第3話 管理人

 このマンションの管理人は雰囲気気さくな人である。いつもニコニコ笑っていて、マンションに住んでいる人皆に話しかけることが多かった。

 しかし、そのせいか、どこかおせっかいに思われているようで、前に住んでいた新婚さんは、一年も経たないうちに引っ越していったという過去もあったようだ。牛島夫妻が引っ越してきた時は、そこまではなく、やはりウワサになっていたのが聞こえてきたのか、反省があったようである。

 管理人というと、よくは知らないが、思っているよりも気を遣うのかも知れないと思った。

 特に人間関係などで苦情があったり、ゴミの分別、マナーを守らない住人などがいれば、中に入らなければいけなくなり、本当に大変であることは想像がつく。

 特にこのマンションは前述のように、ペットを飼ってはいけないという厳格なルールはない。さすがに犬が鳴き叫ぶとか、爬虫類などを飼っていた李、アレルギーの人が隣接する部屋にいる場合などは遠慮してもらうことが多いだろう。

 ただ、鳴き声に関しては、他の部屋の人も文句がいえない場合もある。赤ちゃんがいる部屋などでは、夜中などであっても、お構いなしに声が聞こえることもあるだろう。一応はそれなりの防音はあるが、同じ階で隣室だったりすると、どうしても、声は漏れてしまう。

 しかも、ひどい時には、赤ん坊の声が引き金になったかのように、そこで夫婦喧嘩が始まることもある。

 子供が泣き始めると、

「おい、俺は明日早いんだ。何とかしろ」

 と言われて奥さんは、困ったように、子供をあやす。

 ミルクをあげなければいけない時間であれば、母乳なのか粉ミルクなのかによっても違うが、粉ミルクなどでは、作るまで子供はそのまま放っておかれてしまう。そうなると、さらに赤ん坊は泣きさけぶことになるだろう。

「うるさいっていってるだろう?」

 旦那は自分のことしか考えていないかのように、罵声を浴びせる。

 この時点でまだ我慢ができる奥さんであれば、きっとその人はできた奥さんなのだろう。普通であれば、

「何言ってるのよ。私はミルクを作っているのよ。手が離せないの。うるさいと思うんだったら、あなたが子供をあやしてよ」

 と反論するだろう。

 こうなってしまうと、もう水掛け論である。売り言葉に買い言葉、何を言っても通用しなくなる。

 しかも、旦那としては、

「俺が働いてお前たちを食わせているんだから、夜はゆっくり寝かせろ」

 と言いたいだろうし、奥さんとしてみれば、

「私は、家事もしながら、この子の面倒を見ているのよ。こっちはずっと眠れないの」

 と言いたいことだろう。

 こうなったら、お互いの主張しか考えられなくなる。何しろ眠たい状況は二人とも同じなのだが、相手のことを考える余裕などなくなっているからだ。

 ただ、その原因を作ったのは、子供ではない。この時の場合で限って言えばであるが、二度目に口を開いた時の旦那の言葉が悪いと言えば悪いだろう。完全に火に油を注いだ形になっているのだ。

「夫婦喧嘩は犬も食わない」

 と言われるが、子供が絡むと、夫婦喧嘩は尋常ではなくなってくる。

 お互いにもう話し合う気持ちはなく、旦那はふて寝するしかなく、奥さんは旦那など関係なく、子供のためのミルクをあげることに集中しなければいけない。

 奥さんはもちろん、旦那の方も眠れたものではない。自分が火に油を注いだのだからしょうがないと言ってしまえばそれまでだが、旦那の方も少し気の毒だ。

 気まずい雰囲気の中で夜が明ける。さっきまで泣いていた子供も大人しくなり、すやすや眠っている。

 普通であれば、目に入れても痛くないほどの可愛さなのだろうが、そうもいかないのが赤ん坊というものだ。

 だが、そんな夜中の状況を、他の部屋の人が誰も気づかないという保証はあるだろうか。二人はなるべく声は抑えたつもりかも知れないが、感情が籠っていれば、そんな常識的な判断は、瓦解するものである。

