湊の結婚報告
「
同じ総務課のエミリが湊の席までわざわざやってきて祝辞を述べた。彼女は湊の直属の部下。色々と面倒を見てきた娘だ。
明るい桃色のショートボブ。愛くるしい幼顔のエミリ。おしゃれやメイクが大好きで、人一倍流行に敏感。同じくらいボディメンテにも気合いを入れていて、エミリの立ち振る舞う姿は一つ一つがモデルの様だ。
いつも凝ったネイルをしているが、仕事は効率的で正確だし、データ入力スピードで右に出るものはいない。
やることはちゃんとやる。仕事のオン・オフをしっかりと持っている子だ。
ちなみに社長の恋人でもある。
これは暗黙の周知。
「ありがとう」
湊は思いもよらぬ祝辞に小さく会釈した。
「結婚式とかするんですか? えーっと、確か結婚式って……白い服を着て、ご飯食べたり、歌ったり、お金とかお餅を投げて、それを拾った人がお酒を飲んだりする儀式でしたっけ??」
今は2123年。『結婚式』がほとんど行われなくなって30年ぐらいが経つ。だから結婚式がなんなのか、知らない若者が多いのだ。
(エミリには他にも結婚式を知らない理由があるのだが……)
「いや、しないよ。呼ぶ人も親もいないし。ただ、籍を入れるだけ」
「そうなんですね~」
「……下村君って変わってるね」
エミリとの雑談に急に入ってきたのは、湊の隣の席にいる
湊よりも8つ上の37歳。
思ったことは口に出して自分の考えを論破しないといられないタイプ。あまり評判は良くない。
光葉はハッと軽蔑めいた声をあげれば、
「
と、辛辣に、世の中の過半数以上の人間が声に出さずとも思っている意見をハッキリと述べた。
「……僕たちはお互いが子供を欲しいと思っていますので。そのためにも結婚は必要なんです」
湊の言葉に、光葉は信じられないとばかりに驚いた表情をする。
「子供!?」
「ええ、東雲さんと結婚して、家族になって、自分達の子供が欲しいんです。……おかしいですか?」
光葉は向かいの席に座る、湊の同僚の後藤に声を掛けた。
「後藤君、君って自分の子供欲しい?」
「は? なんでそんな罰ゲームをしなくちゃいけないんですか?」
更に、通りかかった大人しい庶務の佐々木さんにも声を掛けた。
「佐々木ちゃん、あんたは自分の子供欲しい?」
「え……? い、いえ。私は恋人がいれば、自分の子供は別に……」
光葉はこれが一般的だ、と言わんばかりに自信満々に湊を見た。
「どうして、そんな苦労すると分かっていることをしようとするの? 結婚制度が破綻しているのは、もう50年以上も前から分かりきっている事じゃない。もしかして、年配上司達の受けを狙っているとか?? 確か……副社長とか、営業部の豊川さんとか、結婚していたよね?」
「受け狙いで人生は掛けられないよ……。それに東雲さんは営業部のエースだよ。わざわざ、子供を生むという、今の社会では超不利になることをしていて、会社で有利になるとは思えないでしょ?」
「じゃあ、なんでそんなに結婚したいのよ。まったく理解出来ない。独身は最高よ。恋愛も自由。趣味もし放題。好きなことをいつでも好きに出来て、いつまでも自分らしく楽しく暮らしていけるのよ?」
ちょうど就業のチャイムが鳴る。
湊は光葉の言葉を遮るように立ち上がり、言った。
「今日は役所に婚姻届けを提出に行くから、定時に上がりますね」
「あ、ちょ、ちょっと……!」
周囲の奇異な視線を受けながら、湊は鞄を持つと脇目もそらさずに会社を後にした。
エミリだけが「いってらっしゃ~い♪」と明るく湊を見送った。
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