犬と猿どっちが悪い?
『本日の討論テーマは犬と猿どっちが悪い? こちらでネオネオなディベートをやっていこうと思いマス! 特別ゲストは自動販売機ウォーカーの勇太さんでェス!』
休日の昼下がり。
自室のベッドに横になり、俺は普段感じない枕の違和感に悩むくらいしかやることのない自分に驚いていた。
暇すぎる。
PCでユーチューブを開き、カスタードサテライトというお笑いコンビのチャンネルを垂れ流すだけ。
元々無趣味寄りで、強いて言えば映画鑑賞くらいしか時間を使う対象がない俺は、当然のように時間を持て余していた。
画面では胡散臭い起業家系ユーチューバーを揶揄するようなコントが繰り広げられている。
脳みその中では、あーおもしれ、と喜びを感じているが、それが一切俺の顔には出ていない事だろう。
多分客観的に見れば、無表情で時々ふんっと鼻を鳴らす茄子みたいな顔をした少年がいるだけだと思う。
大丈夫か。
こんな男子高校生にはなりたくなかった。
「ラァインッ!」
「うわぁっ!?」
すると突然、仰向けになりながら掲げていたスマホが叫び出す。
不意を突かれた俺は掴み損ねて顔面にスマホを落としてしまった。
ちょうど鼻の中央部に当たった。
地味に痛い。
惨めすぎて泣きそうになった。
「はぁ。なんだよ」
俺にラインを送ってくる奴の9割は家族だ。
しかもその9割の中の9割は姉だ。
俺の姉は重度のSNS中毒なので、独り言が異様に得意なのだ。
一切俺が返事をしなくても、迷いなく連続でラインを送ってくる事が多々ある。
そろそろ未読が二桁で収まらなくなる可能性があるので、俺は確認でもしようとラインを開く。
《どんなかんじ?》
いや、何が?
あまりに唐突すぎる謎のメッセージ。
送り主を確認すると、まさかの藤田だった。
学校ではクラスメイトだから、毎日会っているはずなのに、なぜかやけに久しぶりに感じた。
《俺の胃腸のことなら絶好調》
《つまんな。そんなこときいてない》
当たり強。
しかもなんかちょっとキレ気味じゃね?
《ごめんなさい》
《で?》
でじゃないが。
なんなんだこいつ。
俺なんか藤田から借りたゲームのセーブデータをリセットでもしたっけ。
《すまん。何の話?》
《彼女》
《彼女?》
《うん》
うんじゃないが。
どうしたんだ本当にこいつ。
急にコミュニケーション下手か。
いつもはもっとお喋り得意系の奴だろう。
まるで何を話したいのかわからないぞ。
《惚気話聞かせて》
《!?》
ワッツ!?
どういうテンションなんだこいつ。
俺は無意味にベッドから上体を起こして、全く理由なく周囲をキョロキョロと見回す。
完全に意味のない行動あえて取ることで平常心を取り戻した俺は、もう一度スマホ越しに藤田と向き合う。
《いやいや、何でそうなる》
《聞きたい》
《嫌だよ恥ずかしい》
《どうしても聞きたい》
だから何でだよ。
頑なに俺の惚気話を要求する藤田。
新手のイジメか?
いや、しかし藤田は俺が言うのも何だが、人類にしては珍しく性格がいい。
つまり裏はなく、本気で俺の惚気話を欲している可能性が高い。
《そう言われてもなあ》
《なんかないの?》
《まだ付き合い始めたばっかだし》
しかも別れることは確定しておりまーす。
《でも一つや二つくらいあるでしょ?》
《うーん、そうだなぁ》
というか何なのこの謎の強制恋バナイベント。
いつから俺と藤田は女子会トークをするような関係性になったんだ。
大体お前も彼女いるだろ。
惚気は自給自足しとけ。
《そういえば》
《うん》
《蕗っていう俺の下の名前、いい名前だねって言われた》
そこで間髪入れずに返ってきた藤田からトークが途絶える。
そのせいで急に恥ずかしくなってきた。
強制的に告白させられた柊さんからの、軽い褒め言葉をドヤ顔で惚気として友達に紹介する俺、相当痛くね?
《おい》
《あ、ごめん。気絶してた》
《!?》
だから何で?
まじで今日の藤田おかしいぞ。
本当にこいつは俺の知っている藤田小雨か?
《ごめん。惚気話もういいや。満足した。満足しすぎて意識が朦朧としてきた》
《どういう状況だよ》
変なチャチャも入れずに、藤田はどうやらご満足して頂けたらしい。
顔が熱い。
トーク取り消ししようかな。
もう手遅れか。
《確かにいい名前だよね》
《お前の小雨もいい名前じゃん》
《そうだね》
そのそうだね、が返ってくるまで、また変な間があいた。
そして俺自身も、なぜか違和感を覚えた。
何だろう。
自分自身でその違和感の理由は、わからない。
《今度から小雨って呼んでやろうか?笑》
照れ隠しに、そんなトークを送ってみる。
そして、それには中々既読がつかなかった。
そのまま何もしない休日の時間は過ぎていき、夜が訪れる。
夕食を食べて、風呂に入り、またユーチューブを開く。
流れていく、お決まりのハロハロハロという掛け声は、耳に残らない。
音のしないスマホを覗いても、まだ既読はついていなかった。
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