 そんな時に苦情が上がってくるのは、管理人に対してである。

「隣の子供だと思うんだが、夜中に何度も起きて泣いているんだ。しかも、時々夫婦喧嘩をしているのも聞こえる」

 というその通りの苦情である。

 最初は大人しく苦情を言ってくる。

――管理人さんも大変なんだろうな――

 という思いで言ってきているのだろうが、管理人としては、他の住人の悪口を言ったり、どちらかの肩をもつようなことはしてはいけないのだろう。

 そうなると、曖昧に返事をするしかなくなってくるのだが、そうなると文句を言っている方も管理人に対して感じることは、まったくこちらの意見を聞いてくれないと判断すれば、今度は威嚇するかのように怒り出すのだ。

「こっちだって言いたかないよ。それを管理人を通して何とかしてほしいって言ってるんだ。お前もちゃんと真面目に聞けよ」

 と言いたくなる。

 ここでカッとしてしまっては、管理人としては失格であるので、何とか宥めようとするが、引き下がってくれないと難しい。

「すみません、私の方からも一言言っておきますので」

 というしかない。

 しかし、相手も怒りに任せて暴言は吐いても、すぐに冷静になって言い過ぎたことを反省するのか、

「お願いしますよ。本当に」

 と懇願はしてくるが、暴言に対して謝っている雰囲気ではない。

 そこで謝ってしまうと、こちらの非を認めたことになってしまうからだ。一度強気になったのなら、謝罪は決してしてはいけないというのも、当然といえば当然であろう。

 何とかその場は治めることができても、

「さあ、今度はもっと大変だ」

 と思う。

 完全に相手の本城に乗り込むようなものだからだ。

 相手は、前の日に、いや、ほとんど毎日眠れなくてイライラしているはずだ。そんな時に、

「お宅に対して苦情が出ています:

 とまともに言っても火に油を注ぐことになるだろう。

 下手に言って、

「あの部屋から文句が出た」

 と分かってしまうと、部屋の住人同士で嫌がらせの応酬になってしまうかも知れない。

 もし、どちらかの家庭が他の部屋の人と仲が良く、そちらの派閥で一人を集中攻撃すれば、もう泥沼である。

 下手をすると、出て行かれることになるかも知れない。そうなると、ここを紹介してくれた不動産屋さんに必ず文句が行くかも知れない。そうなると、このマンションを紹介してくれない可能性が出てきて、悪いウワサが立ってしまうと、管理人としての立場がなくなり、マンションの運営会社から、首を切られることだってあるだろう。

 それくらいのことは考えておかないといけない。マンションのように密接した部屋のご近所トラブルは、どこにでもあることだが、それだけシビアな問題でもある。

 しかも、このマンションは部屋の間取りの関係から、若夫婦が多いようだ。新婚が入居してくる率も高く、そうなると、数年で子供が生まれることになり、どこの家でも子供の夜泣きの問題が発生しないとも限らない。

 ただ、これが全員なら問題ないだろう。

「明日は我が身」

 ではないが、相手がうるさいからと言って文句などを言ってしまうと、今度自分のところが出した騒音を、

「それ見たことか」

 ということで文句を言われないとも限らない。

 そうなると、こちらで反抗してしまうと、売り言葉に買い言葉で、収拾がつかなくなってしまう。そういう意味で、目には目をということが実際に起こらないように、お互いに文句を言いたくても言えないという、実に不安定だが、バランスの取れた状態になってしまうからだ。

「マンションというところは、管理人をやらないと分からない悩みがある」

 ということなのだろうが、お金を払って住んでいるのだから、住民が文句をいうのも仕方のないこと、そう思うと、管理人はどこに文句を言っていいのか分からず、四面楚歌に陥ってしあうのだった。

 そんな管理人が最近、何か新しい遊びを見つけたようだ。それまでずっと真面目一本でやってきた人だったので、精神状態が顔に出たり、体型に出たりしていた。そのため、管理人をやっていて神経をすり減らすようになって、一気に顔色が悪くなったり、みるみるうちに痩せてきたりしていた。

