謝らせてもらってもいい?
「あのさ、高橋くん。謝らせてもらってもいい?」
教室から出て、帰路につこうとすると控えめな声が俺にかけられる。
廊下の壁際に立って、気まずそうにする小柄な女子生徒。
柊さんだ。
付き合っていた頃(笑)はなるべく俺を避けていたのに、無事やっと別れられた途端に俺に絡んでくるようになったのは不思議で仕方がない。
「謝る? 何を?」
「ほら、この前さ」
「この前?」
「わたし、なんか独りよがりだったなって」
「あー」
あーと、試しに言ってみたが、正直あまり心当たりはない。
確かにこの前、謎に絡まれた記憶はあるが、そんな謝ってもらうような事をされたんだっけか。
「冷たいとか、一方的に言っちゃってさ。べつに高橋くんはわたしに優しくする必要もないし、義務もないもんね。そもそも、迷惑をかけてたの、わたしだし」
なるほ。
それか。
そう言えば前絡まれた時、理由は分からなかったけど柊さん怒ってたな。
「いや、別にいいよ。気にしてない」
「そう、だよね。気にしてない、よね」
俺がそう答えると、柊さんはほっとしたような、同時に落胆したような微妙な表情を見せる。
冷たい人。
きっと、その評価は正しい。
柊さんに対して、あからさまに冷たくして覚えはないが、高橋蕗という人間に関して言えばどちらかと言えばそういう傾向は間違いなくある。
「気にしてないっていうか、間違ってないから」
「え?」
「たぶん俺って、わりと冷たいんだと思う。普通に短所だよ」
「認めちゃうんだ」
「自覚あるからね」
「でも本当に短所だからって、責めていいとはならないでしょ?」
「まあ、たしかに」
「だから、ごめんなさい」
短所だからって責めていい理由にはならない。
言われてみれば、それもそうか。
俺は柊さんの言葉で、傷ついても良かったんだな。
「いいよ。めっちゃ許す」
「……本当に気にしてないんだね」
なんで不満げ?
「ちなみに、治そうって気とかはある?」
「あんまり」
「じゃあ、手伝うよ」
「え? なんで?」
あんまりって、あんまりないって意味なんだけど。
「試しに、わたしに優しくしてみて。冷たい人からの卒業、手伝ってあげる」
柊さんは世紀のアイデアを見つけたみたいに顔を綻ばせて、俺にそんな提案をしてくる。
冷たい人からの卒業。
わかっている短所をそのままにするのが、あまり良くないというのは確かに正論ではある。
でも捻くれている俺は、ついつい余計なことを口にしてしまう。
「なら、俺も手伝ってあげるよ。柊さんの短所治すの」
「わたしの短所って、どれ? いっぱいあるけど」
「たとえば、自意識過剰なところ」
「自意識過剰……言っておくけど、わたしは短所責められたら普通にへこむんだけど」
性格が悪く冷たい俺は、ジト目で抗議してくる柊さんを一旦無視して、卑らしい返答をする。
「梅子」
「は?」
「今日から柊さんのことは、梅子って呼ぶわ」
「えぇっ!? なななななんで!? 嫌だよ!?」
「気にしすぎだよ、梅子」
「ちょほんとにやめてっ!?」
顔を真っ赤にして怒る柊さんを見ると、少しだけ気分が良い。
おかしいな。
どっちかと言えばマゾ寄りの民だったと自負していたが、案外エス側も適正ありか?
「た、高橋くんの意地悪っ!」
そして耳まで赤くした柊さんは、小走りで俺から逃げ去っていく。
元カレに絡んでも何もいいことなんてないんだという、いい教訓になっただろう。
でも、最後の意地悪ってやつ、結構良かったな。
俺は元カノ(仮)との戯れに小さな楽しみを見出しつつあった。
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