第3話 旧交
アマーリエが糾弾されたように悪行を重ねて聖女を追い詰めていたかというと、それは誤解だった。
異世界から来た少女にこの国のことを教えていただけであるが、聖女も突然の環境の変化に適応するだけでも大変なのに、その上この国の国家安全を背負わされ、しきたりや礼儀作法など詰め込まれて精神的にもたなかったのだろう。
アマーリエが礼儀作法を教えていた時にいきなり泣き出して、しばらく学園に来なくなってしまった。
それをアマーリエが厳しくしたからだと言い出したのは取り巻きのうちの一人だった。
その一人は手の平を返したかのように針小棒大に噂を拡めたので、アマーリエの周りからは徐々に取り巻きが減っていった。
そして、その噂は第二王子の耳にまで届き、彼はそれを鵜呑みにした。
恐らくその裏で、父兄の謀略があったのだろうとアレクシアは推量している。
今までは宰相の娘が第二王子と婚姻をして益々盛栄するのを側で見ているしかなかったが、聖女が来たことで趨勢が変わろうとしていると見てとったのだ。
今は何の後ろ盾のない聖女に取り入れば、国王家との縁ができるかもしれない。
かくいうアレクシアの叔父も自分の娘を聖女の元へ通わせるようにした。
だから、アレクシアがアマーリエの側にいても取り立てて言われることもなかった。
何かあればいつでも切り捨てられるから。
だから、卒業パーティーでアマーリエを庇う発言をしたアレクシアは、あっさりと領地の隅にあるテルフスへと放逐されたのだ。
「いつ頃いらっしゃるのでしょうか」
「私の都合に合わせると書いてあります。近いうちの方がいいですよね」
この地方は九月にもなると日が落ちるのが早くなり、夕方でも暖炉を使うこともあるのだ。
八月の暑いくらいの訪問が一番負担が少ないだろう。
日にち指定して返事を出すと、了承の返信がすぐに来た。
まだ半月もあるが、それまでにこの屋敷の清掃とお迎えする準備をしなくてはならないので、その日はあっという間に来てしまった。
四頭立ての馬車は二台連なって到着した。
来るのはアマーリエと付き添いと従者が数人だろうと目算していたので、せいぜい一台ぐらいだろうと思っていた。
クラウスが玄関先で出迎え、ホールに通されたアマーリエは零落したとはいえ、やはり公爵令嬢だけあって、その場にいるだけで空気が変わる。
「ようこそ、アマーリエ様」
「お久しぶりですね、アレクシア様」
手紙では何度もやりとりをしていたが、最後に会ったのはあの卒業パーティーなので、実に一年振りの再会だ。
駆け寄って手を取り合って旧交を温めていると、不意に彼女の背後に身なりの立派な男性が立っているのに気づいた。
アレクシアの視線を追ったアマーリエは、紹介しますとその男性を前にした。
「この方はリグリナ王国のパルマノヴァ侯爵、ロレンツォ・バスティアーニ様です。わたくしの婚約者です」
「え⁈」
思わず出たのは驚きの言葉だけだった。
応接間は正面の庭を見渡せる。
開け放った窓からは暖かい風が葉や土の香りを運んでくる。
「……そうだったのですね。でも、素敵な方とご縁があって良かったですね」
「ええ。今の領地に移る時にはどうなることかと思っていましたが、そのお陰で彼と出会うことができました。近いので行き来にはとても楽なのですよ」
第二王子はアマーリエに中央にいて欲しくないので国王に頼み込み、公爵家ごと辺境へと追いやった。
だが、それで隣国の王家の血筋を引く有力貴族と知り合う機会があり、新たな縁を結ぶことになったのだ。
災い転じて福となすとよくいうが、これもそうなのだろう。
パルマノヴァ侯爵は先程まで一緒にお茶を飲んでいたが、二人の旧交の邪魔をしてはいけないと気を遣ってか、庭の散策に行った。
少しの間しか話してはいないが、誠実そうでしかもアマーリエのことをとても大事にしているのが端々から伝わった。
おまけに、馬車一台分のお土産まで用意してくれて、今従者が積み下ろしているが玄関ホールに山となって置かれている。
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