いつ?
「いつ? いつ海行くの?」
え、なんでキレ気味?
いつも通りの放課後。
またもや俺より先に校門の外に出ていたらしい藤田が、どうしてか不機嫌そうに細い腕を組んで俺を待ち構えていた。
「テスト終わったらって、自分で言ったの忘れたのか? だいたいいつ行くのかは割とお前次第だろ」
「なんで?」
「俺の方が暇だから。どっちかっていうとお前の予定次第じゃね? 言わせんなよ恥ずかしい」
本当に恥ずかしいよ。
「ふーん? あっそ。男二人で海行って、なにするのかねぇ?」
なんで他人事?
「待て待て、なんで俺が海行くことに関して言い出しっぺみたいな感じにしてるの? おかしいですよね?」
「失恋したばっかの男二人。もうそれ絶対ナンパじゃん。蕗。ぼくはなんだか失望したよ」
「だからなんでさっきから他人事なの? え? 藤田も行くんだよな?」
「それはそれ。これはこれでしょ」
「いやいや、それもこれだろ」
弓削だけでなく、藤田も失恋のショックで少し後遺症があるのか、わりとわけのわからないことを言っている。
あんなに自信満々で俺を海に誘った張本人のはずにも関わらず、凄い第三者目線で話してくる。
しかもちょっとキレ気味。
意味わからなすぎて、むしろ頭がおかしくなったのは俺の方かと錯覚してしまいそうだ。
「やっぱ、水着がいいの?」
「そりゃ、服よりは水着の方がいいよ。あと何回でも言うけど、誘ってきたのお前だからな?」
「そうなんだ」
「なんでちょっと引いてるの? え? どういうこと?」
なんだこいつ。
段々腹立って来たまである。
「じゃあ、行くのやめるか?」
「え!? それはダメだよ蕗。だって凄い楽しみにしてるもん」
「楽しみにしてる奴の目じゃないんだけど」
あと口も。
「でもよく考えたら、蕗がナンパとか無理か」
「なんの煽りそれ? お前もそういうの苦手だろ」
「うーん? そうかなあ? まあ、そうかもね」
少しだけ悩むそぶりを見せて、整った顔を藤田は僅かに傾ける。
日本政府よ早くイケメン税を導入してくれ。
「っていうか思ったんだけど」
「なんだよ」
「海ってもしかして、日焼けとかする?」
「さすがにするんじゃね?」
「うわー、それ、厄介だね」
「何がだよ。藤田って美白系男子だっけ?」
「そういうわけじゃないんだけど、そうならざるを得ないかもしれない」
「へえ。意味わからん」
「あ、蕗が話投げた!」
そりゃ投げますよ。
「でも海か。懐かしいね」
「懐かしい?」
ざあざあ、ざあざあ、ざざざあざあ。
その時、ふと波の音が聞こえた気がした。
どこか遠い記憶。
思い返してみれば、俺も海のそばに住んでいた頃があった。
「蕗は、懐かしくないの?」
寂しそうに、藤田が笑う。
俺が思い浮かべる海と、藤田が懐かしむ海。
その二つは、異なる景色のはず。
それにも関わらず。
そんなわけないのに。
どうしてか藤田の透き通った瞳の向こう側に、俺の知っている青が広がっている気がしてならなかった。
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