 このマンションには、以前からクレイマーがいて、今の管理人に変わるまで、何人も変わっていた。今の管理人さん、名前を藤原明人というのだが、彼に変わってから一年ほど経っていたが、その前の日とは半年で、さらにその前の日とは数か月で逃げ出すように管理人を辞めていた。

 その中には、屈強に見える人もいたが、やはり最後は顔色が青ざめたようになってやめて行ったのだ。中には病気になって入院する人もいたようだが、その原因となったクレイマーの住人はそんなことなど知る由もなかった。

「自分は住人としてクレームを口にする権利があるんだ」

 と思っていただろうし、

「管理人は住民の意見をちゃんと解決するのが仕事だ」

 と思っていたのだ。

 だからクレームは当然の権利であり、それを解決できなければ、管理人失格だと思っていたわけなので、管理人自身がどうなろうと、関係ないというほどに思っていたことだろう。

 そうなると、管理人と住人の間に信頼関係などあったものではない。管理人はたった一人の住民のために精神を病み、それを見ている他の住民は、

「この頃の管理人さん、雰囲気が暗くて、とっつきにくいわ」

 としか思わない。

 住民同士でも横のつながりなどまったくないのだから、その思いは当然であろう。特にこのマンションでは横のつながりは皆無と言ってもいい。どこの街にもある、「区」や「組」の制度があり、このマンションは一つの棟で一つの組を形成していた。

 だから、組長さんが存在するわけで、組長は一年交代になっている。

 まず市の下に、区が存在し、その下に組が存在する。一応組長は持ち回りで下の階から毎年変わっていくのだが、基本的に単身者以外は組長制度に組み込まれている。

 主にやることとしては、一年に一度の行事があるのだが、隔年で、秋の運動会と、夏祭りが行われるので、その組の代表として取りまとめることであった。そのための寄付であったり、会費の徴収を行ったりする。これも留守宅があったりすると、なかなか進まない。いれば会費の徴収には問題ないのだが、寄付となると、まずする人はいない。さらに、組長になると年間のメインイベントを取り仕切るという意味で、運動会なら、協議に算がする人を組から選んだりする必要があった。その前に、何度か区の公金勘に、組の代表として参加し、プログラム決めのための会議を行うのだ。

 時間とすれば、午後七時から九時まで、普通のサラリーマンでは難しいだろう。したがって奥さんが参加することになり、新婚で子供がいなければいいが、幼児がいる人は子供を連れての参加になる。ミルクの時間もあるので、ずっと参加は難しかったりするので、そのあたりもしっかり足並みが揃うというわけでもないだろう。

 さらにマンションなどのように、隣に住んでいる人がどんな人か分からないなどということはザラにあることなので、組長が協議参加のすべてを担うなどということも当たり前になっていた。

 つまり、組長になると、区のために働くという意味での苦労が結構大変であった。

 確かにお金はいくらか出るのだが、そのために費やす時間と、心身消耗に関しては、

「お金に変えられるものではない」

 と思っている人も多いだろう。

「今の時代に、どうしてこんなことをしなければいけないんだ」

 と思っている人も多いだろう。

 特に若い人はそう思っているはずで、しかも、一度組長が回ってくると感じることは、

「近所の冷たさ」

 である。

 一度知ってしまうと、次の人にバトンタッチすれば、もう二度と協力などするものかという感情になる人もいるだろう。

「一度やってみて大変さが分かったから、今度からは自分も協力して……」

 などという人って本当にいるのだろうか?

 何か自分にかかわりがなければ何もすることはないだろう。例えば子供が数人いて、上の子が子供会に入っているなどして、マンション以外の近所づきあいを余儀なくされている人は、どうしても無視できなくなってしまう。それを思うと、

「近所づきあいなどという茶番が、どれほど薄っぺらいものなのか、やっている人が一番よく分かっていることだ」

 と、ほとんどの関係者が思っているのではないだろうか。

 それを思っていないとすれば、それは何も考えていないということであり、ある意味責任逃れであり、やっているという自己満足のためだけに動いているだけなのかも知れない。

 管理人は、住み込みであるが、単身なので、組長の職は免れている。実際に苦情の多い中での組長の仕事は無理だという話もある。

 さて、この藤原という管理人であるが、実年齢はまだ若く、三十歳を少し超えたくらであろうか。二十代までは普通に会社勤務で営業などをしていたのだが、何しろ性格的に打たれ弱いところがあり、ハッキリと営業には向いていなかった。それでも二十代までは何とかこなしてきたが、さすがに年数が嵩んでくればどんどん責任もベテランになってきたということで大きくなってくる。耐えられなくなってきたというのも、当然のことではないだろうか。

