持ってきてくれてくれた。
「な、な、なんだって~!?」
「6月に結婚したんだ。しかも妻が妊娠したのが分かったのが三週間前。――いや、本当に生身の女性は避妊しないと妊娠するんだね。僕は感動したよ」
「は、はあああああ!?」
湊の発言に、思考がついていけない陸斗。
「ちょ、ちょっと待て」
陸斗は頭を抱えてカウンターに俯いた。しばらくしてから頭を上げ、
「正気か?」
と、いつになく真顔で言葉を投げかけてくる。
「正気も正気。結婚したくて結婚して、子供が欲しくて、妻が妊娠した」
「なんで?」
「そんなにおかしい事かなぁ? 昔は結婚をしない人間の方が不思議がられていたのに。みんな躍起になって、結婚は良いものだって言われていたくらい自然の行為なのに」
「そりゃあ、女が産まなくちゃ子供が減る時代だったら普通かもしれない。けどさあ、子供が母体を通して生まれなくなった今では結婚して子供を産み育てる行為は、お前の人生にとって百害あって一利なしだぜ? 社会進出の妨げや経済的負担、親としての責任という精神的負担、希望の園で育たなかった子供はマイノリティーな出自に後々、精神的に不安定になるとも聞くぞ」
陸斗も光葉と同じような事を言う。
必ずそうであると断言して。
しかし、湊は疑問なのだ。
なぜ、みんな自分が体験・経験した訳でもないのに「悪い」と決めつけるのだろうか。
「百歩譲ってさぁ、結婚は良いよ。でも、子供はさぁ……無理ゲーだろ?」
「お前、授かった命をそんな風に言うなよ。今日は上司にも無事に生まれたら育休を取る話もしたんだ」
「イクキュウ??」
「育児休暇の略。奥さんと三ヶ月交代で面倒みるんだ」
「げっ……!」
陸斗は何か言いたげだったが、きっとこれ以上の発言は湊の心証を害すると判断したのだろう。もぞもぞとビールジョッキの取っ手を弄くった後、その言葉を飲み込む様にビールを飲み干した。
お互い無言になる。
背後の若者達の喧騒だけが、二人の耳に入ってくる。
「……そっか。だからお前は……アンドロイドを作らなかったんだ」
ぽつり、と陸斗は言った。
「子供……生まれたら、見に行ってもいい?」
「いいよ。今の時代、なかなか赤ん坊を見れる機会ないだろう?」
陸斗は苦笑いを浮かべた。
それから、久しぶりの飲み会は盛り上がることもなく、21時には解散をした。
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