お前のこと探してるよな?
「なあ蕗? あれって、お前のこと探してるよな?」
教室中に広がるどこか弛緩した空気。
定期考査がついに全科目終わった放課後。
浮かれた雰囲気の中、開放感に支配される俺の肩を叩く背の高いイケメン——藤田が廊下の方を指さしている。
「あー、それはどうだろうな。俺かもしれないし、俺じゃないかもしれない」
「いやいや、絶対蕗っしょ。だってあれ、お前の元カノだよな? 名前なんだっけ?」
「……柊さんだよ」
高校生にしては童顔すぎる幼なげな相貌。
化粧っ気のない素朴で小柄な女子生徒が、誰かを探しているようだが、他のクラスに入っていく勇気がないのか顔を出したり引っ込めたりを控えめに繰り返していた。
どう見ても柊さんだ。
彼女の知り合いが他にいるとは思えないし、また懲りずに女装癖で有名な元カレに絡みに来たらしい。
「ヨリ、戻したの?」
「まさか。ついこの間も意地悪って罵倒されたばっかだよ」
「へぇ? まだ、絡みあるんだな。僕なんか別れてから、一度も三智花と喋ってないのに」
意外そうに藤田が俺のことを覗き込む。
そんな顔で俺を見るな。
とても説明が難しい。
そもそも俺と柊さんは形式的に彼氏彼女役をお互いにやっていただけだからな。
「それで、どうすんの、あれ?」
「どうしような」
「一応向こうに振られたんだよな?」
「まあ、そういうことになってる」
「蕗的には、どうなの?」
「何が?」
「未練、ある?」
「いや全くない」
「全くって。それはそれでどうなんだ」
藤田が苦笑する。
元々お互いにどちらも相手のことを好きでもなんでもないし、何なら柊さんからすればむしろ苦手寄りだったはず。
未練もクソもない。
「藤田はあんの?」
「僕? 未練の話?」
「そう。弓削と別れたの。本意じゃないだろ?」
「あー、まあ、そうだなあ」
弓削は性格が悪いので、藤田には相応しくない。
その考えは今でも変わらない。
でも、実際別れるように仕向けたのは俺だ。
もし藤田に未練みたいのがあれば、後悔こそしないが、少し悪いことをしたと思わないこともなかった。
「一応、ないよ。僕は三智花に、相応しくないから」
珍しく、自嘲気なセリフ。
端正な横顔を見つめてみる。
視線は、合わなかった。
「そんなことより、いつまでも無視してたら可哀想だろ。話しかけに行こうぜ」
「はあ。仕方ない。追っ払うか」
「おい、言い方」
一瞬暗くなりそうになった雰囲気を打ち消すように、藤田がまた俺の肩を叩く。
最近、気づいたことがある。
どうやら藤田は、シリアスな気配を感じるとそれを誤魔化すというか、変える癖があるらしい。
「おーい、柊さん、だよね?」
「……えっ?」
そして根アカらしいフットワークの軽さで、おそらく初対面であろう柊さんに対して、藤田が声をかける。
突如生えてきたイケメンに名前を呼ばれたことで思考停止してしまったのか、柊さんは借りてきた猫のように固まっている。
やれやれ。
手のかかる元カノだぜ。
「おつかれ」
「あ! 高橋くん!」
すると背の高い藤田の後ろからひょこっと顔を出した俺を見つけると、柊さんはほっとしたように顔を明るくさせる。
絡みないイケメンとか喋るの緊張しちゃうもんね。
わかるよ。
でも残念。
この絡みあるモブメンには毒があるんだ。
あからさまに安心した様子を見せる柊さんを見て、俺はまた捻くれた性格を反射的に発動させてしまうのだった。
「どうしたんだよ、梅子?」
「きゃあっ!? だ、だから! 名前で呼ばないでって言ってるじゃん!」
小さな悲鳴。
隣でギョッとした顔をする藤田を見て、微妙に俺は傷つく。
「別にいいだろ。梅子」
「や、やっぱまだ、むりぃいいいいいい!!!」
そして柊さんは今度は小さくない悲鳴をあげて、またもや走り去っていった。
あっという間に見えなくなる背中。
結局なにしにきたんだろう。
取り残された俺の肩に、藤田が優しく手を乗せる。
「……泣くなよ、蕗。僕はお前の味方だぞ?」
「その生暖かい目で見るのやめろぉっ!?」
失策。
よく考えれば、外から見れば元カノを名前で呼んだだけで拒絶されまくる哀れな男子高校生に見えてるんだった。
恥ずかしい。
心が痛い。
この謎のプレイを藤田の目の前でやるのは失敗だった。
今度から柊さんを下の名前で呼ぶのは、二人きりの時だけにしようと俺は固く決心するのだった。
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