どういう関係?



「あ、高橋くん……あのさ。わたし達ってさ。今、どういう関係?」


 体育の授業終わり。

 汗だくになった顔を水道で洗っていると、背中に遠慮がちな声がかかる。

 振り返ってみれば、前髪の長い少女が気まずそうに伏目がちでこちらを見つめていた。


「……しいて言うなら、同級生だろうな」


「そっか」


 柊梅子ひいらぎうめこ

 俺の元カノ(仮)が、憐れみかクレームの類かわからないが、どうやら見覚えのある顔にうっかり声をかけてしまったらしい。


「あの、さ」


「おう」


「本当に、これで終わりなの?」


「終わりっていうか、実際何も始まってないしな」


「まあ、それはそうなんだけど」


「なんだけど?」


「……わたしと一緒にいるの、そんなに嫌だった?」


「え? むしろ楽しかったけど」


「そうなの?」


「そうだよ」


 問いかけの意図を、掴めない。

 タオルで顔を拭きながら、俺は柊さんが何を言いたいのか考える。

 弓削のせいで、彼女は不運にも俺の彼女役を演じる羽目になってしまった。


 でも、それはもう終わった。


 すでに俺が奇行をしたという大義名分を得て、無事別れることに成功し、これまでの日常に俺たちは戻ったはず。

 それにも関わらず、どうしたのだろう。

 もう柊さんからしたら、俺に話しかける用事なんて何一つないはずなのに。


「じゃあ、どうしてわたしのこと、避けてるの?」


「いや、特に避けてるつもりないけど」


「でも、全然話しかけてくれないじゃない」


「まあ、話す用事ないし」


「なにその言い方。高橋くん、冷たくない?」


「そうか? だって俺たちってそもそも知り合いでもなんでもないし、元々話す関係性とかなかったろ。元に戻っただけだ」


「それは! ……そうなんだけどさ」


 一瞬何か言いたげに言葉尻が大きくなったが、それもすぐに萎む。

 夏なのにジャージを着た体操着姿。

 俺たちの高校は男女別で、隣り合う2クラスごとに体育を受ける。

 ということは柊さんって、隣のクラスの子だったんだ。

 知らなかった。

 これは元カレ失格と言わざるを得ない。


「なに? 俺とお喋りして柊さん的に得することでもあるの? 哀れな元カレに振ったマウント取ってストレス発散的な?」


「違っ! もう、なんでそんなに捻くれてるの? 大体、わたし振った覚えないし」


「じゃあなんだよ。本当に付き合う?」


「それはないけどさ」


 ないんかい。


「う〜ん? 何が言いたいのかさっぱり俺にはわからん。これ以上、俺に何を望んでるんだ? もう全部、終わったろ?」


「……それが、冷たいって言ってるの。なんでわかんないかな」


 そこで俺はやっと気づく。

 体育終わりとは関係なく、紅潮した頬。

 いつも弱々しい瞳は、今は伏目がちではあるが、強い光を帯びている。


 これは多分、怒ってるな。


 個人的には、柊さんが一番安心するような結末に持っていったと思ったのに。

 理由は皆目検討もつかないが、柊さんは俺に対して怒っているらしかった。



「とにかくわたし、これで終わりなんて、認めないから」



 それはこれまで柊さんから聞いた言葉の中で、最も強いもの。

 自分の前髪を弄りながら、そこで小さな背中を向けて俺の横を通り過ぎていく。


 これで終わりなんて認めない、か。


 もう俺のことなんて放っておけばいいのに、どうしてまだ絡もうとしてくるんだろうな。



 もっといい終わらせ方があったかなと、俺は頭を悩ませることしかできなかった。

 


 

 

 

 

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