それ俺のじゃね?



「それ俺のじゃね?」


 休日のリビング。

 サブスクがテレビに繋がれ映し出されている、毒々しい色使いの海外アニメ。

 デフォルメが強調されすぎたアニメを見るために、L字型のソファーに一人の女性がだらしなく横たわっている。

 上半身下半身共に下着姿で、キャラメル味のハーゲンなダッツをもさぼる怠惰を極めたこの人に俺と同じ血が流れているとは到底思えない。

 高橋蕨たかはしわらび

 三つ上の姉は、今日も相変わらずダメそうだった。


「おはよ、フッキー。今日もイカしてるねぇ! 男子高校生だけに!」


「男子高校生イコールイカ臭いみたいな偏見やめて。朝から最低すぎる」


 姉弟だからか、分かりにくいのにすぐ理解できてしまう拙い下ネタを流しながら、俺は溜め息を吐く。


「というかその前に、それ俺のアイスだよね? 何で食べてるの?」


「野暮なことをきくなよ、私の愛しい弟よ。フッキーが買ったアイスを、我が物顔で私が食べる。優越感で最高の休日の朝を過ごせているわ」


「嫌な姉すぎる。弟に対して優越感とか持つなよ」


 本当にモラルが低い。

 一見清楚っぽい顔を、いやらしくニヤニヤとさせて姉は俺の方を向きながら、無駄に舌を長く突き出して、舌先でアイスをチロチロと舐める。

 鬱陶しいな。

 なんだこいつ。


「ふっふっふ。でもそんな私を嫌いになれないもんね、フッキーは。なぜなら、君は理解しているから。これが捻くれた私なりの歪んだ愛情なのだと! ああ! なんて美しい姉弟愛!」


「よくそんなことを恥ずかしげもなく大声で言えるな」


 朝から頭が痛くなる。

 ご覧の通り、姉は典型的な奇人だ。

 わりと頭がおかしい。

 だが姉は家族に対して以外は全く常識人のように振る舞う狡猾さを持ち合わせ、普段は一般人に擬態している。

 人間って怖いね。


「それで最近はどう? 高校は楽しい? うちの高校は変な奴多いからね。私は心配だよ」


「代表格がよく言うよ」


 うちの高校、という言い方をしたように、俺と姉は高校が同じだ。

 もっとも、年が三つ離れているので、すでに姉は卒業済みで高校生活が被っていたことはないが。

 本当に被ってなくてよかった。

 森羅万象この世にまつわる全てのものよありがとう。

 唯一俺が人生で神に感謝しているのは姉との年齢差だけだ。


「なんかムカつく奴いない? 殴ろうか?」


「卒業済みの実姉が通っている高校で暴力沙汰とか怖ろしすぎる」


「大丈夫よ。大事にはならないわ。上手に殴るから」


「余計に怖い」


 歪んだタイプのブラコン厄介すぎる。

 この人は俺を虐めるのも、俺を虐めてる奴を虐めるのも大好きなのだ。


「蕨こそどうなの? 大学って楽しい?」


「まあ、普通ね。誰も彼も私に夢中。愚かな猿どもを調教してあげてるわ」


「相変わらず痛々しい。いつか罰が当たって欲しい」


「ふっふっふ。でもこれくらい尖っていて自信家な方が、フッキーの好みだと私は知っている! ああ! 愛されている! 弟に愛されているのを感じるわ!」


「俺の好みを勝手におかしな方向に研がないでくれ」


 この頭がハッピーセットな姉は、一般人に擬態するのが得意なので、こう見えて友人には恵まれていて、俺とは違いわりと人気者タイプだった。

 毎日を欺瞞と詐欺で生きているようなものだ。

 俺の姉は身近な生きるヒトコワ系怪談人間だった。


「お変わりないようでよかったよ。それで話変わるんだけど、一つ頼みがある」


「むむ? フッキーが私に頼み事? 珍しいねぇ。可愛すぎる弟の頼みならなんでも聞くよ。腎臓一個あげようか?」


 意外そうな顔をして、姉はアイスを舐める舌を口の中に引っ込める。

 身内の悪魔は、無償で願いを叶えてくれる。

 ろくな頼み事ではないはずだという期待に満ちた眼差しに、俺は悲しいかな満足に応えることができてしまうから。

 


「腎臓は要らないけど、貸して欲しいものがある」


 



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