特異な日
頭野 融
第1話
新しいゲームが発売された。昨日。私が小学生だった頃とは変わって、ソフトはダウンロードのものが普及してきた。親をせっついておもちゃ屋や家電量販店に行くというイベントは無くなってしまったのかな、いまの子供たちは――そう思いながら、試運転と称したクーラーの効いた部屋でダウンロード画面を見つめる。完了。やるかあ。
だいたい人生ってのは上手く行かなくて、親がめずらしく回転ずしに行こうって言った日に限っておやつにポップコーンを食べ過ぎていたり、地元の夏祭りに幼馴染に誘われた日が幸か不幸か勝ち進んだ地区大会の決勝戦と被っていたりする。だけど、今回は違った。大学三年生ともなった今、レポートに追われているはずなのに、昨日の1限と3限が偶然同時に休講になったことで、レポートが進み、なんと土日両日ともに暇なのだ。しかも高校生のバイトの子が夏に向けて稼ぎたいと言って土日のシフトを増やしているから、私はお払い箱になった。その代わり平日が地獄なんだけど。まあ、そういうことで私はカイリャンに行こうと思う。昔のアジアの大陸を思わせる舞台を駆け回る話題の新作だ。前作から7年ぶりらしいけど、それをやった覚えは無い。だから1タイトル飛ばした計算になる。
この山めんどいな。後でいいか――私は昼ご飯を忘れていたことに気づいたが、同時に自分が楽しようとしていることにも気づいた。だって、こんな足場の悪い道で距離も長い。それに大した植物も獲物も鉱石も無さそうだし。オープンワールドって自由度高いから、ある意味疲れる。ゲームで疲れるなんて嫌だ嫌だ。なんとなく自分に負けた気がするので、折衷案で途中まで山道を行くことにした。飽きたら、歩くのは止めて脇道でバイクにでも乗るか。そういえば山ってよく人生の喩えに持ち出される。いま、何合目ですね、振り返ってみればけっこう高いところまで来ていて、というように。私の場合は22だから、2合目くらいだろうか。いや、8合目まであるような山かは知らないけど。
湧水を見つけたので飲む。あと水筒にも溜めておく。水もよく喩えに使われるな、そういや。水は低きに流れますが、皆さんは困難な道を選びましょうみたいな。水筒を水面から出したタイミングで予備校時代のチューターの顔が思い浮かんで笑ってしまった。嫌な気持ちにならなかっただけマシか。腰を上げて、もう一回歩き出すと何やらがいる。人って言っても、もちろんCPUなんだけど、まあそんなのは良い。どうやら、この先に困っている老人がいるらしい。ああ、こういうイベントというかストーリーみたいなのもあるんだ。色々と変わったんだな。どうせ、そんなこと言ったって面倒ごとに巻き込まれるんでしょ。人間ってみんなそう。そもそもそれだったら、お前が助けに行けよって話。その髪型もなんかムカつくしさ、とここまで考えたところでCPUだったことを思い出した。ゲームと現実の区別が付かないようでは、いけない、いけない。人間不信なのがゲームの世界で、現実は違ったらよかったのに、と思う。窓の外が赤くなっていた。ちらっとマップを見ると思いのほか遠くまで来ていた。
まだ、芯の残っているパスタを食べる。出来合いのボロネーゼのソースが、ちょっと高いやつなおかげでおいしいのがせめてもの救いだ。パスタも茹でられないの? と、トゲのある声が脳内再生された。今はどうしているだろうか。立派にやっているのは間違いない。その声のまま、ソーヤは私に興味無いんでしょ、知ってるよ。私の話聞いてるときもそういう顔してる。だから、扱いがぞんざいなんでしょ。どうでもいいんでしょ。潤んだ瞳がぱあっと目に浮かんだので考えるのをやめた。やめれるはずはなくて、興味、興味はあったと思う、とか、扱いも頑張った方だよ、と当時の脳内が再現される。でも、あれかな。パスタが硬くても気にならないのは興味が無いからかもしれないな。こうして気づきがまた増える。食べ終わったし、ボロネーゼのソースは落ちづらいから、とりあえずお皿を水ですすいでおこう。こういう言いつけは覚えている。蛇口を捻って、湧水だったらこんなカルキ臭くないのに、なんて思う。
地震だ。最近はコントローラーの振動機能も進んだらしい。本当に地面が揺れているのかと思った。これもイベントの一つなのか、木の下には木の実がたくさん落ちていたり、驚いたネズミがうろちょろしていたりと、再現度が高い。そんなことはそこそこに街の方に歩いていると、次は若い女が話しかけてきた。あなた、山から来たの? ジーラは生きている? どうやら切羽詰まった口調で問い詰めてくる。そんな名前の人は知らないと言うと、知っているでしょ! 山に唯一住んでいる人間よ、と言う。ああ、あの人はそんな名前だったのか。私の返事を待たずに女は続ける。足が悪いから絶対に逃げられていないわ。それにぼろっちい山小屋だもの。面倒くさくなって私は会話をやめるコマンドを選んだ。やっぱり、ゲームだなと思う。都合の良いタイミングで何も無かったことにできる。こういう機能が現実にも欲しい気がする。それとも、満足のいくまで全てを消してしまうだろうか、私は。このあともゲームをしていたら空は明るくなっていた。なんとなく眠くなったから寝る。
ワンモァ ツァイム フォア ヤァ
アイ ワナ スィ ヤァ アゲ――
これ何の曲だ? 最近、洋楽は聴かなくなった。そもそも音楽を――。画面を見ると親と書いてある。ああ、着メロだっけ。電話なんて久しぶり過ぎて忘れていた。
ヤ ドン ハフトゥ トー
アイ ワナ スィ
うるさいから取った。ちょうど切れた。まあいいか。カイリャンに行こうか。そう思ってテレビを点けると、九州で豪雨があったらしい。画面の中では見覚えのある川が泥水に染まっていた。
特異な日 頭野 融 @toru-kashirano
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます