鬼の住む家~9歳から13歳までを奴隷のように生きた私の話~

@riumachiko

第1話 地獄へのカウントダウン

 そもそもの始まりは私がまだ5歳の時までさかのぼる。

私の母は、私の父と14歳差で、3つ上の兄を妊娠したことで結婚する。

母は、20歳で兄を産んだ。その後、もう一人妊娠したが、金銭的な余裕がなくその時の子は中絶するも、一人で遊ぶ幼い兄の姿を見て遊び相手が必要だと感じ、私を産んだ。


 私の父は長距離トラックの運転手で、家に帰ってくるのは盆と正月くらいだった。

幼い私は、父を父として認識することは難しく、父が帰宅した際には人見知りで泣いていたそうだ。

 そんな父は、女と金に兎に角だらしない人で、家に帰ってこなかったのも仕事だけではないようで、女が家に「泥棒猫」と怒鳴り散らしにきた事もある。

家に来るのは不倫相手の女だけではなく、近所の人が「お宅の旦那に金を貸した」と何人も訪ねてきた。


 父からの仕送りが段々と減っていき、母は夜スナックで働くようになる。

夜は、幼い兄と私だけ。まだ、母が恋しい時期の幼稚園に通う兄と物心つく前の私だけの大人の居ない夜の家は不安で辛かった。

教えられていた母の勤務先に何度も何度も間違いながらやっとの思いで繋がった電話で、「寂しい帰ってきて」と泣いてお願いしたことか。それでも仕事だから寝て待っていてと言われるので私の願いは叶わなかった。兄は母が居なくても寝ているし、私はそれがまた寂しくて怖くて不安で3歳程度では対処しきれない心のしんどさを感じていた。


 私が4歳になり、兄が7歳を迎える年の春、兄の小学校の入学式があった。

私は運悪く水疱瘡で一人家で留守番をすることになってしまった。

親戚のおばさんが様子を見に来るからと聞いていたが、結局誰も家には来なかった。

私は一人、怠い体とお腹に出来たブツブツを触りながら背が足りなくて外が見えない窓の下半分のすりガラスの向こうを何時間も見つめていた。

 心細さと、それとは裏腹にボーっとする頭で悲しい気持ちは少し半減された。


 そんな生活が続いたある日、父が正月に帰宅していた時だっただろうか、久しぶりに帰宅した父だったが、飲みに出かけてしまい、それに腹を立てた母は、子供を残して自らも飲みに出かけてしまう。

 夜中に帰宅した父が、子供だけが家にいることに驚き思いつく限りの飲み屋に電話をして母を自宅に帰らせた。そこからは醜い争いのスタート。

そもそも母がお水をしてる事を知らなかった父が、子供を置いて夜中に働くなんてどういう神経しているのかと最もらしい事を言い、それに対して母がアンタの仕送りが減って生活が出来ないからだろうと言う。

 言い争いの末、父が母をお菓子の箱で殴る・・・

「ああああああーーーー」


 私と兄は、その一部始終を目の当たりにして同時に泣き叫んだ。

父が我に返り、私と兄を自分の元へ呼んだが、私は母の膝の上に座り父を睨みつけた。父の膝に座った兄に対しても、殴ったのはそいつだろ!何で母の味方に付かない?兄のバカ、腹立つ。許さない。そんな気持ちでいっぱいだった。


 この喧嘩がきっかけで母は離婚を決意。父と別れる為に別の男と寝るという訳の分からない行動をする。それにより、その事実を知った父の弟が自宅に怒鳴り込んできて、

「なんで俺に相談してくれなかったんだ。まず、俺に相談してくれたらよかったのに。もう許さない。この家から出ていけ。ガキも早く荷物まとめろ!」

 4歳と7歳の子供相手に怒鳴り散らす始末。4歳の私はショックが大きすぎたせいでこの時の記憶が途中でブツっと切れている。


 怒った母の行動力の凄さはすさまじく、1週間かからず私と兄を連れ家を出た。

数日後、弟の勝手な行動を知った父が女々しく親戚のおじさんと一緒に母を訪ねてきたが、4歳の私に

「何しにきたの?もうお母さんを叩かないでね。ばいばーい」

って、言われてショックで帰って行った。その後、めでたく離婚。


 離婚後は、昼も夜も働きづめの母だったが、程無くして男が出入りするようになる。


 父の実家のある田舎町に住んでいたので、離婚の噂はあっという間に広がる。その噂を聞きつけた男が、母に近づき口説き落としたのだ。

そいつは、猫をかぶり自分をかくし、いい人の演技をして言葉巧みに母を夢中にした。兄とも子供が喜ぶような遊びをして取り入って、どんどん浸食してきた。

私も一緒に遊んだが、母を奪う対象でしかなかった。


 そいつはたまにやってきて、兄は小学校へ行き私と母だけの貴重な時間に私を一人公園へ遊びに行かせ、母と二人きりになるのだ。

私は幼いながらに何かを感じ、昼ご飯を食べて一人何時間も夕焼けが上るまでブランコに乗る練習を繰り返した。

誰もいない公園。途中同い年くらいの子を連れた親子が隣のブランコを使った。その子も一人ではブランコを漕げなくて親に押してもらっていた。

私は一人漕げないブランコを頑張って揺らす。飛び乗らないと足もつかないブランコを一生懸命揺らす。隣の親子が羨ましかった。


 

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