やたら俺に絡んでくる彼女

こう見えてもお前を心配してるんだぜ?


「なあ、高橋。俺はこう見えてもお前を心配してるんだぜ?」


 嘘つけ。

 俺の目の前で堂々と鼻クソをほじりながら、なんか変にテカってる黒縁眼鏡をした男が俺に話しかけてくる。

 あからさまにやる気のない態度が見え隠れしていて、俺のことを心底どうでもいいと思っているのが丸わかりだった。


「それで? なんで授業サボったんだよ。うんこか?」


 うんこはお前だ。


「違います」


「じゃあなんでだよ。わかってると思うけど、これ一応説教タイムだからな?」


 空き教室に呼び出された俺は今、俗に言う生徒指導を受けている。

 理由は至って明白。

 昨日女装を着替えるために一時帰宅したのが、普通に問題になっているからだ。

 まあ、そりゃそうだよな。

 これに関しては一切の言い訳のしようがなかった。


「まあ、ちょっと忘れ物をして」


「ビールか?」


「むしろ持って来てたらまずいでしょ」


 グェッ! とそこでメタボのヒキガエルみたいな声を上げる牛窪先生。

 え、なんか酒臭いんだけど。

 大丈夫かこの教師。

 家にアルコールの類ちゃんと置いてきてるんだろうな。


「まあなんでもいいけどよ、せめて一言俺に言えよ。担任なんだから」


「……はい。すいませんでした」


 くしゃくしゃと頭を掻く牛窪先生。

 宙に舞うフケを避ける資格は、今の俺にはない。

 こんな駄目人間に普通に怒られると、結構心がへこんだ。


「ちなみに藤田も一緒だったんだろ? あいつも忘れ物か?」


「まあ、そんなところです」


「仲良いな、お前ら」


 そこで少し笑うと、牛窪先生は俺から目を逸らして、窓の外を眺める。

 時間帯はもう放課後。

 グラウンドでは、陸上部がぐるぐると何周も同じ場所を走り続けている。


「話変わるけどさ」


「はい」


「お前、女子の制服が好きなの?」


「唐突ですね」


 しかもあまり話変わってないし。


「いや、まあ、今のご時世、そういうの自由だからさ。もし高橋があっちの制服を着たいってんなら、俺としては何の問題もない。俺がお前をこの説教部屋に呼んだ理由は、あくまで授業のサボりについてだけだからな。それは一応、言っておく」


「そっすか。でも、まあ、たぶんもう着ることはないんで、大丈夫です」


 あえてその話題に触れないようにしているのかと思ったが、牛窪先生はさらっと話に出してきた。

 さすがに教員の中でも噂になってるよな。

 当たり前か。

 

「もう着なくていいのか?」


「はい。もう満足したんで」


「あっそ」


 あっそって言うな。


「じゃあ、話はもうこれで終わりだ。うんこして帰れ」


 うんこはお前だ。

 

「それじゃあ、失礼します。本当にすいませんでした」


「おう。もう問題起こすなよ。俺も暇じゃないんだ。思春期ボーイの相談なんて、シラフじゃやってられないぜ」


 本当に教師向いてないなこいつ。

 

「……ちなみに、藤田は俺に合わせただけです。俺がサボりに誘いました」


 最後に、俺は感謝の意味も込めて、藤田を庇っておく。

 もしこれであいつの内申点とかに悪影響が出たら、申し訳ないからな。


「ははっ」


「なんすか」


 すると牛窪先生は、なにも面白くないのに急に笑い出す。

 なんだこいつ。

 アルコール切れか?



「それ、藤田も同じこと言ってたよ。あいつは僕に合わせただけです、ってな。仲良いな、お前ら。本当に」



 牛窪先生の微笑ましいものを見るような視線から、俺は逃げるようにして部屋をでる。

 顔が、熱い。

 男友達とラブコメして、どうすんだ。

 酒とか飲んだことないけど、酔っ払うって、こんな感じなのかな、と思った。






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