嫌いになった?
「いやあああああ! なんでなんでなんで!? どうしてそんなこと言うの!? いやだよ! 私、小雨くんと別れたくない! 私のこと嫌いになった? ねえ! 嫌いにならないで!? 謝るから! なんでもするから! お願いだから私のこと嫌いにならないでよっ!?!?」
高橋事変(俺しかそう呼んでない)の次の日の朝。
クラス前の廊下でこの世の終わりみたいな叫び声が響き渡っていた。
朝からうるさいな。
そいつの鳴き声は、俺にとっては夏蝉と大して変わらない。
「……ごめん」
そんなアブラゼミみたいに泣きじゃくる弓削が胸を埋める相手は、そっと両手で肩を握って身体を遠ざける。
痛みを耐えるような表情で、その背の高い青年は弓削と距離をとった。
謝らせて欲しいと叫ぶ弓削に対して、先に謝ったのは藤田の方だった。
「僕たち、別れよう」
「う」
嗚咽。
気分が悪くなったのか、弓削は口元を抑える。
他人の目も憚らず、これほど無防備な姿を晒す弓削の見るのは、どこか新鮮だった。
本当に、好きだったんだな。
歪んだ性格の持ち主だったとしても、その愛情は本物だったらしい。
それだけはどこか羨ましく思えて、俺は立ち止まって悲鳴に耳を澄ませる。
「うぇええええええん! いやだいやだいやだ! いやあああああああ!」
「……じゃあ、僕、もう行くから」
醜態を晒し続ける弓削を見続けることに耐えられなくなったのか、藤田が逃げるようにその場を去る。
取り巻きの女子生徒たちが弓削を慰めようと何か声をかけているのが、それ全て突っぱねて癇癪を撒き散らしていた。
確かに、見るに耐えないだろうな。
俺みたいな性格が悪い奴じゃなければ、直視できないはずだ。
「これで、良かったんだよな?」
気づけば俺の隣まで来ていた藤田が、泣きそうな顔でそう言う。
なんでお前の方まで泣きそうになってるんだよ。
弓削が泣いててもなんとも思わないけど、お前にそんな顔されるのはつらいだろうが。
「さあな。俺はこれでいいと思ってるけど、これはあくまで俺にとっての正解だからな。視点が変われば、正解も変わる」
「まあ、そうだよな。悪い。蕗に責任を押し付けるつもりはない。これは僕の選択だ。僕が、三智花を傷つけたんだ」
自分で自分に言い聞かせるようにして、藤田は泣き続ける弓削の方を見やる。
確かにこれは藤田の選択だ。
でも、俺が誘導した。
この結末になるように、藤田を動かした。
だから、藤田は泣かなくていい。
弓削を傷つけたのは、俺なんだ。
「行こうぜ、藤田」
「ああ、そうだな」
責任は、俺が取るべきだ。
藤田の肩を一度、小突くと、俺がまず前に一歩踏み出す。
こいつを前に進ませるのは、俺の役目だろう。
それくらいは、手伝ってやらないと。
あえて、弓削の隣を通り過ぎるようにして、歩き出す。
「なあ、蕗。そういえば、お前の方は——」
弓削の取り巻きの中に、前髪の長い小柄なの少女が一人いて、その子が俺たちの方を見つめていた。
俺の彼女。
だった人。
優しい、人だった。
「あ、高橋く——」
「ああ、俺も別れたよ。柊さんには、もう振られた」
——合致する、瞳。
弓削たちの隣を通り過ぎる際に、柊さんにも聞こえるように、はっきりと告げる。
これで、いい。
元々弓削のせいで、無理やり告白させられただけだもんな。
むしろ、やっと俺から解放されて、柊さんも喜んでいるはず。
だから、わからなかった。
もう振り返ることはできないから、確認はできないけど、わからない。
どうして、最後に見た柊さんの瞳が、涙で濡れていたように見えたのか、俺にはわからなかった。
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