つらかったですよね?


「本当にすまないと思っている。部長としてうちは情けないよ。つらかった、ですよね?」


「は?」


 特にズレてない眼鏡の中心部分を無意味に指で押しながら、マッシュルームカットのサブカル女子がやけに神妙な顔で俺を見つめている。

 つらかったですよね、のところがやたら芝居がかっていて腹が立つ。

 空調の効きが悪いのか、少し汗ばむ理科実験室。

 映画文化研究部の活動日に顔を出せば、また雲母坂部長がおかしなことを言い出していた。


「まさか蕗くんが、あまりにモテなすぎてここまで拗らせていたとは。でも、いくらなんでも女っ気がないからって、自分自身が女になることはないじゃないか。そうは思わんかね? それが本当に君の、求めていたものかい?」


「……いきなり何かと思えば、部長ですら知ってるんですね」


「ふっ! うちを舐めてもらっちゃ困るぜよ。うちはこの学校のありとあらゆるゴシップには通じさせてもらっているわけ。教室の誰とも話さないことを代償に、周囲の噂話全てに耳を澄ますことができる。これが制約と誓約ってやつさ」


「なんて悲しい念能力者なんだ」


 どうやら高橋事変(俺しかそう呼んでない)のことは学年の壁を越え、雲母坂部長の耳にまで届いているらしい。

 もしかして俺って結構有名人?

 というよりは指名手配犯かな?

 

「確かに蕗くんはモテないけど、モテないからって女装しても何も解決しないんだよ。モテないから自分自身を女にしたて上げるなんて、うちはなんか話聞いてるだけで泣きそうになってきたよ。モテないからって、そこまで自分を追い込まなくてもいいじゃないか。確かに蕗くんはモテないけどさ」


「モテない言い過ぎだろ」


 大体モテないからって女装しないだろ。

 どういう発想なんだ。

 と言っても、じゃあなんで女装なんていきなりしたんだと言われても答えられないんだけどね。


「あれっ!? ちょ待てよ! 今うちはとんでもない謎に気づいてしまったんだが!」


「なんすか?」


「そもそも、なんで女子生徒の制服を蕗くんは持っていたんだ?」


「あー、それは姉に借りました」


「姉っ!? え、え、え、蕗くんってお姉様いるの!?」


「いますけど」


「ちょちょちょ、蕗くんの苗字は高橋……まさか、高橋蕨って名前じゃないですよね?」


「あれ、知ってるんですか?俺の姉」


「ぎゃああああああ!? うっそだろおい! 衝撃の事実すぎて雲母坂柚は死んでしまった!」


 可哀想に。

 なんか知らんが急に雲母坂部長は死んでしまったらしい。

 享年十七歳。

 ご臨終です。


「まさかあのカリスマの弟が、コレ?」


 コレって言うな。


「そっか、部長が一年生の頃に俺の姉がいたわけですね」


「高橋蕨といえばうちの高校の最高傑作と呼ばれてるあの“GOAT”でしょ!?」


「GOATってなんすか?」


「グレイテストオブオールタカハシ」


「絶妙にだせぇな」


 全高橋の中でも最も偉大って、それ本当に褒めてるのか。


「え、待って。もしかしてサインとか貰えたりする!?」


「貰えません」


「はああ!? 蕗くんのケチ! イジワル! ヘンタイ! コソドロ!」


「コソドロはおかしいだろ」


 百歩譲ってヘンタイまでは許すとして。


「あれ、でも待てよ。つまり、蕗くんは高橋蕨の制服を着て学校に来たってこと?」


「まあ、そういうことになりますね」


 そう改めて言われると、女装そのものというより、姉の制服を着ているというところにキワモノ感が出てる気がしなくもない。

 女装自体はなんとも思わないが、姉の服を人前で着たとなると急激に恥ずかしくなってきた。



「……それエッ!!!!!!!!!!!」


「いやなんもエロくはない」


 

 なぜか顔を真っ赤にして興奮し出す雲母坂部長も見て、俺は思う。

 この人、やっぱり馬鹿だ。

 でも、俺が女装したことに対して、理由はともあれ唯一喜んでくれてるのが雲母坂部長なんだなとも思った。

 



 

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