第4話 望んだ幸せ

 互いの近況を語り合ううちに、アマーリエの雰囲気が以前よりも柔らかく、笑顔が増えたようにも見えた。


 これが幸せオーラなのだろうかと、見ているアレクシアまで微笑ましくなる。


「一年前は、いいえ、婚約者候補に挙がった時から苦しかったのです。貴族ですので政略結婚は拒むことはできないとわかっていたのですが、わたくしとリヒャルト様はもうずっと馬が合わなかったので、あのままで成婚してしまったらどこかで何かが破綻したと思います」


 幼い頃から決まっていた婚約だが、本人同士というより政治的なバランスが重視されたものだった。


 それでも国のため、家のため、我慢をして取り繕わなくてはならなかったのだ。


 その重責はいずれどこかで本人を押し潰してしまうことが、聡明な彼女には見えていたのだろう。


 だからその重りが取れた今は晴れやかに、本来の彼女の笑顔になっている。


 抗いようもないことで長く辛い思いをした分、幸せになってほしいと思う。


「遅くなりましたが、この度はおめでとうございます。末永くお幸せでありますようにお祈り申し上げます」


 少しばかり形式ばってしまったが、アレクシアは心からのお祝いの言葉を述べた。


「ありがとう、アレクシア様」


 満面の笑みを浮かべるアマーリエは眩いばかりの美しさだった。


「アレクシア様はどうなの?」


 浮いた話の一つや二つができればいいのだが、この一年は屋敷の修繕や整理に追われるばかりで何一つ報告できることはない。


「でも私は穏やかなこの生活が気に入っております。叔父の所にいても役に立てそうにはありませんので、両親の信託財産で細々と暮らしてゆきたいと思います」

 両親が亡くなって、それなりの資産を残してくれたお陰で、叔父からの雀の涙程の仕送りでもどうにかなっている。


 できれば、いずれこの屋敷でピアノかマナーの教室を開いて生活の足しにできたらいいとも考えている。


 ささやかな野望の告白だ。


「きっとうまくいくわ。だって、ここは居心地がいいもの」


 一年かけて手を入れてきたこの屋敷を褒められて、嬉しくはあったがどこかこそばゆい感じもして照れ笑いを浮かべた。


「聖女様が現れてから色々な人が手の平を返して離れてゆきましたが、貴女だけは側にいてくれました。それがどんなに心強かったか。だからこそ、貴女にも望んだ幸せが来るように願います」


 アマーリエの言葉は最上の親愛の言葉だった。


 望んだ幸せ。


 誰かに押しつけられたものではなく、自ら願ったことが叶うこと。


 その時にこの人はきっと喜んで祝福してくれるだろう。


 アレクシアがお礼を口にしようとした時だった。


 馬蹄の響きが聞こえて、言葉を呑み込んでしまった。


「失礼致します、アレクシア様」

 部屋の隅で控えていたクラウスが離れる許可を乞い、様子を見に行った。


 今日はアマーリエが来るので、来客など入れていない。元より、来客は滅多にないが。


「アレクシア様、是非お会いしたいという方がいらしております」

 戻ってきたクラウスはわずかに顔を強張らせて雇い主であるアレクシアに告げた。


 本来なら、すでに来客中なので執事がてい良く断るのも仕事のうちなのだが、こうして報告しにきているということは彼の仕事の範疇を上回る事態だからだろう。


「どなたがいらしているのですか」


「リヒャルト殿下です」


 傍らでアマーリエが息を呑むのが聞こえた。


 彼女の元婚約者がなぜここに来たのだろう。そして、なぜ今なのだろう。


 ふとそんなことが頭に浮かんだが、熟考の暇はない。

 この国の第二王子を玄関先で待たせたままにしておくことはできないのだ。


 横を見ると、アマーリエの顔色が引いている。


「大丈夫です。クラウス、アマーリエ様と庭にいる侯爵を二階へ案内してください」


 アレクシアは応接室を出て、誰もいない廊下で大きく息をついた。

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