 営業職を辞めて、今の管理人の仕事に就いたのだが、管理人というものがこれほど大変だということを知らずに入ってきた。以前ドラマなどを見ていて、昔のアパートの管理人を想像していたようだ。住み込みで、一応管理人ということなので、住民たちもそれなりに敬意を表してくれているようなイメージである。当然クレームなどあるなど、想像もしていなかった。

 と、まさかここまで能天気だったわけではないが、実際に今ほど心身ともに消耗するものだと思ってもいなかったのは事実である。

 管理人としてというよりも、まず住み込みで行けるというところが一番の魅力だったが、実際にクレームなどがなければ、普通に雑用だけで済んだのかも知れない。消耗品の交換であったり、いろいろな業者との折衝であったりなどである。

 それでも管理人を数年していると、慣れてくる部分もある。精神的な消耗部分が多いのも事実だが、住人の中には管理人と仲良くしようと思ってくれる人もいるようで、どこかに出かけたりするとお土産を持ってきてくれる人もいた。実にありがたいことで、特にクレーマーの存在を絶対的に恐怖に感じていただけに、涙が出るほど感動したほどだった。

 確かに管理人を辞めるという選択肢もあるのだが、今の時代、簡単にやめるわけにもいかなかった。まずは、住むところから探しなおす必要があるからだ。

 そういう意味で住み込みの管理人を引き受けた時、まったく辞めることを考えていなかったというのが、今から思えば分かってきた。

 もし、辞めることを最初から考えていたのだとすれば、住み込みなど考えることはないだろう。住み込みを考えてしまうと、辞めた時点で、宿なしになってしまうのは必然だからである。

 管理人の仕事は会社勤めと違って、集中してできることと、相手がある折衝などの場合によって時間的な制約が変わってくる。自分のペースで集中してできることであれば、自分で勝手に計画し、一気に午前中に済ませて、昼から以降を自分の時間に使うこともできるが、相手がいれば、少しずつ休憩時間がたくさんあるという、歯抜けのような状態になるだろう。

 なるべく、自分でできる時間を集中させ、自分の時間を作るようにしていた。それでも最初は自分の時間を作っても、その時間で何をするということは消えていなかったので、やることと言えば管理人室にとじこもってゲームをしたり、パソコンのネットで映像を見たりなどと、まるで引きこもりの少年がやっているようなことをしていた。

 管理人は、引きこもりの学生などを知らないので、自分がそんな状態になっていることを知らなかった。ただ仕事を持ってお金も貰っているわけなので、引きこもりとは基本部分で違っていた。

 管理人がネットに嵌ったのはいつ頃くらいのことだろうか。ゲームをするようになって、ネットの住人と仲良くなったというのが一つである。ネットの住人は、リアルなマンションの住人のようにクレームを言ってくることはない。相手もこちらに好かれたいという思いがあるからなのか、お互いに気を遣っているのが分かる。管理人との一番の違いは、立場が対等であるということだ。今の管理人の立場が一つまわりより上だという自覚はあったが、クレームをまともに受けることで、その立場を見失いがちになっていた。実際に失っていないのは、

「逆らうことができない」

 という意味があるからだ。

 逆らってしまうと、相手はさらに逆上する。逆上されて、運営会社にさらに文句を持っていかれると、管理人としての立場はあってないようなものだ。そうなると、本当にやめなければいけなくなり、せっかくの我慢が水泡に帰してしまう。それだけは何とかしなければいけなかった。

 最近、管理人がまわりにいかにも腰を低くしているのは、そんな自分を分かっているからなのか、それともクレイマーに対しての精いっぱいの抵抗を試みようという意識からなのか、ハッキリと分かっていなかった管理人であった。

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