女じゃなくてよかったと思わない?
「ねえ、高橋。あんた自分が女じゃなくてよかったと思わない?」
家近くの喫茶店。
定期考査近くということもあり、帰り道に勉強でもしようかカフェに寄り、アイスコーヒーを啜りながら参考書を眺めていた俺に勝手に相席してくる奴がいる。
なんとか坂みたいなアイドルグループにいそうな愛らしい相貌。
弓削三智花。
俺のせいで藤田と別れることになった女だ。
「だって女だったら、ころしてたもん」
声は可憐なのに内容が物騒すぎる。
だが、思っていたよりは冷静そうな口ぶりで意外に思う。
もっとあからさまに苛立たしく思われ、恨みに恨まれていると思っていた。
「まじか。男でよかった」
「うざ」
なんでだよ。
「それで? どう? 満足した?」
「何がだよ」
「私が小雨くんに振られて、満足?」
対面に座った弓削が、俺を真っ直ぐと見つめてくる。
どうやらある程度はもう、吹っ切れているらしい。
あそこまで完膚なきまでに盛大に振られると、悟りのような境地に至るのかもしれない。
「マン、マン、満足。一本満足。ばあ」
「……やっぱころす」
チッ、と舌打ちしながらロイヤルミルクティーを弓削は口に含む。
試しに煽ってみたが、あまり乗ってこない。
これ以上は俺の方がダサいか。
俺もアイスコーヒーを傾けて、喉を潤す。
「でも意外だな」
「何が?」
「もっとブチギレてると思ったのに。案外落ち着いてんだな」
「は? ブチギレてるけど?」
「あ、そっすよね」
あからさまに不機嫌そうに腕を組んで、弓削はメンチを切ってくる。
吹っ切れてはいるが、普通に恨まれてるしイラつきまくっていた。
「でも、私だって馬鹿じゃない。高校生の恋愛が永遠だなんて本気で思ってない。小雨くんのことは本当に好きだったけど、どんな理由があろうと私を振るような人とは一緒にいられない。あと友達のセンスもないし」
俺から視線を外し、どこを見るわけでもなく弓削は遠くを見つめる。
その眼差しには明らかに心残りが窺えたが、もうこれ以上それを外に晒け出すつもりはないらしい。
まあ、たしかにな。
弓削にもプライドがある。
あんなに泣きじゃくってもなお、自分を突き放した男を追いかけるような奴じゃないか。
「私みたいな超絶可愛い女の子を振ったこと、後悔させてみせる」
「へえ。それは楽しみだな」
「は? 黙れ。それ小雨くんの台詞だから、ゴミ橋が言わないでくれる?」
確かに。
今のは俺がおかしかったか。
「そういうカス橋はどうなの?」
「なんの話? 俺は藤田に振られてないけど?」
「うっざ! そうじゃない。梅ちゃんのこと。振られたらしいけど、本当なの?」
俺は一瞬、そこで言葉に詰まる。
「……本当だよ。だいたい、弓削が無理やり告白させたんだろ?」
「それは確かにそう誘導したんだけど、なんていうか……まあ、それはいっか。どうでもいいし」
「どうでもいいなら、あんなことさせるなよ。可哀想だろ」
「他人のこと、言えるの?」
「どういう意味だよ?」
「……べつに。顔キモいなって思っただけ」
「結論エグいな」
文脈なさすぎだろ。
「じゃあ、私もう行くから。これ以上バカ橋と喋ってたら、偏差値下がる。テスト前はもう二度と私に話しかけないでくれる?」
テスト後ならいいのかな。
「お前から絡んできたんだろ。そもそも何しにきたんだよ?」
「なんか小雨くんのこと私が引きずってるなーみたいな感じでウザ橋がドヤ顔してるのがムカつくから訂正しにきただけ」
「別にドヤ顔してないだろ」
「してんのよ。中学の時からずっと」
中学の時からずっとなら、もはや藤田関係なくね。
「じゃあね、高橋。地獄に堕ちろ」
そして聞いたことのない別れの台詞を置いて、まだ飲み切っていないロイヤルミルクティーのプラスチックカップ片手に、弓削は席を立つ。
ここは家の帰り道のカフェ。
高校入学前は話したことないが、そういえば俺はあいつと中学一緒だもんな。
案外ご近所さんなのかもしれない。
今思えば、前もここで弓削を見たことがある気がしなくもない。
“中学の時からずっと”。
その些細な台詞が少しだけ耳に残っていた。
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