小雨
帰り道はいきなりの大雨で、少し体が濡れてしまった。
もう、最悪。
傘から水滴を軽く飛ばして、自宅の扉を開ける。
ぼくが家に帰ると、兄の小雨がまだ帰ってきていないと最初は思った。
あの人がいる時はもう少し家が全体的に明るい。
と思っていたのに、リビングに入ると椅子に座ってぼうっとしている小雨の姿が目に入って驚く。
「うわ。びっくりした。帰ってきてるなら電気つけなよー」
「……あぁ、、小雪か。悪い悪い。電気つけんの忘れてた。もうこんな暗くなってたんだな」
薄暗い部屋の真ん中で、制服姿のまま座り込む小雨からはいつものハキハキとした雰囲気は感じられず、どこか腑抜けた雰囲気を漂わせていた。
どうしたんだろう。
明らかに様子が変だ。
「なに? どうしたの? また風邪ひいた?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。ていうかなに? 具合悪そうに見える?」
「具合悪そうってか。なんか元気なくない?」
「さすが我が双子。わかってしまうか」
「いや、双子関係なくこれだけ分かりやす沈んでたら気づくでしょ」
力のない笑顔。
理由はわからないけど、どうやら本当に落ち込んでるみたい。
割と情緒の安定しないぼくとは違って、いつでも明るい小雨にしては結構珍しい。
「どしたの? 失恋でもした?」
「……鋭いな。まあ、そんなとこ」
「え!?」
少しでも元気づけようと冗談を言ってみると、まさかの図星でしまったと思う。
小雨が失恋?
結構最近まで仲良しみたいなこと言ってた気がするのに。
「……ごめん」
「ははっ、なんで小雪が謝ってんの?」
「振られた?」
「うーん。どうかな。一応僕から振ってるけどさ」
「そうなんだ」
どうして別れたの、とまでは訊けなかった。
薄暗い部屋をあてなく彷徨う小雨の瞳が、あまりにも寂しそうだったから。
「小雪はさ、どんくらい蕗のこと好き?」
「はひゃっ!? な、な、なにいきなりっ!?」
シリアスなトーンで唐突に小雨が意味のわからないことを言ってくる。
完全な不意打ちで、心臓がびっくりしすぎてキュウリみたいな形になってる気がする。
「ぼ、ぼくが蕗と会った時の話、小雨にはもうしたじゃん!」
「ん? ああ、いやいや、なんで好きなの、じゃなくて、どんくらい好きなのって話。ワイじゃなくてハウだよ」
理由ではなく、程度をきいてると小雨は説明する。
なんだこの謎の羞恥プレイは。
もしかして意地悪されてる?
「……めっちゃ好きだけど、それが何か?」
「そのめっちゃって、具体的にどんくらい?」
「具体的とか! ないから! さっきからなんなのその質問!? 別れたからって妹に八つ当たりやめてよ!」
「あはは。ごめんごめん。そういうつもりじゃないなんだけどさ」
小雨は苦笑する。
そこからはからかうような気配はない。
「たとえばさ、実は蕗がすごい性格悪かったとしても、それでも好き?」
「なんだそれ」
「たとえばだよ」
「たとえばって言われても、そもそも蕗って割と性格悪いっていうか、結構捻くれ者だからなー」
「え? 元々そんな印象?」
「そうだけど? 小雨だって一緒のクラスじゃん。知ってるでしょ? そのくらい」
ぼくがそう返事をすると、なぜか小雨はやたらと驚いた顔をする。
蕗が変で嫌なやつなんてことは当たり前だ。
他人をおちょくるの得意だし、まあまあ塩対応だし、なんかたまに上から目線だし。
だけど、蕗にはぼくにはない強さがある。
だから少し、憧れてる。
「……はは。やっぱり敵わないなあ。蕗にも、小雪にも」
今日初めて、小雨の真っ直ぐな瞳がぼくの方に向けられる。
その視線の意味がよくわからなかったので、とりあえずサムズアップしておいた。
小雨が笑いながら立ち上がって、家の灯りをつける。
まだ日が落ち切っていない外を、窓越しに見る。
さっきまで土砂降りだった雨は勢いを弱めて、小雨になりつつあった。
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