海行かない?
「今度の期末考査終わったらさ、海行かない?」
次の授業の準備をしていると、急にあまりに夏っぽい言葉が聞こえてきて驚きに手を止める。
隣を見てみれば、夏なのに涼やかな表情を保っている中性的なイケメンが俺を見ていた。
藤田だ。
なんだか最近イケメンに磨きがかってきた気がするな。
気のせいかな。
気のせいだといいな。
これ以上俺に差をつけないでくれ。
「海か。いいね」
「だろ。いいっしょ? 海、行こうよ」
夏の光を反射する海面みたいに目をキラキラとさせながら、藤田は俺を海に誘う。
海とか久しぶりすぎて海水がどんな味をしていたかも忘れてきた。
塩味だよな?
あれ、甘かったっけ。
いやさすがにしょっぱかったような。
「誰来んの?」
「だから蕗のこと誘ってんじゃん」
「え? 蕗って、俺だよな?」
「そりゃそうだよ。夏の暑さにやられて自分の名前も忘れた? いい名前なのにもったいない」
「他は?」
「他? いないけど」
いないことある?
「俺と藤田の二人ってこと?」
「もちのロン!」
なぜかロンのところで麻雀牌を並べるようなジェスチャーをする藤田。
多分こいつ麻雀のルール知らないな。
「なんだよー。僕だけじゃ不満か?」
「いや、不満とかじゃないんだけどさ」
「じゃあいいじゃん」
不満はないが、不安はすごい。
まず今、周囲のクラスメイトから凄い無言の圧を受けていることに、こいつは気づいていないのだろうか。
特に女子生徒。
なんで高橋なの、うちらのこと誘ってよ。
そんでもって高橋は来るな、っていう顔してる。
いや本当に。
被害妄想とかじゃないよ。
リアルにそんな顔をしてるんだなこれが。
今ここで藤田がいなくなった瞬間に集団リンチを受けても何もおかしくない。
「いやあ、せっかくの海なのに、男二人ってどうよ?」
「せっかくの海だからこそ、本当に仲良いやつと行きたくね?」
真っ直ぐすぎる視線に、俺は逃げ惑う。
藤田の俺に対する好感度が高すぎてつらい。
「藤田って、俺のこと好きすぎじゃね?」
「ははっ。今更気づいたのかよ?」
ちょっと捻くれた返答をしても、藤田はそれを圧倒的爽やかさで受け流すのみ。
こいつの陽キャラ的器の広さはいったいどこからきているのだろうか。
なんかめちゃめちゃ高級なミネラルウォーターとか飲んでそう。
「そういう蕗はどうなの?」
「何が?」
これまでの楽しげな表情をいきなり変えて、少しだけ声のトーンを藤田が下げる。
どこかアンニュイさを漂わせながら、目を細めた。
「蕗は僕のこと、好きじゃないの?」
言葉に詰まり、俺は変な間を産んでしまう。
でも優しい藤田は、それを、まあ好きに決まってるよな! と朗らかに見逃してくれる。
それに乗じて窓の外に視線を泳がし、俺は藤田の優しさに縋る。
夏空は雨なんて知らないみたいに澄み渡っていたけれど、俺は知っている。
日が暮れていく途中にいきなり降り注ぐ雨のことを指す夕立が、夏の季語だってことを期末考査直前の高校生二年生である俺は知っていたのだった。
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