どこまで本気?
「なあ、蕗。どこまで本気?」
学校から少し離れた河川敷。
授業をガン無視して教室を飛び出した俺と藤田は、人通りの少ない道のベンチに腰を下ろして、あまり綺麗じゃない川面も眺めている。
「……悪い。全部本気じゃない。俺は女装癖とか本当はないよ」
「だよな。だと思った」
賢い藤田は、なんとなく察しているらしい。
俺の突然の奇行に表面上以外の意図があったことに。
「……三智花か?」
「まあ、そんなとこ」
近くを通り過ぎる犬を散歩させる主婦のような人は、俺を一瞥するとギョッとしたように慌てて目を逸らす。
白いフワフワした大型犬だけが、純粋そうな瞳で興味深そうに俺を見つめ続けていて、それがなんとなく面白かった。
「本当はさ、頭のどっかでわかってたんだと思う」
「なにを?」
「僕と三智花が、ちょっと合わないこと」
それは優しい言葉だった。
俺は、弓削の本質を藤田の前で暴くためだけにこんなことをした。
この行動によって見えた弓削の正体を知ってなお、合わない、そんな言葉で表現する藤田は優しすぎる。
「意外だな。弓削は外面だけはいいから。本当に気づいてないんだと思ってたよ」
「まあ、厳密に言えば自覚したのはついさっきだよ。なんというかさ。後から思えば、違和感あるとこあったなみたいな? ははっ。ちょっと後出しくさいかもね」
疲れたように藤田は笑う。
慰める資格は、俺にはない。
「俺には怒らないのか?」
「なんで?」
「お前の秘密を、利用したのに」
「……怒らないよ。女装癖なんて、大したことじゃない。男装も女装も、どうでもいいよ。そんなことは本質じゃないから」
それは少しだけ意外な感想だった。
俺からすれば藤田は本気で女装癖を隠しているんだと思っていた。
一度しかこいつの女装を見たことはないが、まるで本当に女子みたいな完成度だったから、こんな風に中途半端な使い方をされたらてっきりもっと反感を食らうと思っていた。
でも藤田はそこは本質じゃないと言う。
「僕ってさ、見て見ぬ振りが得意なんだよ。現状維持みたいなのが、癖になってる。本当はこのままじゃダメだって、心の片隅ではわかってるのに、それを上手に視界から外すことばかり得意になった」
現状維持。
弓削との関係性のことか、それ以外のことも含めてなのか、俺にはわからない。
「だけど蕗は違うんだ。ちゃんと、壊せるんだ。失敗したり、失ったりすることを、怖れてない。やっぱり、蕗は凄いよな。ずっと昔から。僕よりずっと」
「まあ、失うものとか、ないからな」
「いやいや、あるだろいっぱい」
なんか失うものあったっけ。
元々友達とかいないし、教師からの評判も良くないしな。
多少女装をする奇行癖が追記されても、あんまり生活変わらない気がするけど。
「……たぶん、別れることになるな、これ」
「お、まじか。おめでとう」
「なに喜んでんだよ。親友の失恋だぞ」
「藤田なら大丈夫だよ。もっといい子がいるって」
「さすが彼女持ちは余裕だな」
「いや、俺も別れるよ」
「え? なんで?」
「嫌だろ? 彼氏が学校でいきなり女装する奴なんて」
別れるのは、意外に難しい。
どちらかが必ず悪者にならなくてはならない。
その点で今回は完璧だ。
藤田の地雷を踏んだ弓削。
いきなり学校で問題を起こした俺。
どっちが悪者かは明白だ。
別れる理由に、不足はない。
「……強いな、藤田は」
「べつに強くないよ。性格が悪いだけ」
きっと俺は弱くも強くもない。
ただ、捻くれてる。
それ以上でも、それ以下でもない。
「じゃあ、俺は一旦帰るよ」
「え? なんでだよ。学校戻らないの?」
「普通に男子の制服に着替えてくる。藤田みたいに俺は似合わないし」
「ははっ。なんだそれ。鬼メンタルすぎだろ」
もうこの姉から借りた女子制服の役目は終えた。
着続ける意味もないし、ちらちら見られてなんか落ち着かないし。
「ちなみに藤田はまだ、女装続けてんの?」
ベンチから立ち上がり、俺は藤田を見下す。
いつもより小さく見える親友は、どうしてか呆れたような表情で俺を見あげていた。
「……いや、してないよ、女装なんて。僕も、似合わないからな」
そう言って、藤田もやっと腰を上げる。
たった一度だけ見たことのある、藤田の女装姿。
その姿は、俺が人生で見た中でも最も美しく見えた。
なんてことを口にすれば、俺は本当の意味で他人には言えない秘密を抱えてしまいそうなので言わないでおくけれど。
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