変なこときいていい?
「変なこときいていい? 高橋くんは好きな人いないの?」
確かに相当変だ。
だって俺たち付き合ってるんだからね。
俺の彼女(仮)である柊さんとの、穏やかな帰り道。
最初に会った時に比べれば柔らかい雰囲気になった柊さんは、とても変なことをきいてくる。
「そんなの柊さんに決まってるじゃん。マイハニー」
「いや、そういうことじゃなくてさ」
出来の悪い子供を見るみたいな表情で苦笑された。
わりと恥ずかしい。
「ほら、わたし、三智花ちゃんに何も言えなくて、流れで告白しちゃって、それで高橋くんは空気を読んでくれたわけでしょ? だから、もし本当に好きな人がいたなら、すごい悪いことをしちゃったと思って」
「あー、なるほど」
柊さんは少し気まずそうに目を伏せる。
こんな状況になってしまったことに対して、彼女なりに責任を感じているらしい。
優しい想像力だ。
もしかしたら自分が可能性を潰してしまっているんじゃないかと、柊さんは憂いている。
「大丈夫。心配ないよ」
「ほんと?」
「うん。残念ながらね。俺の高校生活はウーウーセカツ。つまり恋抜きってわけさ」
「え? ごめん。どういう意味?」
「あ、すいません。なんでもないです」
おっとまずい。
まるで意味が通じてない。
油断したぜ。
さすがにいきなり頭おかしすぎたか。
「そういう柊さんは?」
「わたし?」
「そうです。あなたです。柊さんは好きな人いないの?」
あー、と言いながら、俺の言葉を受けた柊さんは思案げに上を向く。
夏空は高い。
透き通った白の雲が、風に運ばれて俺たちより足早に流れていく。
「わたしには、誰かを好きになるとか、まだないかな」
「なんで?」
「誰かと付き合えるような魅力、ないし」
「でもJKだろ?」
「ふふっ、JKを何だと思ってるの?」
日本だとJKって皇族の次に位があるんじゃなかったっけ。
「わたし地味であんまり可愛くないし、勉強とか運動とか、絵が描けるとか、そういう特技もないし、一緒にいても楽しくないでしょ?」
「そうかな」
「あ、ごめんごめん。なんか否定してもらいたい面倒臭い子みたいになっちゃった。でも、そういうつもりじゃないんだ。本当に客観的に見て、わたしを好きになる人なんていないって理解してるだけ」
特に自虐している雰囲気はない。
ただ、理解しているだけ。
柊さんは、そう口にする。
どこか寂しそうな横顔を眺めながら、俺は思う。
きっとこの人は、他人の長所、いいところばかりが目につくんだろうと。
「柊さんは多分、性格が良すぎるな」
「え? どういう意味?」
「自分に魅力がないって言うけどさ、柊さんは他人のプラス面ばっかり見て、そこと自分を比べてるんだよ。顔だけがいい奴とは自分の顔を比べて、また別の勉強だけできる奴とはテストの点数を比べて、足だけ速い奴とのタイムを比べてる。でもさ、そうじゃないっしょ? 誰にだって欠点はある。柊さんより絵が上手い奴より、柊さんの方が歌が上手いかもしれない」
例えば弓削なんていい例だ。
あいつには分かりやすい長所が確かにあるが、普段は隠しているけれど大きな欠点もある。
あの藤田にさえ、他人によっては欠点だと思われるところがあることも、俺は知っている。
「それに、そうやって周りの人のいいところをすぐ見つけられるところは、柊さんの大きな長所だと思う。簡単に真似できることじゃない。柊さんの魅力に気づいてないのは、柊さんだけってわけ」
「……っ!」
柊さんが一度瞳孔を大きくしてから、目を泳がせる。
そんなことを口にしながら俺は、自分のことを見つめなおす。
じゃあ、俺は?
他人の欠点ばかり目につく俺は、柊さんにどんな風に見えてるんだろう。
「……ありがとう。高橋くんは優しい人だね。告白したのが高橋くんでよかった」
優しい人。
柊さんには、俺はそう見えてるのか。
違うよ。
俺は別に優しくもなんともない
たしかに、他人が好意的に見えすぎてるな。
これは長所でもあり、もしかしたら柊さんの弱点でもあるかもしれない。
「……い、一応わかってると思うけど、今のはべつに高橋くんのことが本当に好きで告白したっていう意味とかじゃないよ!?」
「必死すぎわろた」
「あ、ごめん! 今のもその、全然好きじゃないというわけでもなくて、高橋くんはきちんと魅力的な人だっていうのは理解できるっていうか、その、なんていうか」
「わかってるよ。大丈夫、わかってるから」
なぜか顔を真っ赤にして謎の言い訳を始める柊さんの隣で、俺はそこで立ち止まる。
ここから先は、一緒には行けない。
曲がり角を曲がって、俺は柊さんが見えないところに行く。
「あ、もう、そっか」
「おう。じゃあ、ばいばい、柊さん」
どうしてか立ち止まったまま、俺を見送ろうとする柊さん。
思ったよりは、悪くなかったな。
だけど、これが、最後だ。
本当の意味で優しい彼女は、情が湧いたのか少し名残惜しそうにこちらをまだ見つめている。
顔だけ振り向かせて、柊さんに感謝を告げる。
彼女はこれが最後の帰り道だと、まだ知らない。
「……ありがとう、柊さん。楽しかったよ」
「え? あ、うん。わたしも。またね、高橋くん」
またね。
その言葉に、俺は何も返さない。
返せないと、知っていた。
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